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第十話 『所謂ブラジャーという布』

「あっ! 明さん! ここですここ!」


 丁度曲がり角に差し掛かったところで、桜木が目当ての場所を見つけた様だ。

 少し、いやかなり時間を食ってしまったが。

『ミクシーズ』と書かれた看板を指差し、桜木がその場で二回程跳ねる。


「まさか通りを往復するハメになるとは、俺も予想外だったぞ」


「ご、ごめんなさい」


 桜木が差した方向は全くの見当違いで、ミクシーズがあったのは反対の通りだった。

 まぁ実際に来るのは初めてなのだから、多少は大目に見るべきかもしれない。

 だが道中でキャラグッズコーナーに寄ったのは完全な時間の無駄だったぞ。


「で、桜木よ。これから中に入る訳だが、本当に俺は見るだけだからな。どっちが良いかと聞かれても、俺はどっちでもと答える覚悟でいる」


「もう、分かってますよ。……では!」


 桜木は勢いよく声を出すと、右足を大きく前に出し、出し、戻し、出し、戻し……。

 いやはや。


「そんなに緊張するな。入って何かされる訳でもあるまいし」


「で、ですがどうにも体が……」


 どれ、少し荒っぽいが手助けしてやるか。

 

「桜木、今なら入れるぞ。俺が桜木が入れるよう魔法をかけた」


「嘘だとは分かりますが、お気遣いありがとうございます。……では」


 桜木がまた右足を前に出す。


――とう。


「っへ? あっ」


 桜木は体制を崩し、まさしくおっとっとという形でミクシーズへ足を踏み入れる。


「入れた」


「入れ、ました! ……でも押すなら押すと言って下さい! 危うく転びそうになる所でしたよ!」


 桜木が顔を膨らませ、前のめりになりながら俺に言う。

 視線を外し、とりあえず謝っておく。


「悪かった悪かった」


「絶対悪いと思ってませんよね」と言いたげな顔をされたが、気付かないフリをした。

 そして俺もミクシーズの店内に入る。


「……分かってはいたが、男が入る場所じゃないな、ここは」


 店内を軽く見渡すが、男は殆ど店内には居なかった。

 居たのは傍から見てもバカップルの片割れだけ。

 


「お客様、何かお探しでしょうか?」


 来たか店員。

 俺らの侵入を確認するなり、疾風の如く声を掛けて来た。


「実は服を買いたくて……」


 服屋だから当たり前だと思うのだが。

 いや、よく見ればバッグとか財布も置いてあるな。

 全体的なイメージとしては、ぶりっ子の印象を受ける。


 桜木の返答に店員は見事なまでの営業スマイルをし、


「それでしたら、こちら等如何でしょうか」


 襟に特徴的なフリル加工が入った、紺色の半袖シャツを店員は見せる。

 襟元の中心にはリボンが付いていて、あざとさを感じる。

 

「でもお高いんでしょう……?」


 どこぞな通販で聞いたようなセリフを桜木は言った。

 店員と話すのに緊張しているらしい。

 店員は営業スマイルを崩さずに続ける。


「ミクシーズは、若い方にも買いやすいお値段を付けていますので、ご心配なさらず」


 そう言って店員は桜木に値段を見せる。


「私どもの店では、半袖シャツの金額はこの辺りが殆どです。もう少々リーズナブルな価格帯をお求めでございましたら、別の物を持って参りますが」


「い、いえ、値段は大丈夫みたいです、はい。で、ですよね明さんっ」


「いや俺に聞かれても」


 まぁこういう場所の服の値段が、全く気にならないと言えば嘘になる。

 俺が服を見ようとすると、気付いたのか店員は俺の方に服を近づけ、


「彼氏さんも、彼女に似合っていると思いませんか? こちらの服」


 は。


 ふむ。


 え?……あ、ああ、勘違いしているのか。


「え、えっと、その」


 桜木の白麗な肌が赤くなる。

 

「いや、只の知り合いですよ」


 桜木を見かねて、俺が否定してあげた。


「あら、失礼いたしました。凄くお似合いだったモノでして」


 どこがだ。

 桜木は少なくとも外見は美少女である。

 一方俺は……まぁ醜悪な顔とまでは行かないだろう。

 欠点として自覚しているのは、目が死んでいる事。あとは特に無い。

 だが良い所も無い、つまりは普通だ。


「桜木、予算はどれくらいなんだ?」


 俺は店員が寄せた服の値段を見ながら言う。

 値段は四千百円。服の相場はよく分からんが、現実的な金額ではある気がする。


「え、えっと……」


 桜木の動揺はまだ続いている様だ。

 そこへ店員が、


「よろしければ、ご試着されては如何でしょうか? フィッティングルームはこちらにございます、どうぞ」


 そう言って店員がフィッティングルームとやらに俺達を案内した。

 多分、試着室だろう。いやはや、普通に試着室と言って欲しいモノだが。

 俺達は店員の後を付いていく、桜木の顔はまだ赤い。まぁ恥ずかしがる気持ちも分かる、俺と桜木じゃどう考えても釣り合わんからな。


「こちらになります。他にも何着かお客様にお似合いの衣料を持って参りますので、では」


 案内を終えた店員は、試着室を出ていく。

 

