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クライオスの話




 王立学院を卒業し5年、つい最近家督を兄が継ぎ、自分は補佐として領地を周り日々を忙しく過ごして暫く、父の元へ古くからの友人であるジグルド殿が少し窶れた様子で訪ねてきたのは、数刻前だ。

 応接間で父と兄と挨拶をした時に、


 離縁をしたんだ、と疲れた様子で。


 それを聞いて、もう随分の間笑顔を見せなくなったあの()は、どうしているのだろうかと、考えていた。 









 ───クライオスさまのて、すき!

 なでてくれると、とってもげんきになるのよっわたし、すごくうれしいきもちになれるんだもの!



 そう言って、キラキラとした目を俺に向けてくれた君の方にこそ、俺は沢山の気持ちをもらっていたんだと、知っていただろうか。






 領主の次男として生まれ育ち、2つ上の兄と二人、将来は領地の繁栄に尽力せんと日々を過ごしてきた中で、あの()との時間は特別だった。



 初めて会ったのは、俺が6歳で、あの()リリアが3歳の時。


 互いに挨拶した後、小さなその女の子は、ジグルド殿の後ろから此方をじっと窺っては、目が合えば恥ずかしそうに隠れて、と可愛らしかった。

 身近に女の子が居ないので、どういう反応をするといいのか分からず、曖昧に微笑み返す位しか出来なかったが。



 「く、くらいおすおにーさんっあの、あのね……りりあとおにわで、あそんでくれる……?」



  何度か同じやりとりをしたのち、おずおずとジグルド殿の後ろから俺の方へ近寄ってきて、もじもじとしながら上目遣いに訴えられては、女の子の扱いが分からない俺でも、誘われた庭へと行くに決まっているだろう。


 微笑ましげに見ていた父達に少しだけ気恥ずかしくなりはしたが、楽しそうに俺の手を引くリリアを見れば不思議と頬が緩んだものだ。

 小さな手に連れられて広い庭を回り、木陰に座り花壇を眺めて、日々の話を楽しそうに語るリリアの横は、堪らなく居心地が良かった。

 きゅっとつり上がった目は、彼女を少し冷たい雰囲気に見せてはいるが、全身から放つ空気はとても穏やかで緩やかだ。それに、ふわりと笑うとその顔は途端に可愛らしく変わり、つい此方も微笑んで頭を撫でたものだった。


 妹がいたのならあんな風だろうか、と思って後で父に聞いてみれば、あの子は穏やかな優しい子だから不器用なお前でも心地好いんだろうなぁと、答えのようなそうでないような返事を笑いながらもらい、不器用と自分を評する父に笑わなくとも良いじゃないかと口を尖らせたものだった。

 

 




 ジグルド殿と父はまだまだ話をするだろう。

 再度、退室の挨拶をして兄と二人部屋を出た。




 「クライオス、あの()の事、心配かい?」



 「心配、だよ。だって結局、何も出来なかった……何もしないまま……。俺は、リリアに救われていたのに、何一つ返せないままでっリリアが笑わなくなったのだって、気付いていたのに……俺はっ」



 「………僕の部屋に行こうか」




 兄さんの声に一つ頷き、叫びだしそうだった自分をなんとか抑え込んだ。

 

 無駄を好まない兄さんの部屋は相変わらずすっきりとしていて、けれど、棚に飾られた押し花や下手くそな絵皿は、俺やリリアが手渡した物ばかりだ。

 変わらない兄さんの部屋を見回し、促された椅子へ腰を下ろした。



 「クライオス、そう泣きそうな顔をするな。………ジグルド殿は、窶れてはいたが悲観したような様子ではなかった。リリアちゃんは、あの家を出てきちんと歩き出したという事だと僕は思うよ。それに、僕は彼女はもっと早くに家を出ると思っていたよ。………それぞれの袂は初めから別れていたんだ、遅かれ早かれこうなっていただろう」



 「もっと、早くって……どうして」



 


