第一話 ⅩⅩⅡ 下
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本当にありがとうございます。
第一話 ⅩⅩⅡ 下、お楽しみいただけると幸いです。
「どうしましょう?」
「うーん……。お菓子を作れそうな材料も無いしねぇ……」
エルの後ろでは、リズとカーティスがスハイツとマリア達の言い合いを無視して問題の解決に挑んでいる。
支援の無いスハイツに限界が来た。
「お前等なんか大っ嫌いだー!!」
言っていることが子供である。
うわーん! とどこか芝居がかった感じでテーブルに突っ伏すスハイツ。涙を流しながら部屋を飛び出さなかっただけマシか。
どんだけ甘い物が好きなんだ、この人。
彼の甘いものに対する執着はさておき、子供達にとっておやつが無いのは由々しき事態である。
エルは恐らく嘘泣きをしているであろうスハイツを無視して、カーティス達に解決案を提示する。
「カーティスさん、リズさん、おやつという程のものではないんですが……」
そう言いながら、エルは巾着型にラッピングされた袋を取り出す。
「飴なんですけど……、どうですか?」
数は二つ。
紺碧の鳥のシルエットが描かれた水色の綺麗な袋だった。
しかし、エルの言葉、というより行動に反応したのはまたもや、話しかけられたカーティスやリズでもなく、子供達でもなく、スハイツであった。
「そ、それは?!!」
今そこで嘆いていた彼はどこへ行ったのやら、いつの間にかテーブルに突っ伏していた顔を上げ、エルの手にある袋を凝視して興奮している。
そして興奮のあまりか、唐突に解説のような質問をしてくる。
「ケレステア神殿で毎月の第二土曜日に行われるバザーで一番人気の青い鳥シリーズ?! バザー開始一時間で完売する幻の?! しかもシリーズの中で最も人気のあるフルーツドロップ?!」
「はい、まぁ、そうですね」
スハイツのテンションの高さにエルは気力を持っていかれそうだ。
ちなみに、青い鳥とは出品者の名前である。読んで分かる通り、青い鳥とは偽名である。
シリーズという名の通り、フルーツドロップの他にもいくつかの種類がある。ただここで説明してもあまり意味が無いので割愛しておく。
「何でお前がそんなものを持ってるんだ?! バザーは今日だろ?!」
物凄い剣幕でエルに詰め寄るスハイツ。
彼の疑問は尤もだ。
ケレステア神殿はネピアという都市にある。そのネピアとここ、都市ミュートの間は一日で往復できるような距離ではない。どんなに朝早く出発しても、ネピアからミュートに戻ってくるのには無理がある。
だがしかし、今ここに幻と言われるお菓子がある。
それはなぜか。
答えは簡単だった。
「貰ったんです。本人から」
「な、なにぃ?!」
この台詞何回目だろう。
ショックで固まるスハイツを無視して袋の口のリボンを解く。
「良いんですか?」
右側からカーティスが申し訳なさそうに言う。
エルの後ろでは「俺の、俺の努力は……」とかなんとかいってスハイツが打ちひしがれている。
「はい。一人ではすぐに食べきれないので」
飴は普通のお菓子より長い間保存できるが、それに比例して消費も遅くなる。また溶けると美味しさが半減してしまう。エルはそんなに積極的に糖分を口に入れる方ではないのでその確率が高くなる。それでは飴玉が可哀想だ。
言ってエルは袋から中身を出す。
一袋につき十個、合計二十個の飴玉が転がり出てくる。
確かに、一人で食べきるには時間がかかる量だ。
「すみません。助けてもらったのに、おやつまで……」
カーティスと同じ表情をして言うリズ。
その横では彼女より申し訳なさそうな表情のフランツが頭を下げる。
「すみません……」
「いえ、気にしないで下さい。貰いものですから」
微笑んでエルは返す。
透明な包装紙に包まれた飴の色は赤、ピンク、黄緑、黄色、紫の五色だ。
日に当たって宝石のような輝きを持つ色とりどりの球体に子供達の目が釘付けになる。
「おやつにしてはちょっと小さいですけど、全員分あります」
今日は休日なので子供を預ける親が少ない。でなければ数が足りなかっただろう。子供達はリズと一緒にいた六人だけだった。
エルは両の掌に飴を乗せて、少し身を屈めて子供達に差し出す。
「赤が苺、ピンクが桃、黄緑がマスカット、黄色が林檎、紫が葡萄だよ。好きなのをどうぞ」
『うわぁ!!』
それぞれが好きな味のものを選んでいく。
「皆、ちゃんとお兄ちゃんにお礼を言うのよ」
キャッキャッと喜ぶ子供達にリズが礼を促す。
それを聞いた五人が口々に感謝の言葉を述べる。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「ありがとう!」
「ありがとうございます!」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「ありがとー!」
「どういたしまして」
五つの笑顔に笑顔でエルは返す。
そして、子供達はまたドタバタと部屋を出て行く。
「フランツさんも」
「すみません」
「いいえ」
苦笑顔のフランツにエルは笑顔で対応する。
フランツも子供達の後を追うように部屋を出た。
くいっ、くいっ。
上着の裾を引っ張られてエルは視線を下に向ける。
「?」
そこには六人目の子供がいた。
ヴァルトでは中々に珍しい黒い髪に青い瞳のまだ幼児と言えそうな男の子だ。
