24話 小説の主人公と作者の関係。
小説を書くセンスがない。それを言ったら、お終いである。大学を卒業するためには、小説を提出しなければならない。センスがなくても書くしかない。
大学を卒業してからは、どうなのだろう。センスがないことに絶望して、筆を折るのだろうか。先のことは、よくわからない。
しかし、小説を書くことは不思議だ。レポートとは、ずいぶん違う。時間さえあれば書けるのかというと、そうでもない。書けない時は書けない。なんだかんだで、書けない。
金曜日の午後3時。提出期限ギリギリに永野先生宛のレターボックスへ、レポートを提出し終えた。今週もやり切った、という解放感がある。
永野先生は土曜日と日曜日を使って、全力でレポートを読むのだろう。そうして、火曜日の1限までに評価をつける。毎週のことだけに尊敬してしまう。本当の、魂のぶつけ合いだ。
逆に、私は土曜日と日曜日にだけ余裕がある。2日間で、ゼミの課題を済ませてしまわなければならない。具体的には、小説を書いたり読んだりする。
さて、今週はどのようなゼミの課題が出るだろうか。やっぱり小説が好きな私はワクワクしてしまう。課題が出たら死ぬ思いをするくせに解放感も相まって、足取りは軽い。
1号館の2階からエスカレーターで5階の講義室へ向かう途中。4階の連絡通路を歩いている古賀の後ろ姿が数瞬だけ見えた。ミニマムな女の子と手を繋いでいる。
華奢な肩の横でツインテールが揺れていた。長身の古賀と並んでいるからだろうか。かなり小柄に見える。印象が幼い。
最近になって付き合い始めた恋人というのが、彼女なのだろう。もしも男性同士が手を繋いでいたら、それはもう付き合っている。周りもざわつくに違いない。
しかし、女性同士が手を繋いでいたところで何とも思われない。理不尽すぎる。おそらく世界中で私だけが、古賀と彼女の関係を知っている。
そして、彼女を見た瞬間。おそらく世界中で私だけが、『少年S』の美少年のモデルが彼女であることに気づいている。小説内では、オッサンが古賀に近いのだ。だから、オッサンはMになれなかったのだろう。
嫌いな味の飴を玄関に撒いて叱られても——。いや、実際に古賀は撒いていないのだが……。たぶん、常に2人の関係の主導権は古賀が握っている。
小説の主人公と作者の関係なんて、そんなものだ。遠いこともあるが、近い時は驚くほど近い。考えついてから、居た堪れなくなった。古賀と彼女が手を繋いでいるところは見なかったことにしよう。そう思った。




