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第十二話 『俺自身がペンになることだ』

――六月二十六日・月曜日・五時限目――


「ハイガイズ! ハウアーユートゥデイ」


 俺はバッドである。

 理由を教えてやろう、アフロティーチャー、俺が英語を嫌いだからだ。

 某松崎し〇るバリの日焼けをした英語担任、松田平(マツダタイラ)

 通称アフロ。理由はアフロだから、単純である。


「ヘイミスタータキ! ハウアーユートゥデイ」


 アフロが(タキ)を指名する。

 瀧とは、光貴と俺によく絡んでくる馬鹿の事だ。

 身長は百八十は超えてるだろう。明るめの金髪を上に跳ねさせており、ウニっぽい。

 一見不良に見えるが、そうでは無い、馬鹿なのだ。

 馬鹿の権化と言っても良いだろう。今からそれは証明される。


「ヘロー」


 とりあえず挨拶か。

 まぁ間違っては無いな。

 だが、その次に何といえば良いか分からない様だ。言葉に詰まっている。


「ミスタータキ?」


 アフロが復唱する。


「……ア、アイハブアペン」


 そうか、お前はペンを持っているのか。

 明かに両手には何も持ってないように見えるが。

 まぁまずその答え自体間違っているのわけだが。


 またアフロが聞き返す。


「ア、アイアムアペン」


 これは驚いた、新事実である。どうやら瀧はペンだったらしい。

 いやはや、どうりでペンを持っていないはずだ。

 俺自身がペンになることだ。それが瀧のハウアーユートゥデイらしい、いやはや。


 教室の方々から笑い声が聞こえる。

 俺も釣られて笑いそうになったが、なんとか堪えた。

 どうにも、笑うことには抵抗がある。


「……オーケーミスタータキ、シャットダウンプリーズ」


 アフロが諦めた様だ。なら最初から当てるな、アイツが馬鹿なのは周知の事実だろう。

 サッカーをそっかーと真顔で言っているくらいだぞ。


「っしゃ」


 瀧が得意気に座る。

 その手応えは何所から。


「ではガイズ、今日は英語でディスカッションを行いマス! 四人ワングループになってくだサイ!」


 今日はそういう授業か。

 まぁマシな方か。幸い、席の周りの奴らは優等生タイプだ。

 勝手に進行してくれるだろう。


 もし瀧や光貴とグループしたならば、最終的な発表をするのは必然的に俺になってしまう。

 光貴はああ見えてかなりの引っ込み思案。瀧は日本語すら完璧に喋れない恐れすらある。

 いやはや、想像しただけで面倒だ。

 というかディスカッション事態まともに進むかすら――。


「バット! 今回はスペシャルに行きたいと思いマス! いつもは近くのスチューデントでグループをメイクしていマスが、今回はフレンド同志でディスカッションして下サイ!


