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Trigger Point  作者: 群青 坊哉
2.竜駒巫覡
10/26

7

「おや、あんたたち。ようやく学校に戻る気になったのかい」

 ぞろぞろと一階に戻ると食欲をそそる香りが胃を刺激すると同時に、おばちゃんの野太い声が耳を劈いた。

「ああ。ありがとーおばちゃん」

「ありがとうございました」

「世話になった、ボス。礼を言う」

 三者三様にペコリと頭を下げると、おばちゃんは満足そうに笑みを浮かべて返した。

「またいつでも。今度はゆっくり食べにおいで!」




「時に、飯沼。これまでずっと気配を探っていたのだが一向に感知できない。おまえ、いつものうるさい護衛はどうした」

 店を出るなり一華を振り返る怪訝そうな黒い瞳。

 ぎょっとして惣一も一華を見た。

「ごえい? 護衛なんて連れてるのか? 飯沼」

「え、ええ……護衛というよりは、お目付け役のような感じなのだけど」

 大袈裟だと苦笑を返す一華。むっとした様子の晶が惣一に答える。

「飯沼本家の要人には一人ずつ護衛が付く」

「それって一守の事? 監視してるって言ってたよな」

「一守の役目は監視であって護衛ではない。飯沼の護衛は確か……」

「出歩く事を伝えていないし、今は学校じゃないかしら」

「竜玉を持つ者が、無用心な……」

「ごめんなさい」

 背の低い晶の睨みに、素直に頭を下げる一華。

 なんとなく空気が重い事を感じた惣一は努めて明るい声を発する。

「護衛が学校なんて行ってるの? 護衛育成学校なんてのがあるわけ?」

「ううん。普通の公立学校よ。学業を疎かにしてはいけないって、父様が」

「へぇ……」

 学校で勉強してる護衛……? 一体どんな奴なんだろう。断然興味がわいてきた。学校通ってるって事は、俺等と同じ位か、上の奴なんだろうな。ランドセル背負った護衛なんてものは恐らく存在しないだろうし、中坊ってのも考えにくいし。…………まさか俺等の学校に居る……なんて事はないか。そんな雰囲気の奴、見た事ないし。そこまで考えたところで惣一は少しの違和感を覚えて立ち止まった。

「……なぁ。なんか異様に暖かくない? 店に入る前とは大違いだ」

 木枯らしの吹く季節。日差しの弱さはここ最近のものと変わらないのに、何故か寒さをまるで感じない。ああ、そうか。冷たい北風が止んでいるんだと思い至った時に、晶の鋭い声が飛んだ。

「ミコシバ、水晶に入れ」

「は? なんだよいきなり」

「私は飯沼――もとい、竜玉を護衛せねばならない。おまえが居ては足手まといの何者でもない」

「……おまえが飯沼を護るのか?」

 あんなに嫌っていたのに。惣一がマジマジと晶の顔を見ると、自分とて不本意だと言わんばかりの表情を返す。

「竜玉を護る事は本来、竜駒巫覡共通の使命。何よりも優先される。竜玉なくして竜復活は成り立たない。竜玉は竜駒であると同時に護るべき最大の宝だ」

「そうなの……」

 惣一の視線に、一華は居心地悪そうに苦笑した。

「竜玉は、再降臨する時に竜が目印とする竜駒らしいの。他の竜駒を呼び寄せる性質も持つらしいし」

「て、それって大変じゃないか」

 それが真実なら竜玉は、竜の復活を願う者や竜駒を狙う者にとって真っ先に手に入れておきたい竜駒という事になる。つまり一華は四六時中、晶のような不思議な力を持つ者に狙われても可笑しくはない訳だ。護衛が要るってのはそういう事か……。

「白き竜の末裔たる飯沼が竜玉を所持している事は周知の事実ではあるが、個人の特定まではされていない。故に飯沼の屋敷や各要人にはそれぞれ、国の主導する心霊対策機関から派遣された陰陽師の精鋭が付いている。護衛は常に要人と共に在る事を義務付けられているはずなのだが……まぁ、あ奴ならば仕方がない」

