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朝の鍛錬と朝食を終え、クリスタはベンヴェヌードと共にマシューの部屋を訪れた。
「クリスタ、防音の魔法は使えるよね?私達3人の周りにかけて欲しい。」
「はい、お兄様。静かなる空間。」
クリスタはマシューの言う通りに、向かい合ってソファごと3人を包むように防音魔法をかける。
「リッチフォースの人達は探られて痛む腹はないからね。スパイや盗聴などの類いにはおおらかなんだ。」
それはおおらかと言うより無頓着と言うのではないだろうか。
「スパイや盗聴なんて誰がするんだ?」
「それを話す前に、まず教えて欲しい。ベンヴェヌード、君は誰からヒュドールが死んだと聞いた?」
「うちに来てた旅の行商人だけど。確か…水の精霊の跡取り争いで隣国は大変な事になってるって言ってた!水の主になったヤツが次期国王だって!その行商人がうちに来る前に剣で胸を…貫かれた、オレと同じ位の男が崖から谷底に落とされたって。その男は、ヒュ…ヒュドールと呼ばれていたって言ってた。」
ベンヴェヌードの言葉にマシューは考え込むような顔をする。
「君がヒュドールに渡した短剣は何か特別な短剣だったのかい?」
「短剣だけど柄に火の精霊石が埋め込まれてる精霊剣なんだ。」
精霊石とは、精霊が作ったと言われている精霊の力の籠もった石の事だ。
その石が埋め込まれた剣は刀身に精霊の力が宿らせる事が出来るらしい。
「って言っても、刀身がちょっと熱いかな?位に温かくなるレベルの物だけどな!」
ヤンチャな子供相手に渡す短剣だから、そう危ない機能は付与されていないのだろう。
「その行商人……そいつはヒュドールの敵の回し者だ。」
マシューには確信があるのか、きっぱりとそう言い放った。
「きっとヒュドールが持っているはずのない君の短剣から、ガドリン領で暮らすベンヴェヌードと言う少年に辿り着いたんだろう。精霊剣の形と精霊石さえ知れれば持ち主を辿るのは容易い。」
「お兄様はどうしてそれだけで、その行商人がヒュドールの敵の回し者だと思われたのですか?」
敵ではなく味方なのかもしれないし、ただの噂を聞いただけの行商人かもしれない。
どうして敵の回し者だと確信があるのか、クリスタにはわからなかった。
「ヒュドールは別れ際に私にだけ聞こえるように教えてくれたんだ。ヒュドールと言う名はあの時ラフォレーゼ領の者しか知らないあの時だけの名前だと。旅の行商がヒュドールと言う名前を知る訳がないんだ。」
ヒュドールが別れ際にクリスタと名乗っていたマシューを抱き締めて何かを囁いていたのを思い出す。
クリスタは愛を囁いていたのだとばかり思っていたが、違うらしい。
「他に何か話したりはしてなかった?例えば……指輪とか。」
指輪。
それはクリスタがヒュドールから受け取ったあの指輪の事だろうか。
「いや、ヒュドールが死んだかと思って話を聞いてすぐ、ヒュドールはオレとマシューの親友だから死ぬはずないって……。オレ、走り出しちゃったから。」
「それで……か。」
ベンヴェヌードの話で何かを納得したらしいマシューは肩を竦めた。