「――」


 そんなスペシャルは要らない。

 ファッキュー、ミスターアフロ。


 各々が席を立ち、二ヶ月で作ったフレンドと合流していく。

 その中の姿に、光貴と瀧も居た。

 案の上、こちらへ向かってきている。


「なんか皆立ってたから、こっち来た」


 頭痛が痛い。


「っふ、明、共に勉学に励むぞ」


 光貴が常識人に見える。

 いやまぁ勘違いなんだけども。 


 ……面倒だ。

 だが、俺にこいつらを拒否する選択肢は取れない。

 生憎クラスでの知り合いは、この二人だけだ。

 無色透明な高校生活の賜物と言えよう。

 ただ――。


「あと一人か」


 こうなってくると、一人どうしても足りない。

 まぁ、そこまで心配する必要も無いか。

 自ずとそれは、炙り出される。


 次第にグループが完成していく。

 一つ、二つ、また一つ。

 そしてグループメイクも終わりに近づいてきた頃、それは浮かび上がった。


「お、アイツ空いてね? ちょっと呼んでくるわ!」


 所謂、ボッチである。

 まぁ俺はそこまでボッチに悪いイメージは持っていない。

 好きで一人になりたい奴も、もちろん居るだろう。


 瀧に呼ばれ、彼女はトボトボとやって来た。

 身長はやや低い、髪は桜木程では無いが長めと言えよう。

 眼鏡を着用しており、文学少女という言葉がピッタリだ。

 ただ、負のオーラ的なモノを感じる。


「よ、よろしく……お願いします……」


「おう! 名前は?」


 二ヶ月も経ったのに、まだ名前を覚えていないのか。

 コイツの知能指数と、過去のプチ不登校を考慮すれば仕方ないのかもしれないが。


「ふ、冬月美那子(フユツキミナコ)です……」


 冬月、正直俺も彼女の事は深く知らない。

 分かっていたのは、交友関係が希薄で運動神経があまり良くない事。


 冬月は顔を軽く伏せ、瀧の隣に座る。


「ではガイズ! 教科書の三十四ページをオープンして下サイ! 今日は――」


――四十分後――


 授業も終盤に差し掛かり、英語でのディスカッションを纏めた発表を、各グループが行っていた。


「ではミスタークロキ、まだトーク仕切れていないという事でオーケーデスか?」


「……はい」


 俺達のグループを除いては。

 瀧は論外、光貴も知らない女子を目の前にして積極的な発言は出来ず、冬月も時折発言はすれど、他グループと比べて圧倒的に進行スピードは遅れていた。

 この授業だけでは、到底まとめられない。


 アフロが溜め息を吐いて、黒板に振り返る。

 それを見て、俺も席に座った。

 別グループの話し声が聞こえてくる。


「やっぱ落ちたな神童も」


「つかあれホントなの? アイツがそう言われたって」


 聞こえなければ良かった。

 ただ、これに対してルーズ&リープを使うのも本末転倒である。

 使う程後悔していないが。


「マジマジ、見る影もねーけど。二年の途中までずっと学年一位だったって話」


「今はインキャだよね完全――やべっ聞こえてた」


 無意識で睨んでしまっていたようだ。

 まぁ、どうでもいい。


「あ、あの、ごめんなさい……私のせいで……」


 冬月が伏せている頭を更に深く下げる。


「いやいや、冬月さんの責任は少ないと思うぞ。八割方瀧だ瀧。日本語すら理解してるのか怪しまれる」


 爆睡中の瀧を叩く。

 ピクリと動いて「母ちゃんあと五分」等とぬかしている。


「でも……私が――」


「それに、俺が纏められなかった責任もある。柄じゃないが、そこを言い訳にしようとは思わん」


 俺自身、多少の責任はある。

 もっと光貴に発言を促せば良かったと思うし、冬月にもスムーズにディスカッションに入れるよう、俺が進行出来ればこんな事にはならなかったハズだ。

 能力が発動するとまでは行かないが、それなりに後悔はしている。


「っふ、仕方あるまい。今宵は満月だからな」


 だからどうした。


「ふあぁ……結局、ディスカッションって何なんだ?」


 どうやらお目覚めらしい。

 もはや同情の念すら覚えるな。

 というかこの高校にどうやった入学したのだ。


「サテ、全てのグループの発表が終わったノデ! ガイズは元の場所へ戻って下サイ!」


 終わりか、まぁヒアリングが無かっただけマシだな。


「あ、ありがとう、ございました……」


 冬月がまた頭を下げる。

 そういえば、この授業中一度も顔を上げてないな。


「良いってことよ! 困った顔はお互い様だろ?」


 瀧が自信満々に言ったが、意味不明すぎる。

 何自虐と侮蔑を併せ持った慣用句を生み出した。


「っふ、瀧、それを言うなら困った時はお互い様だぞ」


 いやいや、流石に瀧でもそこまでの馬鹿じゃ――。


「お? そうなのか?」


 そうだった。そこまでの馬鹿だった。

 すまん瀧、お前を甘く見ていた。


 そして三人は元の席へ戻っていき、クラス全員が元の席に付いた所でアフロが言う。


「デハ! 今日のスタディは終わりデス! テストも近いノデ! しっかりスタディして下サイネ!」


