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Change Ring  作者: 桜香 辰日
第二話 ~学校みたいな所には大体アレが存在している~
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第二話 ⅩⅤ

 こんにちわ。

 今回は奮発して長くなっております。

 一応、ロウェン視点という事にしてます。

 お楽しみいただければ幸いです。

 闘技場は外から見れば円柱、中から見ればおわん型の誰もが想像する通りの形をしている。戦う者達の邪魔をしない観客の配置はこれしかないだろう。

 天井は無い。観客側からすれば、雨天時には不親切極まり無い事である。しかし、戦う者達にとっては飛んだり跳ねたりするので天井は不必要な物である。そこら辺は観客の優先順位は低い。

 幸い今回は昼寝に最適な気候なので、雨に困らせられる事は無い。

 ロウェン、マリア、ユウキ、ナディア、ソフィアの五人は闘技場に訪れていた。

 双子の進言に従い早めに来たので、簡単に最前列に座れた。

 エルはすでに別れている。控室にでもいるのだろう。

 マリアが口を開く。

「バルドってどんな奴なの?」

 エルとバルドの試合が決まって一週間。それだけの期間があったにも関わらず、試合の直前になって訊く事がこれとはどうなのか。

 いや、戦わないマリア達にこう思うのは間違いだ。バルドがどの様な人物であるのか、と言うのは本来ならエルであるべきなのだ。

 戦う相手の事が気にならないという人はごく(ごく)まれだろう。しかし、エルはその極々稀な人種なので、この七日間も特に変わった様子は無かった。気になっていれば、例え無意味だとしても一度は口にするはずである。相手に興味がくか沸かないかはまた別問題。

 マリアの疑問には、勿論もちろんナディアとソフィアが答える。

「んーと、絶滅して欲しいのにしない人種の中にいる奴」

「人として最低な、関わり合いになりたくないんじゃなくて、率先そっせんして潰したくなる奴」

「へー」

 関心が無いのがありありと分かるロウェン。

「見た目通りって感じね」

 自分が訊いたくせに興味無さそうなマリア。

 冷めた反応の四人とは違い、ユウキは顔を青くする。

「そ、そんな人なの? 大丈夫かな? エル」

「大丈夫だろ」

 ユウキの左隣に座るロウェンが事も無げに言う。

「何でそんなに落ち着いていられるの?」

 驚き半分、感心半分でユウキが問う。

「そりゃぁ、エルが負ける訳が無いからな」

 また平然とロウェンは答える。

「でも、怪我するかも」

「それも無いわね」

 右からマリアが答えた。

 さらに右からソフィアが発言する。

「二人はそう言うけど、生徒も先生もほとんどバルドが勝つって予想してるよ」

「見に来てる人が意外と少ないでしょ? 結果が丸分かりだし、エルが一方的にやられちゃうのを見たくないのが大半みたい」

 周りを差し、ナディアが追加情報を出す。

 見る限り、観客の数は300を超えない位だろうか。数字だけを聞けばそこそこ居るが、闘技場自体が大きいので見た目的めてきには逆に少なく見える。

「ふぅーん。どうせ直ぐ終わるだろうから来なくて正解だろ」

 特に関係無い奴等が見てもつまんないだろ、とロウェンは言った。

むしろ、早く終わり過ぎ無いかが心配だわ」

「「どうゆう意味??」」

 マリアの言葉をはかねて双子が疑問符を浮かべる。

「エルの戦い方? って妙に現実的って言うか、何と言うか」

 もごもごとマリアの話ははっきりしない。

「それじゃ良く分かんないよー」

 ソフィアに言われてマリアは困った顔をする。

「うーん……」

「ロウェーン」

 考え込むマリアを見てナディアはロウェンに助けを求める。

「ん? まぁ、確かに説明しにくい事かもな」

「いや、説明して説明」

 マリアに同意しろとは言ってない、とナディアはロウェンに言う。

「あ、そっち。……まずは、エルの戦いの極意とか姿勢とかは教え込まれたもんだっていうのを覚えとけ」

「それ、何の意味があるの?」

 疑問が増えるソフィア。

「戦ってる時のアイツは人が変わるんだよ。二重人格じゃねぇんだけど、カチッと意識が変わるんだ。集中してる、あるいは演じてるって言っても良い」

「それって当たり前なんじゃない? 戦う時は皆性格変わるでしょ?」

 ちんぷんかんぷんなのが良く分かる顔をナディアがしている。見ればソフィアとユウキも同じだった。

 ロウェンは説明を続ける。

「普段とのギャップ、変わりはばが尋常じゃねぇんだよ。基本無口で、口を開けば毒しか吐かない。嘘を言ったり、ミスった振りをしたりして相手をだますのは呼吸をするのと同じ事。戦い出せばそこかしこに罠罠罠、の途轍とてつも無く戦い難い奴に」