 確かにジグルド殿の表情には、どこか大きな後悔はあれど、あの方が亡くなった時のようにどこまでも悲観したようではなかった。

 リリアは、立ち止まりいつの日かまた差し出されるやもと手を出すのを止めて、前を見て歩き出したんだろうとそう思う反面、もっと早くに出ると、兄さんがそう思っていたのは何故だろうか。

 そんな俺の顔を苦笑いしながらも話してくれた。



 「お前が学院に入ってからかな、たまたま僕が休みで帰っていた時に父さんとジグルド殿の屋敷へ行ったんだ。前々から、ジグルド殿の屋敷の書庫は興味があったから、父さんが話している間は書庫へお邪魔したんだよ。書庫には、リリアちゃんが居てね今のお前位泣きそうな顔をして、本を持っていたよ。読み始めれば、時折その本を撫でながら微笑んで。まあ、流石にずっと見てる訳にもいかないから声を掛けたら大分焦ってね、わたわたして可愛かったなぁ」



  話ながら、その時を思い出してか、酷く懐かしいように一度目を閉じて、それから外へ視線を向ける。



 「それで、持っていたその本が好きなのか聞いたんだ。そしたら彼女、大好きだって教えてくれたけれど、その後本当に小さな声で言ったんだよ。『私にも居場所が出来るのかな』って、ぼんやりして窓の外を見てさ、ほとんど無意識に言っていたんだろう。10歳にも満たない子があんな表情をするなんて、驚いたよ。あの時はそのまま消えてしまうんじゃないかと思う位、儚かったからね。だから、働ける歳になればこの子は広い世界に出ていくんだろうって。幸福への旅路を読んでいたのなら尚更だ」




 あれは何もなくなった少女の居場所を見付ける日々の話でね、在り来たりだが中々面白いよ。そう言って、この部屋で一際目立つ大きな本棚から、迷う事なく一冊抜き取って俺へと手渡してくれる。


 茶色の表装に金色の文字で書かれた題名を見つめていれば、貸してあげるから落ち着いたら読むといいと兄さんは言って、それからまた口を開いた。



 「いつか、何処かで見掛ける事もあるかもしれないだろう?だから、そんな悲しい顔で心配するよりも、彼女の幸せを沢山祈っておやり」



 「何も、出来なかった……してやれなかった俺が」



 「僕も何もしてあげられなかったよ。学院の生活や領地での仕事で精一杯手一杯。勿論、彼女の事も気になっていたよ。お前にも僕にも真っ直ぐに笑ってくれた、大事な子だ。だけど、僕達はこの領地を背負い立つんだ………なんとか時間を作って会いに行っていたのも、贈り物に頭を悩ませて選んでいたのも知っているよ。何もしなかったわけじゃない、だから、お前もまた先に進むんだ。もし、彼女に会った時に彼女が笑っていてくれるように」



 彼女はきっと、それを許してくれると思うよ。凄く自己満足でしか、ないけれどね。


 そう言って、兄さんは少し寂しそうに笑みを溢していた。









 最後に会った時のただ無理矢理につけただけの笑顔は、やはり自分を無力だと知らしめた。

 

 日を追う毎に歳を追う毎に、表情を殺していくリリアに気付きながらも、勉学や領地の見回りや訓練、目まぐるしい日々の中ではそう多い時間を割けなかった。


 リリアにあげた筈の装飾品を何故か自慢気に身に付けているあの妹や、それに何も言わず笑っていた夫人には閉口するしかなかった。

 その横で、僅かに唇を噛んだリリアの手を引いたのは当たり前だろう。そのお陰で、やっと作った時間をいつも邪魔ばかりされるようになったが。



 あの二人を振り切って、無理矢理にでも連れ出せば良かったのだろうか?


 他にやりようがあったかもしれない。 


 ぐるぐると考えては、後悔ばかりが頭を回る。

 



 それでも、


 あの屋敷を出て、あの二人からも干渉されずに自分の居場所を見付けられただろうか?


 また、少しずつでも笑えるようになっているのだろうか?


 



 願わくば、少しでもあの()が幸せに溢れますようにと、渡された本を撫で、強く祈った。


 

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