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これがモブレってやつですか

声が震えた。


「……は……」


「ずっと夢見てたんだ、由良と心も身体も結ばれるのを。由良もそうだよね? でも素直になれなくて、つれない態度をとったんだろう? 大丈夫、ちゃんと分かっているよ」


「な、に言って……」


 やばい。本格的にやばい。由良は思った。稲妻に照らされた佐山の手が、由良の首元へと伸びる。そしてその手はそのまま、由良の襟にかかった。ピシャンッと耳を劈く雷鳴が響き、蛍光灯が明滅する。


 その刹那、由良はカッターシャツを破くように開かれた。ボタンが弾け飛び、部室の埃っぽい床を転がっていく。


「……っ」


 由良の口から声にならない悲鳴が漏れる。佐山に無理やり肌蹴られた襟もとからは、恐怖から冷え切った白い鎖骨と、控えめなレースの下着が覗いていた。寝かされていても主張を失わない胸の谷間がシャツから覗いたことで、佐山は鼻息を荒くした。由良は息を詰める。


 分かってしまったのだ。この後に、自分の身に襲いかかる最悪の事態を。


 興奮で震えている手で、佐山は由良の太ももを撫で上げた。由良は足だけで抵抗するが、跨るように上に乗られてしまう。


 佐山の性急な手は由良のスカートを乱し、カーディガンを乱暴に脱がせた。とはいえ、由良の手首は拘束されているため完全には脱がしきれず、二の腕辺りで皺になっている。


「やだ……やめて!」


 さらにリボンを外され、シャツのボタンを完全に外されたことで、佐山の眼前に由良の白く細い身体が晒されることになった。


 かろうじてシャツを腕に引っかけてはいるものの、淡い色の下着に守られたまろやかな双丘も、くびれた白い腰も、くぼんだ臍も全て見られている。まだ誰にも踏まれたことのない新雪のような滑らかな肌に、佐山の荒い息がかかり、由良は嫌悪感から歯を食いしばった。


(――――……ああ、やっぱり……。こいつ、私を抱く気だ……!)


 薄々感づいてはいた。これはエッチな漫画でよく見かける展開だからだ。主人公の女は、彼女に執着するモブによって監禁され、貞操を奪われる。もしくは奪われそうになる……。


(何だそれ、吐きそう)


 これからの展開を想像しようとして、由良は思考を止めた。頭が真っ白だ。想像なんて出来ない。吐き気がする。恭弥の時はあんなにもエッチな妄想が膨らんだというのに、佐山に抱かれるという想像が一つも働かない。今まさに、自分の処女が奪われる危険に遭っているというのに。


(いやだ……。キョウ以外の人に抱かれるなんて、想像したくもない……! 気持ち悪い……!)


 恭弥に抱かれる想像をしていた時とは違い、心の中を占めるのはひたすら嫌だという気持ちだけだった。


(ああ……)


 今になって、ようやく分かった。


(キョウはエロ大魔神だからきっと私のことを抱くに違いないと妄想していたけど、違う……)


 きっと、自分は恭弥のことが好きだから妄想していたのだ。最初に会った時からずっと恭弥に惹かれていて、でもそれを認めたくなくて、恭弥をエロい人間に仕立て上げ妄想することで、自分の中の欲を昇華させていたのだ。


 だから、恭弥以外の男に抱かれるという妄想が、まったく出来ない。


「ひ……っ」


 浮かびあがった鎖骨をナメクジのように湿った何かが這う感触がし、由良は悲鳴を上げた。視線を下げれば、佐山が由良の胸元に顔を埋め、由良の肌を舐めていた。異物が肌を這う感触が、好きな男ではないというだけでこんなにも気持ち悪い。今すぐ触れられた皮膚をはいでしまいたいと思った。


「やだ、やめて……! 舐めないで……触らないで!」


 鋭く由良が叫ぶ。抵抗したせいで、ますます手ぬぐいが手首に食いこみ鈍く痛んだ。それでも、じっとなんてしていられない。固く閉じた瞼の下、涙が盛りあがった。


「照れてるんだね。可愛いなあ……」


 佐山の狂った瞳には、由良の抵抗がまるで子猫がじゃれているように映るらしい。その狂気に飲まれそうになりながらも、由良は決して屈せず「違う!」と抗議した。


「私は貴方を好きじゃない! 抱かれるなんて死んでもごめんです! 早く解放して!」


「うるさい! お前は僕が好きなんだ!」


 どうやら佐山の逆鱗に触れたらしい。バチンッと音を立て、由良は横っ面を張られた。歯を食いしばらなかったせいで、口の中を切ったらしい。口内で血の味がした。


(この野郎……!)


 由良は脳内で激しく悪態をつく。しかし次の瞬間、指の跡がつきそうなほど力任せに胸を揉まれ、由良は綺麗な顔を歪めた。佐山の青白い手のひらの中で、鷲噛まれた由良の胸が形を変える。快感からは程遠く、彼の欲求を満たすためだけの乱暴な触り方だった。


 屈辱と苦痛から唇を噛む由良へ、佐山は勝ち誇って言った。


「叫んだって助けは来ないよ。部室棟にはもう誰も残っていないし、この台風だ。もう学校に残ってる生徒はいない。見回りだって、あと二時間は来ないさ」


「…………」


 あと二時間も、このまま……。


 神に見放されたような状況に、由良は絶望した。自分が恭弥を傷つけたから、バチが当たったのだろうか。だから、好きでもない狂った男に処女を奪われなければならないのか。


(――――……いやだ、誰か……)


 恭弥がいい。初めても、その先も、恭弥以外の人は嫌だ。


「ねえ、だから諦めて。僕を好きだと認めてごらん?」


 そう言って、佐山は期待に満ちた様子で由良の口元に自らの耳を近付ける。由良が自身への愛の言葉を囁くのを待っているのだ。由良はますます口を真一文字に引き結ぶ。佐山は「強情だな」と冷たく吐き捨てた。


「身体は正直かもしれないよ。僕にきっと抱かれたがってる」


「そんなことない」


「そうさせる。君は僕のものになる。拒否権なんてないんだ。愛する二人が結ばれる、これは決定事項なんだよ」


「貴方とは結ばれない!」


 由良は言い聞かせるように叫んだ。


「キョウじゃなきゃ、やだ……。キョウ以外の人に抱かれたくない……」


 由良は必死に自らを奮い立たせ、再び激しく抵抗した。何度殴られたって構わない。とにかく、佐山に抱かれるのは――――恭弥以外の男に抱かれるのは死んでもごめんだ。


 しかし、無情にも手の拘束が解けることはなかった。怒りに顔を歪めた佐山は上半身の愛撫をやめ、とうとうスカートの中に手を入れてきた。


(ああ、いや、そこは……!)


「君は僕のだ! 僕と結ばれるんだ!」


 無骨な手が由良の下着に手をかけ、下へずらす。そしてそのまま――――……。


「嫌! キョウ……キョウーっ!!」


「――――――呼んだか?」


 静かな声。しかし脳に直接語りかけてくるような、冴えわたる声がした。


「……え……」


 思考が追いつかなくて、由良は大きく見開いた瞳で声のした方を見る。由良の視界の先――――……部室の入り口には、由良が焦がれてやまない恭弥が立っていた。


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