挑発はお上手です
フランス人形のように容姿の整った由良の発言を受け、恭弥の義母は雷に打たれたような顔をした。
「本当なの? 恭弥くん」
「もちろんですよ。ね、キョウ?」
有無を言わせぬ雰囲気で由良が言うと、恭弥は「ああ……」と小さく頷き、由良の細い腰を引き寄せた。
ドキリと高鳴る由良の心臓など知らぬのだろう、恭弥は由良の耳元に唇を寄せて言った。
「こいつと付き合っている。だからあんたにいくら迫られようと、応える気はない。分かったら、二度と俺の周りをうろつくな」
「……へえ?」
妙に押し殺した声で言い、恭弥の義母は柳眉を吊り上げた。
「なるほどね? とっても可愛い子だわ」
口ではそう言いながらも、彼女の視線は由良を食い殺さんと言わんばかりだ。恭弥の義母は艶やかな髪を掻き上げ、挑発的な笑みを口元に刻んだ。
「恭弥くんがどうして私に靡いてくれないのか不思議に思っていたけれど、より綺麗で若い人がお好みなのね? 貴方のお父様そっくり……血は争えないわね」
「俺を父親と一緒にするな。あの男は、俺があんたに手を出さないかと怯え俺を家から追い出すような男だぞ」
由良の腰を抱く力を強め、恭弥は軽蔑を滲ませた声で唸った。
「違わないわ、一緒よ。貴方のお父様だって貴方の本当のお母様より、より綺麗で若かった私を選んだじゃない」
「黙れ」
「――――詳しいことは存じ上げませんが」
恭弥が奥歯を噛む音が聞こえた気がした由良は、横目で恭弥を見てから、刃の切っ先のように鋭い視線で恭弥の義母を見据えた。
「そうやって自分の意にならないものを貶める発言をしている貴女は綺麗には見えませんが」
「な……っ」
痛烈に言い放った由良に、恭弥の義母は絶句した。恭弥は信じられないようなものを見る目で由良を見下ろしている。由良は冷静だった。
「その服にカバン、それから首に巻いているスカーフも有名ブランドの物ですよね?」
恭弥の義母が身につけている物は全て、主婦が容易に買い揃えられるものではなかった。
「それはキョウの父親の稼いだお金で買った物ではないんですか? 貴方がもしキョウに対して本気なら、それらのもの全てを捨ててもキョウといたいということですよね? もしくは……まさかとは思いますが、恭弥の父親とも夫婦を続け、男盛りで美形の息子とも関係を持ちたいなんてゲスの極みのような考えを持っていると?」
笑顔で糾弾する由良に、恭弥の義母は押し黙る。由良は畳みかけた。
「邪で不誠実なのは貴女の心です。そんな方にキョウを語ってほしくはありませんね。少なくとも、私から見たキョウは他人の美醜や若さにこだわるような男ではありません」
「――――……」
恭弥が胸を突かれたような顔をしていることに気付かない由良は、言葉を失っている恭弥の義母に頭を下げ、彼の腕を引いて駅の方へ向かった。
早く恭弥の義母から離れたくて目的地もなく歩いていたが、しばらくして背後から笑い声が聞こえてきたので振り返る。と、恭弥が口元に手を当て、肩を震わせて笑っていた。その表情は、先ほど義母に絡まれていた時とは打って変わって晴れやかだ。
「――――傑作だったな。最高だな、お前」
胸をすく思いがした、と言う恭弥に、由良はやっと立ち止まる。人の往来が激しい駅前で二人が止まれば、道行く人や客を待っているタクシーの運転手が興味深げにこちらを眺めた。が、恭弥は気にした様子もなく言った。
「助かった。ありがとう。あのプライドの高い女のことだ、もう迫ってこないだろう」
「別に……貴方が本当に嫌そうだったので、見るに見かねて声をかけただけです」
恭弥をちらりと見た由良は、素直になれず素っ気なく返した。
「普段は不敵なくせに、何好き勝手に言われてるんですか」
「――――……」
「べ、別にそれが悪いとかじゃないですけど」
口を噤んだ恭弥を見て、失言だったかもしれないと慌てて由良はフォローを入れた。
しかし、恭弥は
「お前の言う通りだな」
と言った。
「嫌な思い出が蘇って思わず言われっぱなしになっていた」
「……嫌な思い出、ですか」
「ああ。そういえば、お前に語ったことはなかったな。俺だけがお前の過去を知ってるのもフェアじゃないから、時間が許すようなら語るが……今はバイトの休憩中か?」
由良の白ブラウスと黒いタイトスカートの制服姿を見た恭弥が訊いた。
「あ、はい。お昼休みで、ちょうどどこかのお店に昼食を取りに行こうかと……」
「ならいい店を知ってる。助けてもらった詫びに奢ろう」
「え……そんなの悪いですって、キョウ?」
「いいから」
恭弥の大きな手に手を繋がれ、由良は彼が勧めるフレンチのレストランへと連れて行かれた。