 腕を組み語る晶は、言葉尻と共に盛大なため息を吐いた。……へぇ。一守もこんな顔するんだ。惣一は一華の護衛とやらにさらに興味を抱いた。

「一守も知ってる奴なの?」

「あ奴が飯沼の護衛となる以前に共に修行した事がある。腕がいいのは認めるが、性格に難がある」

「……そうなんだ」

 一守に「性格に難あり」と評される護衛て……。考えている事がわかったのか、晶の厳しい黒瞳が惣一を一瞥した。

「とにかくミコシバは早く水晶へ。空気が妙だ」

「けど、狙われている飯沼は野ざらしだろ? 俺だけ隠れるわけにはいかない」

「自覚しろ。おまえが居ると足手まといだ」

「ひっでぇ」

 冷たく言い放つ晶に口を尖らせると、一華が間に立った。

「一守さん大丈夫。御子柴君は私が護るから」

 それ、俺が言いたかったセリフ……。情けない顔の惣一の前で、不機嫌な顔つきの晶が開口するより早く、

「それに御子柴君は……」

 神妙な面持ちをして言いよどんだ一華が、突如、厳しい顔つきで辺りを見回した。

「……御子柴君!」

 悲鳴のような一華の声とほぼ同時に、晶が竜角を出すのが見えて、は? と眉間に皺を寄せた惣一の首に何かが絡みついた。

 冷たい感触にぎくっとした時には、嫌に悪臭を放つ骨ばったソレは猛烈な力で首を締め上げてきた。

 瞬間、息が止まる。

「…………っ は……!」

 首が潰れると思った時に唐突に開放され、惣一はその場に崩れて激しく咳き込んだ。まだ息が出来ない。

「大丈夫!?」

 駆け寄った一華が背中を摩る。彼女を安心させたくて声を上げようとして、惣一はさらに咳き込んだ。

「無理しちゃだめ」

 触れられた背中から、清涼な空気が体内に流れ込んでくる気がした。マイナスイオンてこんな感じかな。惣一は落ち着くまで潤んだ視界で地を睨みながらこんな事を感じていた。

「……るい、飯沼、もう大丈夫だから。てか、一体何が……」

 僅かに身を起こす。振り返った惣一が目にした物はまさしくゲームの世界のそれだった。

「……なんだありゃ……」

 小さな黒髪の少女が銀に光る巨大な刃を振り回して、ゾンビの群れをばったばったとなぎ倒している。

 なんて現実味のない光景だろう。唖然としながらも、惣一は晶の動きに目を釘付けられた。

「わからないの。御子柴君が襲われて、振り返った時には死霊で溢れていた」

 手前のゾンビを大きな青白い刃で一刀両断。その横で、小さな体に今にも襲い掛かろうとしていたゾンビを返し刃で一閃。覆い被さるように倒れてくる体を豪快に蹴倒す。

「しりょうて……あのゾンビの群れの事?」

 仰向けに倒れた腐った肉塊が消失してゆくのを見届けることなく、迫るゾンビを袈裟懸けに切る。短い黒髪が舞い、振り向きざまに背後にいたゾンビを一閃した。

「わかっているのは、いつの間にか空間が完全に閉ざされていた事と、そのために気の流れが滞っているという事」

 あんなに大きな刃を、まるで舞うように軽やかに操る晶の姿から目が放せない。……そういえば、最初に竜角に刺された時も、ゲームのような、という感じを覚えたっけ。惣一が暢気にそんな事を思うほど、晶の動きは軽やかで、圧倒的だった。

 が、如何せん数が数。死霊の数は無限のように増える。狭い道幅を埋め尽くし、消された死霊の隙間を埋めようと前へ前へ単純な前進を続ける。

 晶はその群れの中に単身突っ込んで、やがてその舞も見えなくなった。

「って、なんでアイツ自分から……!」

 惣一は晶の後を追おうと立ち上がりかけて、後ろから制服の裾を引っ張られた。

「一守さん!」

 一華はいつになく強い瞳で戦況を見守っていた。

「手を出すな! 護りに集中しろ!」

 鋭い高音が群れの中心から聞こえてきたかと思えば、宙から降りる雷のような蒼白い閃光。

 瞬間、響く轟音に視界が真っ白にかき消された。

「……なんだ!?」

 目に痛い程膨大な光量。惣一は両腕で視界を遮りながら、一華を庇うように前に出る。

「……一守!? 大丈夫なのか!?」

「もう終わった」

 驚くほど近くで晶の声がして、は? と腕を下ろした。

 瞬きを繰り返してから徐々に回復してきた視力で改めてその光景を捉える。今の衝撃を受けたためか、道をふさいでいた死霊は全て消失しており、視界は意外な程に開けていた。小さな石ころサイズの肉塊が転々と落ちる細道を、竜角を従えた晶が大股でこちらに向かって歩いてくる。

「……って、おまえ……!」

 平然と歩く晶の姿に、なんと声をかけてよいかわからない惣一。口をパクパクさせる。晶はそんな惣一の様子を怪訝そうに見上げながら隣で足を止めた。

 よく見ると、その体には確かに戦いの後が見られた。所々破れた生地。裂かれたスカートの裾。白い制服が飛び散った肉塊で汚れている。頬、手、足、露出した肌には大小さまざまな引っかき傷があちこちに見られた。

