第十一話 『相槌』
「桜木、その、なんだ」
後ろに居る桜木は答えない。
いやはや。
というか、何故仮にも主役のハズの俺が、桜木の買った服を持たねばならんのだ。
結局、桜木は店員から勧められた服を殆ど買った。
俺的には買ってしまったと言いたい所だが、桜木の心が読めない以上、しまったと言うのは気が引ける。
店員が放ってきた無言の圧力で、半ば強制的に買った服を持つことになった訳だが、
「……両手が塞がっていると、本が取れないのだが」
俺達は、予定通り本屋に来ていた。
丁度新しい本が欲しかったので、ナランチャの予約時間までに本屋に寄る予定を取っていたのだ。
「……明さん……やっぱり、見ましたよね」
ああ、見た。
だがどう答えるべきだろうか。
桜木はさっきから時折、ずっとこの質問をしてくる。
最初は「見てない」の一点張りで通していたのだが、どうやらこれは悪手らしい。
「見たぞ」
「……そう、ですか」
イベントが進んだ。
「ど、どうでしたか?」
どうでしたかとは一体。
一体……胸のサイズのことであろうか、いや、下着の色の可能性もある。
ここは慎重に答えるべきだ、俺の勘がそう言っている。
「何がだ?」
「な、何って……わ、私の体の事です……」
ふむ、なるほど。
体の事か、となれば色では無いな。
つまりは消去法的に胸の大きさと言う事になる。
何と答えるべきか……とりあえず、褒めておこう。
「悪くは無いと思うぞ」
「えっ!?」
桜木が大袈裟に反応したもので、俺は桜木に振り返る。
桜木は目を見開き、俺を驚いた様子で見ていた。
俺は視線をずらし、
「な、なんだ、その。こ、高校一年の平均的な胸の大きさは知らんが、大きい方なんじゃないか。小さくは無いと思うぞ、だからもう安心――」
「む、胸の事じゃありませんっ!」
桜木が俺に詰め寄り反論してきた。
どうやら違った様だ。
……よくよく考えれば、桜木が知り合いの男子に自分の胸が大きかったかを聞く、なんて行動を取る訳が無かった。
となれば――。
「太ってもいないと思うぞ。スタイル的にはかなり良いと思う。いや、あくまでこれは客観的な意見であって、決して主観的な意見では――」
「お腹のことでもありませんっ!」
これも違った、いやはや。
桜木が更に詰め寄ろうとして俺にぶつかる。
それで我に帰ったのか、慌てて俺から離れ、
「私の、体の……その」
今思い出した。
桜木の胸に思考が捕らわれ過ぎていて、すっかり忘れていた。
「ああ、あれか」
桜木は顔を俯かせる。
うむむ。
「そんなに落ち込むな。あれを見たからと言って、桜木への印象は変わらない」
「……本当ですか?」
涙が溢れてきそうな声で桜木が言う。
「人間、誰しも秘密はある。俺だってそうだ、それを桜木に言わない以上、俺が桜木の秘密をどうこう言う筋合いは無い」
タイムリープを、誰かに言った経験は数回しかない。
その数回でも、信じてくれた人間は一人だけだ。
今はどうせ信じてくれないだろうと、誰にも言うつもりは無い。
桜木の体の紋章も、何かしらの秘密があるのだろう。
「まぁ、その、なんだ。言いたくなった時に、理由は言ってくれればいい。それで桜木の悩みが晴れるならな」
「ふふっ……本当に明さんは優しい方ですね。……はい。いつか必ず、明さんだけには」
少し、臭かったかもしれない。
というか無色透明なのか、これは。
気を紛らわすために後ろ髪を掻……両手が塞がっていた。
「だから桜木。荷物を持って貰えると、ありがたいのだが」
「っへ? あ、ご、ごめんなさいっ!」
慌てて桜木は両手の荷物を取ろうとする。
「いや、片方だけでいいぞ」
「でも、今日は明さんの誕生日ですのでっ」
お言葉に甘えるべき、だろうか。
……何というか、男としての見栄のようなものが、素直に桜木へ持たせることを拒否している。
「実は最近、運動不足でな。少しは俺も筋力を付けようと思っているのだ」
「どういうことですか?」
桜木はきょとんと首を傾げる。
そのいつもと変わらない表情に、少しだけ安心感を覚えた。
だが、どうにも伝わらなかった様だ。
「その、なんだ、一個は俺が持つという事だ」
「ですが……もう、わかりました」
なんだか微妙な空気だ。
その空気から離れるように、俺は目的としていた本に手を掛ける。
俺の好きな作者の探偵モノである。
「そうだ桜木、本は読むのか」
「そうですね、月に一冊程度でしょうか」
おお、読むか。
本について話す相手が欲しかったのだ、光貴は本を読まないからな、東堂は読みそうだが、アイツとは馬が合わん。
……いや、でも無色透明の理念に反するか。
「明さんは?」
だが、相手から絡んでくる分には仕方のない部分もある、うん。
だからセーフだ、無色透明は守っている、ハズ。
「それなりに読むぞ、今日買おうと思っているのは――」
そしてしばらく本についての談笑をし、良い時間になったので桜木とナランチャへ向かった。
桜木が持っている分も持ってやろうと思ったが、厚かましいというか、俺は桜木の何なんだと思い、止めた。
彼氏かよ、友達ですらないのに。
ナランチャではそれなりに食った。
甘いモノは嫌いじゃない、結構美味かったな、流石に繁盛してるだけはある。
桜木が喜々として食べていたのが印象に残っている、それだけでなんだか満足できた。
