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フィッティングルームで少し休んだクリスタはみんなのいる部屋に戻ろうとすると、廊下でマシューをみつけた。
タイミングを見計らって出ていたらしい。
「アルトゥール。世の中にはね、怒らせてはならない人間がいるんだよ。」
アルトゥールのいる部屋に入る直前、アルトゥールを諭すように語る男の声が聞こえた。
その声の主の言葉には深く重みがあり、実感がこもっている。
「あいつは……。」
「お待たせしました。」
マシューが男の話を遮るように入室前に声をかけると、出入り口に背を向けていた男は頬を引つらせて振り向いた。
「待ってないぞ、全然。」
その男はアルトゥールの兄のリカルド。
この国の第一皇子であり次期国王であるリカルドは、後継者のみに受け継がれると言う不思議な色合いの瞳の持ち主だ。
アルトゥールは一般的な貴族よりも奇麗な金の髪に濃い青い瞳だが、リカルドは金の色の髪に黒紫の瞳をしている。
にこやかに笑うマシューを見て、頬を引つらせたままアルトゥールの後方へと下がっていく。
「ラ、ララフォレーゼ嬢、この度は申し訳ありませんでした。」
アルトゥールは呼び方について何か言われたのか、呼び方を改めて蒼白な顔でクリスタに頭を下げて謝った。
「顔をお上げ下さい。」
クリスタの声に姿勢を正すアルトゥールは涙目。
チラチラとマシューを気にしながら怯えているようにも見える。
先程のリカルドの言葉にあった怒らせてはならない人種とは、マシューの事なのだろうか?
「許してくれるか?」
どこか必死な声色に、クリスタはマシューはリカルドに何をしたのだろうと不安になる。
クリスタがリカルドを見ると、マシューと同級生で仲の良いとされるリカルドは色々とあったのだろう。
苦笑いで遠くを見ている。
「少々強引ではありました……。でも、殿下が私はの為にしてくれた事。怒る理由はありません。」
少々…ではなく、かなりだが。
それでもアルトゥールはクリスタの為にドレスを一生懸命選んでくれていたのだ。
「ですが、やはりドレスは母と兄が用意してくれたドレスを着たいと思います。」
アルトゥールの選んだTKOドレスを着てわかったのだが、母や兄が用意してくれたドレスは着やすい、苦しくない、軽い、とTKOの真逆。
初めての社交の場で今日のように具合が悪くならないようにと選んでくれたのだろう。
「わかった。そのドレスに合うアクセサリーを贈っても良いだろうか?」
あのオレ様アルトゥールが一方的に贈り付けるのではなく、クリスタの了承を得ようとしている事に驚いた。
「ありがとうございます。喜んで受け取らせて頂きます。ただ、まだ学生の身ですのであまりに高価で華美な物は控えて下さいね。」
本当の社交の場ではないのだから…身の丈に合った物が欲しい。
「わかった。」
高価な物を控えろと言うクリスタにアルトゥールは笑顔で頷いた。
「欲がないね。普通の令嬢ならより高価で美しい物を強請ると言うのに。」
欲のない発言に目をパチパチ瞬かせて声を上げたリカルド。
「欲がないわけではありません。どんなに高価な美しい物でも失うのは一瞬。私が欲しい物はお金では手に入れる事の出来ない物なのです。」
詩織は本当に一瞬に何もかもを失ってしまった。
世界が消滅する直前に何があったかはわからないが、クリスタとなった詩織に残っているのは詩織の家族との幸せな記憶。
そして萌っ!
現在の最推しであるマシューの笑顔が何よりも尊い。
「私の欲の為にも、皇子殿下方にはこの国を笑顔の絶えない国にするより良い政をお願い申し上げます。」
だって!この国こそが『オレ攻め』の舞台だからっ!!
詩織の思想が前面に出たクリスタの熱弁を聞いたリカルドが、真剣な面持ちでクリスタの前に跪いた。
「ならさ、ラフォレーゼ嬢。オレの嫁にならない?その年齢でそこまで国の未来を考えられる女性こそ、次期皇后に相応し……。」
クリスタの手を取り、その手の甲に唇を寄せようとしたリカルドだったが、横からニュッと現れた手に阻まれる。
それはマシューに掴まれたアルトゥールの手だった。
「リカルド……殿下?」
黒い。
マシューの尊いまでに麗しい笑顔が黒い。
その黒い笑みに、リカルド殿下はピシッと石化したように固まった。
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