「……大丈夫か?」

「問題ない」

「一守さん」

 一華が小走りに近づくと、晶は露骨に顔を歪ませた。

「化膿するから」

 問答無用。不快オーラを受け流して、一華は血の滲む晶の頬にそっと片手で触れる。

「飯沼? 何して……」

 一華の翳した手から、白い光が漏れるのが見てとれて、惣一は息を呑んだ。

 その間ほんの数秒。一華が触れた傷は完治していた。傷など、はじめからなかったかのように。

「……治癒能力ってやつ……?」

 むすっと気難しい表情を浮かべる晶の手を取り、手を翳す一華。その背中に声をかけると、

「竜玉が否定したものは全て消える」

 晶が代弁した。

「……きえる?」

 馬鹿みたいに、鸚鵡返しに問いかける。

「この空間は異常だ。密閉され空気は淀んだ上、呪で汚染されている。本来なら息をするのも難しい程だ。先程まで、私は呼吸をなるべく控えていた」

「俺、なんともないけど」

「言っただろう。竜玉――飯沼一華が否定したのだ」

「……………………」

 惣一の視線に気づいたのか、一華が緩く振り返った。寂しげな笑顔を返す。

「理解できたでしょう。一守さんが、私を警戒する理由」

「……さっき飯沼が俺を止めた理由も解ったよ」

 息が出来ない空間に、策なしに飛び込もうとしてたんだな、俺。あのまま突っ走っていたら訳もわからぬ息苦しさにへたり込んだ上、ゾンビどもにやられて無駄死に……もとい、阿呆丸出しだった訳だ。礼を言うと、「いいの」と一華が首を振った。

「御子柴君、知らなかったんだし。それにあの状況では、御子柴君が一守さんを心配して飛び出すのも当然というか……無理もないもの」

「なんだそれは」

 目を丸くする晶。

「ゾンビの中に突っ込んでった一守を助けに行こうとしたんだよ……」

 ばつが悪そうに惣一が答えると、晶は世にも呆れ返った目を向けた。つかつかと目前に立ち、息を大きく吸い、たっぷりと間をとって、

「…………馬鹿だろうミコシバは」

 力のない目で惣一を見上げつつ、力いっぱい罵った。

「はぁ? なんだよその言い草は! 折角人が心配して……」

「そんなものはいらない」

 強い瞳できっぱりとそう告げられては返す言葉もない。惣一がぐっと言い詰まったところでさらにぴしゃりと言ってのける。

「言ったはずだ。足手まといだと」

「そりゃ、何も出来なかったかもしれないけどさ、一人よりは二人の方が心強いだろ普通……!」

「それは助けに来る者にもよる」

「馬鹿にすんな! 俺だって男だぞ!? おまけに今は半分幽霊だから体が軽いし。単純に腕力だっておまえよりは数倍強い……!」

「――では聞くが。幽体が実体化した程度で何が出来るのだ? 死霊の浄化か? 飯沼のようにバリアのようなものを張れるのか?」

「……! た、盾くらいには……!」

「まことに残念だなミコシバ。目の前で棒立ちされては竜角も邪魔で仕方ないだろう。怒りで真紅に染まる刃が死霊を切る前にミコシバをぶった切ってその場に捨て置くやもしれん。いや、まことに残念だが」

「竜角操ってんのおまえだろ!」

 続く口論の中、治療を終えた一華がその場にすっと立ち上がった。

「一守さん、死霊がどこから発生していたか判る?」

 口論をやめた二人が、同時に一華を振り返る。

「空間が閉じたままだし。これで終わりとは到底思えないの」

 一華の神妙な面持ちに、晶はコクリと頷いた。

「死霊の中に死霊使い(ネクロマンサー)は居なかった。死霊が沸いて出てきていたのはこの細道の向こう――北東だ。確認後に竜角で一帯を浄化し、むささび守に調査に行ってもらったのだが……遅いな」

「相手を見失ったのかも」

「であればすぐにでも帰還する」

「やられちまったとか?」

「むささび守に何かあったのであれば、私に伝わる」

 言われて惣一は今朝の事を思い出した。自分が受けた傷と同じ箇所に、晶も傷を負っていた。つまりは、あれと同じという訳か……。そこまで考えてから、はっと気づいて晶を見る。案の定、黒髪の隙間から覗く彼女の白い首に痣のようなものを見つけた。

 これでは本当に、いざという時、自分はこの子の盾にもならないではないか。

「……なぁ、一守。その事なんだけどさ」

 惣一が言いかけた事が伝わったのか、不機嫌な面の晶が大きく開口した。その時だった。

 大衆食堂じゃんぼから悲鳴が上がったのである。

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