今日は桜木の事を色々知った気がする。
下着の色とかでは無い、桜木自身の事だ。
桜木は見た目は清楚系美少女だが、リミッターが外れると喜怒哀楽を縦横無尽に駆け回り、周りが見えなくなる。
どちらかと言うと、おてんば清楚系美少女だったのだ。
あとは体に書かれていた模様……まぁこれは気にしないでおこう、桜木の為にも、無色透明の為にも。
そして創部記念兼俺の誕生祝いは終わりを迎えたのだが、
「桜木、歩きなのか」
両手に大荷物を持った桜木が、歩いて帰っていた。
自転車で帰ろうとしたところを、偶然見つけたのだ。
「はい、家からもそう遠くないので、歩いて来ました」
だがここまでの大荷物は予想していなかった様で、少し眉が下がっている。
……。
「重い方を渡せ、筋トレだ」
「い、いえっ! 流石にそこまでして貰うワケには……」
「そうだな、なんというか、これは桜木へのご褒美、みたいなものだ」
「ご褒美? 私にですか?」
「高一で部活を作るなんて、早々出来るモンじゃない。ましてやオカルト研究部なんて怪しい部活だ、教師たちの目も冷ややかだっただろう。そんな中で、桜木は自分が後悔しないよう、部活を作り上げた。それへのご褒美だ」
桜木の努力を全て見てきたわけじゃない、だけどその努力が、並々ならぬモノだったとは容易に想像できる。
ある程度は、やはり認めるべきだ。桜木の生き方を。
「だから、俺も持ってやる」
「……ふふっ、わかりました。自分へのご褒美として、明さんに筋トレさせてあげます」
「おう」
自転車から降り、桜木の荷物を持つ。
そして数分歩いた所で、桜木が口を開いた。
「明さん、本当にありがとうございました」
「大丈夫だ、見た目より力はある」
「いえ、そういう事では無くて、部員に関しての事です」
そっちか。
「桜木は周りが見えなくなるところがあるからな、無色透明なりに協力は確かにした。だがそれは光貴も同じだ」
「もちろん光貴さんにも感謝しています、東堂さんにも。ですが、私としては明さんに一番お礼を言いたいのです」
一瞬胸が高鳴る。
桜木はさぞかし、数々の男子を勘違いさせて来たのだろう。
だが俺は大丈夫だ、うん。
「明さんがあの時入部してくれてなかったら、私自身、自分が何をしてしまうか分からないくらい焦っていました」
だろうな、俺があそこで入部しなければ、オカ研が設立されることは無かっただろう。
「そして入部してからも、部員勧誘をして下さって」
「まぁ」
「だから、その、本当にありがとうございます」
なんと返せば良いのか。
桜木は照れを隠すように笑う。
その表情と、桜木から発せられた言葉が妙に恥ずかしく、
「ああ」
相槌しか、打てない俺であった。
そして少ないながらも適当な雑談をし、桜木の家の前に到着。
……。
「桜木、本当にここで合っているのだろうか」
「はい、恥ずかしながら」
いや、別に恥ずかしがらなくても良いのだけれど。
いやはや、驚きである。
「寺か?」
桜木の家は、都城の中でも最も大きい神社『神柱神社』のすぐ近くにあった。
そこまでは大して驚かないのだが、問題はその外観だ。
築百年と言われても納得してしまうほど、風格というか、威厳というか、古いというか、うん、とにかく古そうだった。
「違いますっ、あと厳密にはコチラに住んでいるワケではありません。後ろの方にちゃんとしたお家がありますよ」
ああ、良かった。
「じゃあここは?」
「そうですね……祖父母の住まいだったのですが、今は誰も住んでいません。置き物のようなモノなのです」
うむむ、少しマズいことを聞いてしまったか。
「悪い、嫌な事を聞いたな」
「……?」
桜木は首を傾げる。
「亡くなったんだろ、桜木の――」
「生きてますっ! 勝手に殺さないで下さい!」
あらら。
いや、あららじゃないか、良かった良かった。
「祖父母も後ろのお家に住んでいますよ、自慢じゃありませんが、大きい家ですので」
「ここよりか」
「はいっ」
目の前に建つ寺のような家は、結構でかい。
ここより大きいとなると、相当だな。
「とりあえず、裏に行くか」
「あ、いえ! ここで大丈夫ですっ」
慌てた桜木は空いている手を横に振る。
まぁそれもそうか、桜木が男女の関係についてどれくらい意識する人間なのかは知らないが、桜木も思春期の真っ最中である。
そこまで知り合いに付いて来られるのには抵抗があるのだろう。
「りょーかい、じゃあ、また明日な」
「はい! 明日はいよいよ七不思議を解明していく日ですからねっ、絶対休まないで下さいよ?」
「病気なるかも」
「なりません」
ならないのか。
そう言えば、割と桜木との定番のやり取りになっているな。
まぁ、悪い気はしないが。
別れの言葉を交わし、俺は自分の家に帰った。
生憎桜木の家とは反対方向だったのだが、大して移動距離も変わらないので気にしていない。
その帰路、これこそが青春なのであろうか、なんて思ってしまった。
間違いなく今日は無色透明なんかじゃなかった、実質桜木とずっと居たワケだし……。
まぁたまには良いだろ、良いよな、うん。
無色透明、それをせずとも俺の目的が達成できれば良いのだが……。
少し、考えてみよう。
桜木の様な生き方でも、達成できるかもしれない。
――後悔せずに、リープを使わずに、つまり、人間らしく生きていくという目的を。