 完全二重人格には負けるだろうが、想像出来ないだろ? とロウェンが訊けば三人はコクンと頷く。

「エルがそんな狡猾こうかつな人になるのはちょっと考えられないなぁ」

 ユウキの言葉に双子も、マリアもロウェンも大いに賛成する。

 しかし、現実は違う。

「残念ながら、変わっちゃうのよねぇ」

 いまだに慣れない、とマリアが苦笑する。

「小っさいころから色々教え込まれてたらしいから、り込み、無意識レベルまでその戦い方が浸透しててな。矯正きょうせいするのにめちゃくちゃ手古摺てこずった。そのお陰か今はそれ程でも無いけどな」

 ロウェンが苦い顔をしてうめく様に言う。

 模擬戦程度ならばまだ良いのだが、あまり真剣でない打ち合いや手合せまであれではたまった物では無い。

 エルに物心付き始めた頃から、彼の周りの大人達が。

 戦いは情報が一番重要だ。自分の情報は一切漏らさず、敵の情報は一滴残さずしぼり取れ。

 戦いは騙す事が最も大切だ。味方にも敵にも悟られぬ事無く、嘘と罠で騙せ。

 戦いは情け容赦を持ってはいけない。どんな相手であっても自分より格上だと認識し、全力で挑め。

 戦いは感情をコントロールする事が一番必要な事だ。自分の感情は揺らさず、相手の感情は揺らせ。

 戦いは、戦いは、戦いは…………等々かなりの数の、アンタ達本当に神官か? と思う様な教えがある。

 全て正しい。しかし、正しいが故にしち面倒臭い事態になってしまったのだ。

 幼かったエルは様々な人からの教えを全て鵜呑うのみにし、実現しようとした。結果、戦闘になると性格が変わるというスタイルが生まれた。

 子供の純粋さって恐ろしい。

 ロウェンは続ける。

「それでも、スイッチが入らないのは知ってる人間が相手の時か、訓練とか授業とか特殊な条件の時だけ。んで、多分今回は特殊な条件に当てまらない」

 要するに、スイッチが入る、と言う事。

 スイッチが入る入らないの基準は、ロウェンやマリアを含め、当たり前だが誰も把握出来ていない。

「だからエルが負ける事は無いわ」

 と、マリアが断言する。

「理由になって無い気がするんだけど……」

「細かい事は気にしない、気にしない」

 ユウキのツッコミは誰にも功をそうさない。

 微妙な顔をする彼にナディアが話しかける。

「まぁまぁ、エルがああいう奴に負けるなんて思えないでしょ?」

「……そうだね、エルが負けるとは思えないよ」

 根拠は無いが何故なぜかユウキは安心した様にほっと表情筋を緩めた。

 流されている。

「あ」

 口を開いたソフィアに、四人は彼女が見ている方向に視線を向ける。

 そこには、

「やあ」

 右手を上げ、にこやかに挨拶をするジョルジオと。

「……」

 目を向けるだけで無表情無言のカイが歩いて来ていた。

 そして、ロウェンの左隣にジョルジオ、さらに左にカイが座る。

「ねね、エルの戦ってる時の性格ってそんなに凄いの?」

 ロウェンとマリアの話が信じられないらしく、ソフィアが口早にジョルジオへ尋ねる。

 知っている側からすればあんまりな内容に、女性に優しいジョルジオが普段なら絶対にしない渋い顔をする。

