森が教えてくれること-01
アルディア演習森林。
一歩足を踏み入れると、空気が変わった。
木々が陽射しを遮り、ひんやりとした風が頬を撫でる。
鳥のさえずりが頭上から聞こえ、葉擦れの音が静かに森を包んでいた。
「思ったより静かね。」
リリアが辺りを見回しながら呟く。
「街とは全然違う……。」
ミリアも周囲を見渡し、小さく息をついた。
見渡す限りの緑。
どこまでも続く木々。
足元には落ち葉が積もり、踏みしめるたびに柔らかな音が響く。
四人は班ごとに定められた道をゆっくりと歩き始めた。
レオンが先頭に立ち、その少し後ろをノアが歩く。
リリアとミリアは周囲を警戒しながら後に続いた。
しばらく歩いたところで、レオンが振り返る。
「ノア。」
「さっきから、ずいぶん周りを見ているな。」
ノアは木々の間へ視線を向けたまま答える。
「森では、前だけ見て歩かない方がいいんだ。」
「前だけじゃないのか?」
「うん。」
ノアは一本の木を指差した。
「風で揺れる枝。」
「鳥の鳴き声。」
「草の倒れ方。」
「地面の足跡。」
「全部、森からの合図なんだ。」
ミリアが目を丸くする。
「そんなにたくさん……?」
「全部を覚えるのは難しいけどね。」
ノアは少し照れたように笑った。
「父さんによく言われたんだ。」
「『森では、自分の都合で動くな』って。」
三人が耳を傾ける。
「『森には森の流れがある。焦って歩けば、その流れを見失う』って。」
レオンは感心したように頷いた。
「ガレス殿らしい教えだ。」
「剣だけじゃなく、生き方も教えていたんだな。」
ノアは少し嬉しそうに笑う。
「父さんは騎士だけど、森のこともよく知ってるんだ。」
「子どもの頃から、一緒に山や森へ連れて行ってもらってたから。」
その時だった。
ノアがふと足を止める。
「どうした?」
レオンが小声で尋ねる。
ノアは少ししゃがみ込み、地面へ目を向けた。
落ち葉の間に、小さな足跡がいくつも残っている。
「これは……。」
指先でそっと足跡の脇をなぞる。
「ホーンラビットかな。」
「まだ新しい足跡だ。」
リリアも隣へしゃがみ込む。
「分かるの?」
「うん。」
「爪の跡が浅いし、歩幅も小さい。」
「それに、この葉っぱ。」
ノアは近くの草を指差した。
「ついさっき食べた跡がある。」
ミリアは思わず感嘆の声を漏らした。
「本当に分かるんだ……。」
ノアは少し困ったように笑う。
「父さんから教わっただけだよ。」
「僕はまだ半分も見抜けない。」
レオンは苦笑した。
「それで半分なら、ガレス殿はどれほどなんだ。」
四人の間に、自然と笑みが広がる。
緊張していた空気が少しだけ和らいだ。
しかしノアの視線だけは、相変わらず森全体へ向けられている。
まるで、森の声に耳を澄ませるように。
その姿を見たミリアは、小さく思った。
(能力測定だけじゃ、人の実力なんて分からないんだ……。)
森は静かだった。
けれどその静けさは、四人に少しずつ多くのことを教え始めていた。




