表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生少女と黒狼姫  作者: 白川雫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/6

第1話 「森の目覚め」

はじめまして、白川雫です。

連載は週2回(月・木)21時頃の更新を予定しています。

お読みいただけたら嬉しいです。

 目が覚めたら、空が緑色だった。


 ——ちがう。葉っぱだ。見たこともないくらい大きな葉っぱが、空をぜんぶ隠すみたいに、何枚も何枚も重なってる。


 ここ、どこ? ……ううん、それより前に。わたし、だれ?


 頭の中を探ってみる。名前。家。家族。昨日の晩ごはん。なんでもいいから思い出そうとするのに、霧の中に手を突っ込んだみたいに、なんにもつかめない。


 つかめないのに——ふしぎと、怖くなかった。


 だって体が、ぽかぽかする。指の先まで、あったかい何かが通ってる。土のにおいがする。鳥の声がする。寝転がったまま深呼吸したら、森の空気が胸の奥まで届いて、それだけで笑っちゃった。


「……ふふっ。なにこれ」


 起き上がる。かるい。体が、びっくりするくらいかるい。


 両手をにぎって、ひらいて。その場でジャンプしてみる。ぽーん、と思ったより高く跳べて、着地でちょっとよろけて、それもおかしくて笑った。


 ……あれ? いまの、跳びすぎじゃない? 屋根とか、越えられそうだったんだけど。


 こんなに高く跳べるの、ぜったい、現実じゃない。


 ——あ。そっか。わかっちゃった。


 わたし、いま、夢を見てるんだ。すっごく、すっごく、たのしい夢を。たぶん。きっと。


 わたし、だれだか分かんないけど。夢のなかのこの体、すっごく元気だ。


(名前……名前、名前……)


 目をつぶって、もう一回だけ探す。霧の奥の、そのまた奥。


 ——声が、聞こえた気がした。


 だれかがわたしを呼ぶ声。やさしくて、あったかくて、ちょっとだけ泣きそうな声。


 はるか。


「……はるか」


 口に出したら、すとん、と胸の真ん中に収まった。


 そうだ。わたし、遥香。たぶん、きっと、ぜったい、そう。だれがそう呼んでくれてたのかは、思い出せないけど。


「よし! わたしは遥香! 決定!」


 森に向かって宣言したら、鳥がばさばさっと飛び立った。あはは、びっくりさせてごめんね。


 それで——遥香さんは、どうしてこんな森のどまんなかで寝てたんでしょうか。


 ……わかんない。ぜんっぜん、わかんない。


 でも、なんでだろう。不思議と、焦らなかった。だって、ね。名前しか思い出せなくて、体がこんなにかるくて、こんなにあったかい朝なんて——やっぱり、とびきりいい夢のなかに、決まってるんだから。


 夢なら、さめちゃうまえに、いっぱいあそばなきゃ。それより。


「……走って、みたい」


 気がついたら、つぶやいてた。


 走りたい。むしょうに。どうしようもなく。理由なんてない。ただ、この足で、いますぐ、どこまでも。


 走った。


 最初の一歩で、世界が変わった。


 風が頬を撫でて、すぐに、びゅうっという唸りに変わる。地面を蹴るたび、体が前へ前へ飛んでいく。木々が後ろへ流れていく。息が弾む。心臓がとくとく鳴って、その音まで、ぜんぶたのしい。


「あはははっ! なにこれ、なにこれぇ!」


 倒木をジャンプで飛び越えた。小川を飛び石で渡った——というか、二歩で渡れちゃった。長い坂を一気に駆け上がって、てっぺんで両手をいっぱいに広げたら、汗を風がさらっていって、気持ちよくて空に叫んだ。


 走れる。わたし、走れる。


 ただそれだけのことが、どうしてこんなに、泣きたいくらいうれしいんだろう。


 ……ほんとに。なんで、だろうね?