「……あれは確かに凄い。凄いけど、一度でも目にしたらそんな可愛い感想は持てないね」

 凄い、を可愛い感想と評して、ジョルジオは渋い表情に恐怖を混ぜて言った。

「エルのあの状態は正直言って薄気味悪い。微笑むエルは戦い以外なら仏様だけど、戦ったら白い悪魔になるんだ」

 ただの悪魔では無い。白い《・・》悪魔なのだ。

 笑みと言うのは、戦いの中では大半の者が自分を馬鹿にされている様に感じる。罠を仕掛けられたり騙そうとされたりすれば尚更なおさら。そして冷静さを失うのだ。

 終始微笑んでいる訳では無く、基本無表情である事が一層効果を高めている。

 ジョルジオはうつむき、額に手を当てる。

「黒いオーラじゃなくて、白いオーラがエルから漂ってるんだ。黒い闇じゃなくて白い闇が」

 だから騙されるのだ。子供の頃から仕込まれた? 所為せいでエルの嘘や罠には悪意という物が丸で無い。殺気も無い。

 一度エルと対戦してそれを体感し、知ってしまったら、次からは自分の周りにある物全てにビクビクしながら戦う事になる。

 精神的にも肉体的にも、掛かる恐怖と疲労は半端はんぱでは無い。

 それだけ警戒しても結局は引っ掛かってしまうのではあるが。

「……ホントなんだね」

 ジョルジオがかもし出すうつな空気に尋ねたソフィアは申し訳なさそうに言った。

 彼の重い雰囲気に当てられて、カイ以外の六人を取り巻く空気が重くなる。

「あ、出て来たよ!」

 タイミング良くエルとバルドと審判役の教師がフィールドに現れたのを見て、ナディアが努めて明るく声を発した。

 フィールドをぐるりと教師達が囲んでいる所からして、エルとバルドの前を歩く教師は主審だろう。

 最前列に座ってはいるが、フィールドが広いので表情の詳細は分からない。

 だが、エルとバルドの間に流れる空気はあまり緊迫した物では無い様だ。

 エルは多分、無表情程に冷たくは無い、何も考えていない顔をしているに違いない、とロウェンは読む。

 対して、お披露目会と双子の情報を基に、バルドは意地の悪い嫌な笑みを浮かべているんだろうな、と推測する。

「これより、バルド=オークランス対エル=フェルトゥナの試合を始める! どちらかが戦闘不能、或いは審判の教師の内一人でも戦闘の続行が不可能と判断すれば試合終了とする!」

 観客にも聞こえる様に主審の教師が大声で説明する。

 学院外で手に入れた魔武器の個人所有は認められているが、学院内での使用は禁止されている。殺傷能力が高いからだ。

 学院で使用が認められている魔武器は魔具科が作成した物か、学院から支給される物だけ。このどちらも刃挽はびきか威力の制限がなされている。

 一年生も既に全員が魔武器を所持している。

 以前行われた武器選びの後、魔具科に依頼を出し、依頼した魔武器を受け取っているからだ。

 余談だが、魔術科から依頼された魔武器を作るのは学院から許可を出された二、三年生のみ。また一人一つでは無く、好きな物を好きなだけ作る。剣を三本作ったりする人もいれば、杖と槍を一つずつ作る人もいたり。そして、その中からこれだと思った魔武器を選ぶ、というのが一年生の最初の魔武器製作依頼である。