「え、えっと、では着替えてみますので」


「おう」


 そう言うと桜木は服を持って、カーテンを捲り中に入る。

 少しは桜木も落ち着いてくれた様だ。

 だが流石に、俺もあそこまで恥ずかしがられると、自分の顔面レベルが予想より低いのではないかと疑ってしまう。

 そう思ってふと自分の顔を撫でてみた。

 

――熱い。


 どうやら、俺も恥ずかしかったらしい。

 いや、これは桜木の彼氏だと言われた事への羞恥じゃない、うん。

 女物の服しか売っていない場所へ入っている事への恥ずかしさのはずだ。

 そうに違いない。


 俺はそれ以上余計な事を考えるのを止めて、桜木を待った。


 試着室は四室あり、今使っているのは桜木だけの様だ。

 リオンの賑やかな音は殆どここには入って来ず、聞こえるのはミクシーズのみで流れている音楽と――。



 桜木が着替えることで生じる動作音だ。


 いやはや、どうして、こんな小さな音が耳に入ってくるのであろうか。

 服を脱いだであろう摩擦音が聞こえ、俺はなんだか妙に恥ずかしくなり試着室から目を背け――。


 ガシュッ。


 突然の異音に、俺は反射的に振り返る。


「……」


 そこで俺が見たものは――。


「――へ?」


 桜木の、下着姿だった。

 

 丁度桜木は元々来ていたシャツを脱ぎ終わっていたようで、試着室に備え付けられていたハンガーに服を掛けている最中。

 無論その状態では上に何か着ているはずも無く、白色の、所謂ブラジャーという布のみが桜木の胸を隠しているだけ。

 旧校舎で見た時はあまりよく見る事は出来なかったのだが、今回は比較的ガッツリ見る事がで……見てしまった。

 あれは大きいと言えるのだろうか、まぁ高一にしては大きいハズだ、いやはや……ん。


 桜木の腹部には、黒の塗料……墨で何かの模様を成すモノが書かれていた。

 タトゥーだろうか……いやいや、桜木は絶対にそういった行いはしない。

 では何だ――。


 そこまで考えた所で、俺は桜木の顔が、今までと比べモノにならないレベルで赤くなっている事に気付いた。

 あと、若干目が潤み始めている。


 さて。


 どうするか。


「桜木、大丈夫だ、俺は何も見ていない」


 とりあえず後ろに振り返りそう言った。


「ぜ、絶対、み、見られたと思うのですが」


「見てない」


「見られました」


 見られたらしい。いやまぁ事実だけども。

 

「言っておくが、これは不可抗力だ。過失はカーテンを支えていたパイプにある」


「で、でも、随分長い時間見ていられたと思うのですが」


「……黙秘で」


 確かに、すぐ振り返ろうと思えば振り返れた。

 だが俺にはそれが出来なかったのだ。理由としては、俺も健全な男子高校生だった、としか言いようが無い。いやはやである。


「と、とりあえず着替えるので、絶対見ないで下さいね?」


「おう」と相槌を打つ。

 沈黙の中、桜木の着替えを待つがどうにも居心地が悪い。

 ルーズ&リープを使いたい所ではあるのだが……


――この能力、好き勝手使える訳では無い。


 能力の発動条件に、『後悔』の感情が必要なのだ。

 殴られた痛みへの後悔、テストで落第点を取ってしまった事への後悔、そういう後悔の感情があって、初めてリープする事が出来る。


 だから、今俺の能力を使うことは出来ない。


――桜木の下着姿を見て、後悔できる訳が無いのである、いやはや。


「……着替えました」


「それは振り返っても良いと言う合図であろうか」


「駄目です」


 駄目なのか。

 また少し沈黙、店員が戻ってくるのが遅ければ、この時間は永遠に続いただろう。


「あら、カーテンが。お客様、お怪我はございませんでしたか?」


「い、いえ。怪我は無かったのですが……」


 桜木の視線を感じる、いやはや。

 

「大変申し訳ございません、こちらの試着室をお使いくださいませ。四着ほど、お客様にお似合いな服をお持ちして参りましたので。こちらは少し人を選ぶデザインですが――」


――――


――

 

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