第11ラウンド
(第一一ラウンド)
「相手がインファイトを仕掛けてきているんだ。得意分野で負ける訳には行かないぞ」
一〇ラウンドは明らかにゴンザレスのラウンドであった。得意分野で負けたのである。一一ラウンドもそれを引っ張る訳には行かなかった。国松を奮起させるという手しか福田には見当たらなかった。もっと何かを言わなければならない。勝負所がきていると感じている福田は考えるが、それ以上の言葉が出てこなかった。傷を多少広げることになろうとも、インファイトをすることしか思いつかなかった。
その間に源が国松の傷を処置していた。なんとかして血だけでも止めなければならない。劣勢の中で勝ちを掴むにはそれしか考えることはできなかった。
「いや、一一ラウンドはインファイトをしないで、総力戦でいきますよ。相手に乗ったら駄目な気がします」
国松は冷静に言った。だがそれによって勝機があるのか、福田や源は判断できなかった。
「今までと違う戦い方で、何か見えるのか」
源が口を出した。久恵という女の存在で国松の新しいボクシングが今日はできたと思っている。しかしその闘い方が、勝つ闘いになるのかどうか。源は見たい気がしていた。
「会長、福田さん、残り二ラウンド、期待していてください」
思わず国松は微笑んだ。試合中に国松がこのような表情を、いやジムですら見せない表情を出すとは思いもよらなかった。そしてふと国松は久恵の方を見た。一瞬であるが、久恵と視線が合ったような気がしていた。そしてそれに答えるように、久恵は首を縦に振った。
「次のラウンドもインファイトをするよ」
ゴンザレスはアウトボクシングよりも被弾する危険があるが、押し切りたいという気持ちをカーキへと伝えた。ここで押し切れば確実に勝利に近づくと考えていたからだ。
「視界が狭くなっている松崎に対して、アウトボックスの方が楽ではないのか」
冷静に考えるとカーキはどちらに勝機があるかといえばアウトボックスだと感じていた。
「かもしれません。しかし確実に潰しておきたいと思います」
カーキはゴンザレスの眼光から強い気持ちを感じていた。
その言葉どおり、ラウンドが始まるとゴンザレスはすぐに攻撃を仕掛けてきた。自らがここまでの事をしなければならない松崎国松という人間を、ある意味尊敬していた。だからこそ、本気で国松に対して勝ちに行こうとゴンザレスは思ったのである。
ショートのパンチが振られ、国松は下がるようにして距離を取った。そしてロングレンジのパンチをジャブだけでなく、続くストレート、左フックなどのコンビネーションを当てた。
ゴンザレスがインファイトをしようと近づく。今までにない近距離でゴンザレスが攻め、距離を作る国松が長距離砲を放つ。型は違うがお互いが前回の試合と入れ替わったような打撃戦が続く。
今までの試合でも国松がパンチを被弾する事は多かったが、ゴンザレスがここまでパンチによって顔を腫らすという事を観客は考えもしなかった。
国松の顔半分が血で染まっていく。バックステップをした国松を追うようにして放ったゴンザレスの右ストレートが襲う。国松は左サイドへと体重を移動して拳を避けると、左ボディーから右ストレートをヒットさせた。それは軽いカウンターとなり、思わずゴンザレスが後方へと弾かれた。それを逃さずに国松は素早く両足で踏み込みワンツーを加撃した。
観客が大きな歓声と共に、足踏みをしていく。渦が起こったような大音量が国松を後押しして、パンチを増大させるような錯覚を起こさせた。
ゴンザレスが思わず苦悶の表情を見せた。だが国松も限界であった。このまま倒しきらなければ気力が途切れ、疲労とダメージが露わになってしまうかもしれない。そう思うと攻めきることしか考えられなかったが、放つパンチはバラバラになりはじめた。
国松の乱打がゴンザレスをロープに詰めて襲う。しかしゴンザレスは被弾しながらも当たらないパンチを出し、猛攻に耐えた。
「カーン」
その音と共に歓声が静まり返った。
フラフラになりながらもゴンザレスは最後のラウンドへと生き残った。
国松はチャンスを逃してしまった事と、連打による体力の消費を感じていた。だが次のラウンドも引き続き自分にとって有利である。そう考えてコーナーへと戻っていった。