ぎゅっと服の裾を握る男の子のその顔は無表情、というよりは、無垢に近い。
「どうした?」
「……」
口を開かない男の子をぱちぱちと瞬きしながら待つエル。
「……あり、がと」
小さな声のお礼がエルの耳に入ってきた。
「うん。どういたしまして」
「…………」
エルが返しても男の子の手は服を握ったままだ。
「…………座る?」
自分の膝をポンポンと叩いてエルは男の子に訊く。
すると、男の子はこくん、と頷き、服から手を離してエルの膝によじ登り、ちょこんと座った。
「君、名前は?」
頭の上から失礼して名前を訊く。
男の子は仰け反るように首を後ろに曲げ、円らな瞳でエルを見上げて言った。
「……テオ」
すぐ傍で、バキュ――――ンッッ!!! と心臓が打ち抜かれる音をエルは耳にした。
もちろん、空耳だ。
だが、かなり威力のある音だった。
「「「ああっっ!!」」」
音と同時に海老反りになったのは、マリアとナディアとソフィア。
ショタというスナイパーの、上目使いという弾丸にハートを射抜かれたようだ。
ただのショタではない。
女性三人だ自分ではなく他人へ上目使いするのを見てハートを射抜かれるほど、テオの顔は将来有望だった。
言っておくが、テオはスナイパーではない。全ては想像上の出来事だ。
「俺の名前はエルだ。よろしくな、テオ」
エルは自己紹介を済ませる。
それを聞いたリズが驚いた顔をして口を開く。
「その子、大人しい子で。かなりの人見知りなので驚きです」
「そうなんですか」
オブラートに包んだリズの言葉をエルは正確に理解して、幼児と言えるテオの口には少し大きい飴を無心で食べている彼の頭をよしよしと撫でる。
それを嬉しそうにテオが顔を綻ばせる。
「「「ああああっっ!!!」」」
再び、心臓が三つ打ち抜かれる音が部屋に響く。
空耳だ。
顔を赤くして海老反りになった三人の女性がそのままの体制でプルプルと震えている。
見れば、前述の三人とこう言う事に興味がなさそうなロウェンとスハイツ以外の三人、ユウキとカーティス、リズもマリア達とまではいかないものの、吹き出しそうになるのを堪えるように口元を手で覆い、そっぽを向いている。
恐るべし、ショタ×美形の力。
これ使えばあの不良達も簡単に倒せたかなぁ、なんて呑気にエルは考える。
その手はテオの頭を撫で続けたまま。
当然、飴玉で片方のほっぺたが丸く膨らんでいるテオの顔も綻んだままな訳で。
ユウキ、カーティス、リズの三人はだらしなく緩みそうになる表情筋を、明日には顔が筋肉痛だな、と確信しながら必死に引き締め。
マリア、ナディア、ソフィアの三人は、表情筋のみならず腹筋も駆使しているのにあまり役に立たず悶え苦しみ。
ロウェンとスハイツは分からないがゆえに、部屋に漂う甘いのと苦しいのが入り混じった奇妙な空気に早く逃げ出したいと願う。
そんなある意味カオスな時間がしばらく続いた。
「皆も食べてください」
ある者とっては忍耐、ある者にとっては苦悶、ある者にとっては切望の時間が終わった時の、何のダメージも受けなかったエルの言葉だ。
『ありがとうございます……』
皆一様に疲れた顔して礼を述べて飴玉へ手を伸ばす。
その中でただ一人、スハイツは気力を回復させている。
「これが……あのフルーツドロップ……」
スハイツは手に取って黄緑色の玉をじっくり眺める。
(どうでもいいから早く食べろ)
とエルの担任に思った感想が、ふと膝の上にいる存在の雰囲気が変わったことに気付いたことで消え去る。
「…………」
テオがエルの手にある黄色い飴を見つめていた。
頬の膨らみはいつの間にか消えている。
「食べていいぞ」
目の前に差し出すとテオがエルを見上げてくる。
エルが頷いてやると彼はパッと表情を輝かせて飴を手に取り、ごそごそと包装紙を剥いで飴を食べた。
右隣で飴を鑑賞している奴とは偉い違いである。
「どうだ?」
他の面々に感想を訊く。
「おいしーよ! 本物食べてるみたい」
「一番人気なの分かるわ」
「甘ったるくなくてとっても美味しいよ」
双子とユウキが笑って答える。
「本当に美味しいです」
「一度、こういうの作ってみたいな」
リズとカーティス。
「うん、うまい」
「やっぱいつ食べても美味しいわ」
うんうんと頷くロウェンとマリア。
「良かった」
安心してエルはほっと息を吐く。
「ちょっと待て。今、いつ食べてもって言ったか? マリア」
手を待ったの状態に出し、スハイツが問う。
「言いましたよ?」
何言ってんの? とマリアは首を傾げる。
「…………い」
「え?」
スハイツの呟きを聞き取れず聞き返すマリア。
「ズルい!」
子供か!! とこの場にいる全員がツッコんだ(心の中で)。
「友人の特権ってヤツだよ。先生は運が無かったってことだ」
残念でした、そう付け加えてロウェンが嘲笑うようにスハイツに向かって嗤った。
良い事見つけた、若しくは知ったという顔で。
「くっそぉ――――――!!」
バンッ! と扉を開けてキラキラしたものを溢れさせて部屋から飛び出すスハイツ。
やはり芝居がかった感じがする。
悔しさ全開で去って行った彼とは対照的に、ロウェンは非常に清々しい顔をしていた。
スハイツを追いかける者はいなかった。
後に残るは誰にも飲めない冷めた激甘カフェオレ。
憐れである。
お読みいただき、ありがとうございます。