 そうか、テストも一カ月を切ったか。

 まぁ数学と物理さえ復習しておけば大丈夫だろう。

 英語は流れで乗り切る。


「オット! ミスタークロキのグループは、放課後にまとめを報告しに来て下サイ! デハ、スタンドアップガイズ!」


――ファッキューミスターアフロ。


――放課後――


「これだけやれば十分だろう。悪いな冬月」


 放課後、俺は冬月とディスカッションのまとめを行っていた。

 瀧はむしろ居る方が邪魔で、光貴にはオカ研に行って貰う必要があったからだ。


 今後の方針を決める、割と大事な日。それに二人して遅れるのもどうかと思い、光貴には先に部活に言って貰うようにした。いやまぁ俺は仮入部だが。


「いえ、元はと言えば、私がちゃんと喋らなかったからですし」


 ネガティブ気質、ここに極まれり。

 さっきから冬月は謝ってばかりだ。


「何度も言っているが、今回は全員に落ち度がある。そんなに謝られると、俺まで申し訳無くなってしまう」


「す、すいません」


 ……まぁ、こういう奴なんだろ冬月は。

 気にするだけ無駄か。


「しかし助かった。俺は英語が苦手でな、冬月が残ってくれなかったら、多大な時間を取られていただろう」


「い、いえ! 私はそんな」


 謙遜はすれど、冬月の英語力は実際高い。

 というか、勉学への能力自体が優れているんだろう。俺への英語の教え方、話し方からして成績上位者のそれだ。


「それに、明さんも英語が苦手なんてとても思えませんでした」


「いやいや、英語だけは無理だ。日本人全員が英語を学習する必要性を、俺はどうにも考えられん」


「……世界の情勢を考えれば、英語を第二言語として覚えておくのは合理的では無いでしょうか?」


 ほう。


 ほーう。


「一理ある。確かに英語を言語として扱えるようになるのはコスパが高い。だがそのコストパフォーマンスを活かせる職業、それは現時点では極めて限定的だと思うのだが?」


 冬月は珍しく顔を上げ、


「そうですね、限定的なのは間違いありません。ですがそれはあくまで、黒木さんがおっしゃった様に現時点での話。時代はグローバル化の一途を辿る一方です。それは科学技術の発展が終わらない限り、続いていくでしょう。その中で英語は、中心の言語として扱われて行くと思います。今の様に。それでも極めて限定的と言うのは、少々無理があると――」


 熟練のレジ打ちがテンキーを入力するかの如くスピードで喋っていた冬月が、突然何かに気付いた様で言葉を止めた。

 冬月の顔が次第に赤く染まっていく。


「すいません! 私つい」


 どうやら熱くなって語ってしまったらしい。

 だがこういった言動には慣れている。

 我が部が誇る、清楚系おてんば美少女の顔を思いながら、そう思った。


「いや、別に。そういう考えもあると思ったし、勉強にもなった」


 冬月の英語を勉強する理由は、理に適っている。

 英語嫌いを自覚している俺ですら、肯定的な考えが浮かんだほどだ。

 だが、


「だが、こればかりはどうしようもない。俺の本能が英語への好意的な思考を拒否している。つまるところ、生理的に受け付けないという奴だ」


「……生理的に、ですか」


 冬月は一度上げた顔を再び下げて、呟いた。

 それはどこか、悲しげな。

 そんなに英語を嫌いになって欲しくないんだろうか。



 沈黙。



 教室には俺と冬月の二人だけ。

 会話が無くなれば、沈黙が来るのは当たり前だ。

 まぁ話すことも無いし、アフロの所に行こうと席を立った所で、冬月が口を開いた。


「生理的に受け付けない物を、明さんは好きになる……いいえ、承認出来ると思いますか?」


 冬月が何を聞きたかったのか、俺は一瞬分からなかった。

 哲学的というか、何と言うか、とにかく難しい質問だ。

 内容こそは理解すれど、一体何を言えば良いのか。


「……まぁ、英語を好きになるとすれば、俺の価値観とかが根底から変わった時だろうな。現状の俺では、英語を勉強しようとは思えん」


「価値観、ですか」


「そう、価値観。日本人が英語を勉強する必要は無い。これが変われば、俺もまともに勉強するかもしれん」


 冬月は顔を上げない。

 どうやら俺の答えじゃ満足しなかった様だ。

 だが許せ冬月。俺は人生とは何か的な事は考えない主義だからな。


「じゃあ俺アフ……松田先生のとこ行ってくるから。冬月も早く帰れよ」


「はい……」


 冬月が何故こんな質問をしたのか気になったが、オカ研にも行かなければならなかったので、問うのは止めた。

 顔を俯かせたままの冬月を置いて、松平にディスカッションの報告をしに。

 結果は上々。時間内にまとめられなかった分、多少のマイナスはあるだろうが、それでもそれなりの評価を貰えただろう。


――オカ研部室(理科室)――


「ですので、どうか女装をですね」


「断る」


「断れません」


「いや、流石に断る」


 いやはや。




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