そしてハッピーエンドを迎えるのです
それからほどなく、恭弥に連れられて由良は職員室に行き、教諭たちに起こった出来事を話した。
どうやら恭弥は佐山が気を失うまで携帯のボイスレコーダーを起動させていたらしく、録音された内容を聞いて血相を変えた教諭陣が部室棟になだれ込むと、いまだに佐山は気絶しており、彼を起こして話を聞くことになった。
証拠が残っているため素直に自供した佐山は退学処分に決まったが、由良は事を大きくしたくなかったため、警察には相談せず、教諭と由良の間で話を完結させた。佐山は静かに学校を去り、噂では遠くの学校に転校したようだった。
由良はそのことに安堵したが、それだけでは足りないと怒ったのは景だった。強姦未遂事件が起こってから一月経ち、木々が赤く色づきだしても、景は佐山の話題になると眦をきつくして憤慨した。
そしてそれは、由良の誕生日パーティーの席でも変わらなかった。
「マジで学校を辞めていく前に佐山の野郎を一発殴ってやりたかったけどさ、由良が『景の手が汚れるからダメです!』って泣きつくから見逃しちまったよ。いやでも、許せねえよなぁ! もし街で見かけたらぶっ飛ばす!」
景の家の居間は、由良のためにパーティーバーナーやカラフルな風船、ピンクのフラワーポムで飾りつけられている。
テーブルクロスの引かれたローテーブルには所狭しと手作りのローストビーフやチーズフォンデュ、ミルフィーユのように盛りつけられたサラダ、モッツァレラチーズとトマトのカプレーゼや生ハムのカナッペが並び、少しいびつだが苺がたっぷりと載った大きなケーキが由良の目を楽しませた。
なのに、これらを丸一日かけて用意してくれた一人である景は日にちが経っても怒りがおさまらないのか、トングで由良の分のカルボナーラを取り分けながら唸った。
「おい……祝いの席で話す内容じゃないだろう」
と、パーティーの用意をしてくれたもう一人である恭弥が乾杯の為にグラスへジュースを注ぎながら言った。景はハッと口を噤む。
「あー……そうだった。ごめんな、由良」
「へ? 何か言いました?」
恭弥の手によりなみなみと注がれていく琥珀色の液体を見つめて小さな子供のように目を輝かせていた由良は、浮かれた様子で聞き返した。
大好きな彼氏と、大好きな兄貴分に祝ってもらえるのが嬉しくて仕方ないといった様子の由良に、恭弥と景は目を見合わせ
「何でもない」
と和んだ風に言った。
日本に帰国してから初めて迎える十六歳の誕生日は、人生で経験してきた誕生日の中で一番素晴らしかった。
恭弥と景が用意してくれた料理はどれも美味しかったし、サプライズで渡されたプレゼントは宝石箱を開ける時のように気分が高揚した。何より、自分が大切だと思っている人たちに「おめでとう」と声をかけてもらえるのが嬉しかった。
まるで漫画の主人公にでもなった気分だ。
とてもじゃないが三人で食べきれないようなサイズのケーキを三等分され、恭弥に上に載った苺までもらい食べきったところで、由良は恭弥の袖を引いた。
「何だ?」
ちょうど景が空になった皿を流しに持っていったところだったので、居間には二人きりだ。めでたく恋人同士になった由良と恭弥だが、誕生日を三人でお祝いすることになった時、恭弥は特に何も言わなかった。
おそらく景も混ざって誕生日を祝うことになると予想していたのだろう。聞き分けがよく心の広い彼氏に由良はたいそう感謝したが、それと同時に、ほんの少しだけ残念な気持ちもあった。
だからだろうか。二人きりになった今が、伝えるチャンスだと思った。猫のように目を細め、悪戯っぽく笑う由良を見た恭弥は、首を傾げた。
「由良?」
「ねえキョウ。このあと、キョウの家に泊まりに行ってもいいですか?」
「は……?」
「知らないんですか? キョウ。ハッピーエンドを迎えるエッチな少女漫画の主人公の誕生日は普通……」
由良は以前に読んだ、恭弥によく似たヒーローが出てくるエッチな少女漫画の話を思い出して言った。
「ヒーローが盛大にお祝いしてくれて、そのあとヒーローの家に泊まって……そして朝が来るまで……」
由良は背伸びし、恭弥の形の良い耳にとびっきり甘い声で耳打ちした。
「いーっぱいベッドの上で、愛してもらうんですよ」
由良の言葉を聞いた恭弥は、クールな表情を一変させる。彼の頬がほんのり赤く染まったのを目ざとく見つけた由良は、男が命を捨てても惜しくないと思うほどの笑みを浮かべて言った。
「だから、今夜はいーっぱい愛してくださいね」
と。
孤独な少女はもういない。大好きでエッチな漫画の主人公のようにヒーローに心も身体も愛されて、素敵なハッピーエンドを迎えるのだ。
完結までお付き合いいただき、ありがとうございました…!
今後はまた『彼が私をダメにします。』の続編の執筆を進めていきたいと思います。年内には更新を始めるのが目標です(`・ω・´)




