皇子【苦悩】
一方、その頃。オルティブ王宮・道場。
「キリエリ団長! ユオン様がおいでになりました!」
敬礼した道着姿の女兵士に「つなぎごくろーさん」と肩を叩く少年。
サラサラとした金色の髪に琥珀色の瞳。歪みのない幼げな笑顔に稽古中だった兵士たちは顔を綻ばせる。
「今日もいらっしゃったわね、ユオン様」
「先日の一五歳の誕生日を迎えてから毎日よね? 理由はやっぱり……」
「当然でしょ」
ニヤニヤと三人寄ってひそひそ話をしている女兵士たち。
彼女たちの背後に鬼の形相で忍び寄る影一つ。
「貴様ら、稽古をサボってなにを話している? 素振り追加五〇〇本!」
襟下まである艶やかな空色の髪。
高身長で若干の筋肉質な身体と左頬に傷のある凛々しい顔つきで勇敢な印象を与える美女。
「「「だ、団長! それはないですよー‼」」」
声を合わせて不満を垂れる三人に、「やれ」と眉を寄せて言い捨てる団長と呼ばれた彼女は、少年の前まで駆け寄ると膝まづいた。
「お待たせ致しました、ユオン様」
「そんな大して待ったわけじゃねぇよ。それより、さっさと稽古つけてくれよキリエリ!」
「その意気込み、感服いたしました。では、早速……始めましょうか、ユオン!」
双方ともに木刀を構え、切り込む。稽古が始まると、先程の女兵士三人が素掘りをしつつも横目でイキイキとした二人を眺める。
「ぜったい団長を狙ってるわよユオン様」
「じゃないと、毎日しごかれにこないわよねー」
「Mじゃない限り、ね」
「「それあるー!」」
「手が止まっているぞ、そこの三人!」
「「「(……なんで、見えてないのにわかるの?)」」」
そんな女性騎士団『ジュエルズ』の面々を、この国の第二皇子は実に楽し気にかつ誇らしげに笑いかけた。
「やっぱ、ここが一番居心地いいや……」
皇子が吐露した声を拾う者は誰もいない。
「……脇が甘いですよ、ユオン」
剣を交えている剣豪ですら、その言葉を拾うには立場が悪いのだから。
剣でしか返せない言葉を乗せ、キリエリは毎日となんら変わらず、ユオンをツバぜりで押し飛ばす。
「のぉっ!? そういえば、毎度思うことがあるんだけどよ、キリエリ?」
「なんですか?」
よろめきつつも、なんとか堪えた怪訝顔のユオン。
「この国の次期王は、アニキだろ? なんで、俺までしごかれてんの。いらなくねぇか?」
「……本当にそう思っておいでで?」
「お、おう。まぁなんとなくそう思うなぁってくらい」
急に不機嫌な顔色をするキリエリに戸惑うユオンは木刀を置いて、道場の真ん中に座り込んだ。
「アニキは王だよ。俺なんかよりずっと多才で、聡明で、国民たちからの支持もある。オヤジは、「そなたの役割は、兄であるガロンを支えることだ」っていうけどよ、実際、俺が支えることなんてなんもねぇんだ」
「……」
「誕生日の時さ、アニキに言われたんだ。「お前は王族だ。くだらん柵に囚われるくらいなら、今の地位を捨てろ」ってよ。……たぶん、柵っていうのは、俺がこうして悩んでることだと思う。でも、俺には悩んでいることしか出来ねぇし……答えを出せねぇんだ」
キリエリは奥歯を噛み締める。
「(言わなければ……貴方のおかげで、貴方が悩んでくれたおかげで私たちはここに居られると。そんな諦めのついたような表情をしてほしくない、と)」
だが、口を開いても、声を出すことが出来ない。
立場を超えることは、無礼であり、口を出すことは否定になる。
キリエリがいうことはそのままユオンの考え、意見、存在さえの否定だと、彼女は思っていた。
だから、何も言わない。
「……」
このまま、ユオンの悩みを吐き出し続け、少しでも胸の内を軽くすることが自分にできる唯一のことだと自分に言い聞かせ、ユオンの言葉と共に飲み込んだ。