 勿論、エルも例に漏れず、名前しか知らない先輩が作った魔武器を受け取っている。

 つい先日の事だが。

 待機状態は後で調節する必要が無いブレスレットに統一されている。色は白、黒、銀、紺といったあまり人を選ばない物。

「尚、不正を働いた場合は問答無用で敗北とする! 以上、何か質問は?」

 主審の問い掛けに、二人共訊く事は何も無かったらしく、エルは首を左右に振り、バルドは何かを言った。無い、とでも言ったのだろう。

「では、両者離れて!」

 言われてエルとバルドは後ろを向いて離れ、二人の間に十メートル程の距離が出来る。

 それを見て主審は頷き、下がった。

「試合開始!」

 主審の大声が発せられるのと同時に二人の足が地を蹴る、事は無い。

 両者共、相手を見据みすえたまま動かない。

 バルドは片方の口元をり上げている。まるで自分が勝利する未来を予見でもしているかの様に。

 一方、エルは誰でも腹の立つ顔を向けられているが、何とも思っていないらしく無表情。既にスイッチはONの様だ。

 黒い腕輪を幅広の剣に変換し、バルドが口を開く。

「先手はお前にやっていいぜ? 後輩?」

「……」

 声を掛けられたエルは何も考えていないのではないかと疑いたくなる顔のまま、右手首にある銀のブレスレットを銃へと変換し、構える。

 ガゥン、と闘技場に響く音でエルが銃を撃ったのがわかる。

 対し、バルドはエルが銃を構えた瞬間に剣を振り上げ、火の球を放つ。

 二人の間で小規模な爆発が起こる。

 バルドは続け様に、右下から左上へとななめに走った斬線ざんせんを逆行させ、二発目の火の玉を放つ。

 迫ってくる火の玉をエルは迎撃せずに銃を構えていた腕を下ろし、大きく後ろに飛び退く事で回避する。

 エルが今まで立っていた場所に火の玉が着弾する。

 その様子を見て、バルドはわらった。

「ビビッて声も出せないってか?」

 追撃をかける事はせず、彼は話し続ける。

「飛び道具ってのは銃と弓だけのもんじゃねーんだぜ? 銃は優れてるって言われてるが、一発撃つのにそんなに時間掛けてちゃなあ?」

 彼の台詞せりふに含まれている意味は、聞いている全員が容易に理解できた。

 バルドの放った火の玉をエルは銃で迎え撃たなかったし、避けるにしても必要以上に大きく後退している。

 この二つの事柄から、エルは銃を素早く連射できないから後方に跳躍して火の玉を避けたと推測できる。また、距離を取り過ぎている事からエルが怯えていると予想する事も出来る。

「俺のこの剣には魔方陣が組み込まれてるんだ。剣に魔力を流すだけで火の玉が撃てる。お前の銃なんかよりもよっぽど早くなぁ?」

 分かってはいたがエルは全く声を発さない。対照的に、ペラペラとむかつく事を良くしゃべるバルドを、ロウェンは自分が出て行ってボコボコにしたい衝動しょうどうに駆られるが、額に青筋を浮かべるだけで我慢する。

「しかも、火の玉を撃てるだけじゃなく、この剣は火をまとえる。銃よりも優れた剣を持ち実力のある俺と、鉄屑てつくずを持った腰抜けなお前。どっちが強いかなんて簡単に分かる」

 剣を構え、バルドは言った。

「精々怪我をしない様に気を付けろ。どうあってもお前がボロボロになるのは目に見えてるがな」

 そして、剣を連続で振り、火の玉が放たれる。

 次々と迫りくる何発もの火の玉を、エルは器用にヒョイヒョイと避けていく。

「はっ、反撃一発も出来ないのかよ? それで良く俺の上に立とうとしたな?!」

 火の玉を放ち続けているバルドは、戦闘行動を回避しか選択しないエルを嘲笑う。

 ここでようやく、火の玉を避けながら無表情でエルが口を開いた。

折角せっかく御高説ごこうせつだが、小指の先、髪の毛の先程にも役に立たなかったな」

「なに?」

 バルドの台詞をエルは無視する。

「飼い慣らされた犬や猫でさえ、目の前に差し出されたえさの匂いを嗅いで安全を確認するのに、欲望の導くまま餌に飛び付くお前は愚かとしか言い様が無い」

 いっその事、哀れだな。とエルがフッと鼻で笑えば、聞いたバルドは怒りに顔を歪ませた。

「テメェ……っっ?!!」

 言葉を続けようとした瞬間、ドドドッ!! とバルドは後頭部に衝撃を受けて気を失い、ドサ、と前向きに倒れた。

「「「「「…………」」」」」

 観客席側では、確実だと予想していた結果をくつがえされた事と、思っていたよりあっさり終わってしまった事に衝撃を受けて誰も声が出せない。ユウキとナディアとソフィアは周りと同じ様に目を丸くしている。

 ロウェンとマリアとジョルジオは、あぁやっぱり、と何も言う気にならないので黙ったまま。

 カイも黙ったままだが、それが彼の常態なので驚いているのかどうか良く分からない。

 フィールドではバルドの前方にいたエルがフッと消え、同時にバルドの後ろ二、三メートルの所に現れる。まるで瞬間移動でもしたかの様だ。

「あの、試合、終わりで良いですか……?」

 何も言わない審判に、エルが困惑気味に声を掛ける。

 審判はハッとして、何とか大きな言った。

「試合終了! 勝者、エル=フェルトゥナ!」

 試合はエルの勝利で終わった。

 お読みいただき、ありがとうございます。

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