 夢のなかでまで、走れるだけで泣きそうになっちゃうなんて。わたしって、ちょっと、へんなのかも。


 ふと顔を上げたら、坂のてっぺんは、森がすとんと途切れた崖になっていた。


 目の前に——世界が、どーんと広がってた。


 見渡すかぎりの、緑の海。その向こうに、白くひかる大きな川。もっともっと向こうには、頂に雪をのせた、青い山脈。山と山のあいだから、けむりみたいなものが、ほそく立ちのぼってる。あれって、もしかして、だれかが住んでるってこと?


「……ひろーい!」


 叫んだら、やまびこが返ってきた。ひろーい、ひろーい、って。あはは、なにそれ。


 よし、決めた。わたし、いつか、ぜんぶ走って回る。この森も、あの川も、あの山のてっぺんも。この世界のはじっこまで、ぜーんぶ。


 どうせ夢だし! 夢のなかなら、どんなに遠くたって、走れちゃうもんね。


 それに……だれかが住んでるなら。いつか、ともだちだって、できるかもしれないし。夢のともだちでも、ともだちは、ともだちだもん。


 わかんないまま、また走った。お腹が鳴ったら、赤い実がたわわになった木を見つけて、ひとつかじる。甘酸っぱい果汁が、じゅわっ。ほっぺたが落ちそうになって、両手いっぱいにもいで、もぐもぐしながら歩いた。


 喉が渇いて、さっきの小川に戻る。両手ですくって飲んだ水は、つめたくて、甘かった。


 ふと、水面に、知らない女の子が映ってた。


 青い髪。肩のあたりでさらさら揺れる、晴れた空を溶かしたみたいな青。瞳は、すみれの色。


「これが、わたしかぁ」


 じーっと見つめてみる。うん。笑顔は、かわいいと思う。自分で言うのもなんだけど。


 ——そのときだった。


 背中のほうで、茂みが、ばきばきっと鳴った。


 振り向くと、いた。大きい。牛……じゃない。猪? でも、ふつうの猪は、あんなふうに目を赤く光らせたりしないと思う。口の横から、剣みたいな牙が二本、突き出してる。


「え、えーと……こんにちは?」


 ごあいさつは、通じなかった。


 獣は前足で地面をひと掻きして、まっすぐ突っ込んできた。


「わわっ!」


 体が、勝手に動いた。横っ飛び。風圧がびゅんと髪を揺らして、獣はわたしがさっきまでいた場所の岩に激突した。


 岩、割れたんだけど。あれ、当たってたら、わたしも割れてたんだけど!


 怖い……はずなのに。あれ? へんだな。ぜんぜん、足が竦まない。


 あ、そっか。夢だからだ。夢のなかで死んじゃっても、目が覚めるだけだもん。だったら——こわくない!


 それどころか、あの子が次にどう動くか、なんとなく見える気がする。


 獣がぐるんと反転して、もう一度突進してきた。今度は真上に跳んでかわして、すれ違いざま、太い首すじに、思いっきり踵を振り下ろした。


 ごんっ! ……って、自分の足とは思えない音がした。


 獣はつんのめって、二、三歩よろけて、どしーん、と横倒しになった。お腹がゆっくり上下してるから、気絶しただけみたい。よかった。


「…………」


 しーん、と静まりかえった森で、わたしは自分の足を見下ろした。


「……わたし、つよい!?」


 言ってみたら、じわじわうれしくなってきた。つよい! 走れて、跳べて、つよい! なにこの夢、さいこうじゃん!


 ……ただ、無傷ではなかった。最初の突進をかわしたとき、牙の先がかすったらしい。左腕に、みみずばれみたいな引っかき傷。ぷくっと血がにじんでる。


「いったた……。——あれ?」


 見ているそばから、傷が、薄くなっていく。


 血が止まって、ふさがって、赤みが引いて——ゆっくり十を数えるあいだに、つるんとした肌に戻っちゃった。痛みも、すうって消えた。


 そのあいだ、胸の奥が、ほんのりあったかかった。


 なんだろう。胸のまんなかに小さな灯がともっていて、そのあかりが、傷のところまでとろとろ流れていくみたいな。そんな感じ。


「……治っちゃった」


 すごい。すごい——って、あれ? うん、そっか。そうだよね。


 夢だもん。夢のなかなら、痛くないし、すぐ治るに決まってる。だってわたしの夢なんだから。


 なーんだ。びっくりして損した。


 わたしは、つるんと元どおりになった左腕を、ぶんぶん振り回してみた。痛くない。へっちゃら。


 ……これ、ひょっとして。なにしても、痛くないってこと?


 むくむくと、いたずらな気持ちが湧いてくる。だって、夢だし。なにしたって、いいんだもん。


 あ、でも。だれかを痛くするのは、なし。夢のなかでも、それだけは、なんか、やだ。


 ためしに、近くの木の幹を、こんこん、と蹴ってみた。みしっと幹が鳴って、葉っぱがばらばらーっと降ってきて、頭のてっぺんに乗っかった。あはは、なにそれ。


 ……うん。夢って、さいこう。


 日が傾いてきたから、寝床を探すことにした。大きな木の根っこのあいだに、ちょうど体がはまるくぼみを見つけて、やわらかい葉っぱを敷きつめたら、それなりのベッドができあがった。


 夜の森は、昼間とは別の場所みたいだった。


 暗い。ほんとうに、暗い。葉っぱのすきまから、知らない星がちかちか見えるだけ。風が吹くたび、森ぜんたいが、ざわ……ざわ……って、ささやき合ってる。


 ひざを抱えたら、急に、胸のまんなかが、すうすうした。


 ……あれ。へんなの。


 今日のわたし、あんなに笑ったのに。その話をする相手が、ひとりもいないからかな。


 ううん。それだけじゃ、ない気がする。夢のなかなのに。こんなにたのしい夢のなかなのに。どうして、こんなに——ひとりぼっちな気がするんだろう。


 まるで、ずうっと長いこと、ひとりだったみたいに。


 目の奥がじわっと熱くなって、あわてて、ぶんぶん首を振った。


 だいじょうぶ。思い出せないだけで、わたしを呼んでくれた、あのやさしい声は、ちゃんとあったんだから。夢のそとの、どこかに、ちゃんと。


「……ま、いっか! 夢だし! 明日も、いっぱい走ろう」


 声に出したら、すうすうは、ちょっとだけ引っこんでくれた。


 体はくたくたで、眠気はすぐに迎えに来てくれた。夢のなかなのに眠くなるのって、ちょっとへんなの。でも、ねむいものは、ねむい。


 まぶたが、とろん、と落ちかけて——ふと、わたしは、目をあけた。


 ……ねえ、ちょっと待って。


 寝たら、この夢、覚めちゃうのかな。


 だって、夢って、そういうものでしょ。眠って、見て、起きたら、おしまい。じゃあ、夢のなかで寝ちゃったら? 今度こそ、ほんとうに、おしまいなんじゃないの?


 ……やだな。


 覚めたく、ないな。


 自分でも、びっくりした。覚めたら、夢のそとに帰れるのに。わたしを呼んでくれた、あのやさしい声のひとも、きっと、そっちにいるのに。


 なんでだろう。夢のそとに、帰りたくないなんて。


 ……へんなの。わたし、ほんとに、へんなの。


 葉っぱのベッドのなかで、ちょっとだけ、まるくなった。それから、ふるふるって、首を振った。


 だいじょうぶ。この夢、こーんなに広くて、こーんなに長いんだもん。一回寝たくらいじゃ、きっと終わらないよ。たぶん。……だといいなっ。


 それにほら、覚めなかったら、ラッキーだもんね。


「——おやすみっ!」


 とろとろと、意識が沈んでいく、その途中。


 とおくで、おおかみの遠吠えが聞こえた気がした。ひとつじゃない。いくつも、いくつも、重なって、長く。


 うとうとのまぶたの裏で、木立のあいだを、白い影がすうっと横切った。


 ……きれいだな。ゆきみたいだな。


 夢うつつのわたしは、それきり、すとんと眠ってしまった。


 その白い影たちが夜のあいだじゅう、息をひそめて、こちらをじっと見つめていたことなんて——なんにも、知らないままで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