ヴァンパイア☆パニック!?ひとりはいる、ファンタジー担当です(4)
幽鬼のようなメイドさんたちが部屋に入って来て、影智くんと瑛くんを追いだした。
彼女たちにロープを解かれて、私は有無を言わさずに浴室に放り込まれ、爪先までぴかぴかに磨き抜かれ、香油を塗りこまれた。
そうして柔らかなタオルで全身を拭かれ、さらに髪に身体に使ったものとはまた別の香油を丹念に塗りこまれた。
ひんやりとする気持ちの良い化粧水をぺたぺたと肌にしみ込まされ、化粧を施された。
髪をハーフアップに結われ、白金のティアラを頭に載せられた。
溜め息がでるほど美しいマーメードドレスを着せられ、瑛くんの実家が経営しているらしい宝石店から奉納された真珠をふんだんにあしらったアクセサリーを身に付けさせられる。
「準備できました。まいりましょう。シャドウ様の花嫁様」
ああ、シャドウって、影智くんの本名か――。
有無を言わさぬメイドさんたちの支度に、ぐったりと疲れ、抵抗する気力もなくなった私は大人しく式場まで運ばれて行く。
このまま無理やり結婚させられるのかな。
そう考えると、化粧が崩れるのも構わず、ぽろぽろと涙を零す。
意に沿わぬ結婚させられるのは、二度目《、、、》だった。
あの時も、私は無理やり花嫁衣装を着せられ、強引にたった二人だけの式を挙げさせられた。
――でも、だれとだったかな。
「綺麗…先輩…」
「馬子にも衣装というやつですか」
気がつけば、式場。
やばい。私、どれだけ思考を飛ばしてたんだ。
唖然とする。しかし、涙が止まらない。
「泣かないで…先輩…」
影智くんが痛ましげな顔をして、そっと冷たい指先で私の涙を拭ってくれる。
でも、止まらない。なにより、この涙の原因は、あなたとの意に沿わぬ結婚だと声を大にして叫びたい。
ゴシック調のダークな式場に、多くの描写するのも恐ろしい魔物のみなさんに囲まれて、私は影智くんの隣に立っていた。
招待客に紛れている影智くんのお姉さまと思われる――よく似た12人の白金の髪をした美女たちが、私を憎々しげに睨んでくる。寿命が縮まりそう。いや、縮まってる。
影智くんを渋いダンディなおじさまにさせたような男性が、病的に白い肌を仄かに桃色に染めて喜んでいる姿が見える。間違いない、お父様ってやつですね。
どうみても影智くんのことを溺愛しているようにしか見えない。
私と結婚する必要あるのか?これ。彼にヘブンロード家とやらを継がせる気満々じゃないか。
「ほら…先輩…きれいで、醜い、堕天使が、ボクたちを祝福するために…降臨してくれたよ…?」
影智くんが顔を動かして、私の視線を誘導する。神の子を磔にした十字架だけがない教会を模した式場のステンドグラスから、眩いばかりの光が差し込み始めた。
光が当たった暗色のレッドカーペットの上に、薄汚れた灰色の羽が降り積もっていき、ヒトの形を成していく。
二人分のヒトの形を構成する。
「堕天使…と…ニンゲン…?」
周囲がざわつき始め、影智くんも戸惑いながら身体を前に屈めて臨戦態勢をとる。
鋭く尖った爪を伸ばして、白金の瞳に映る黒い瞳孔をさらに細めた。
「エイジ。先輩は俺が」
「うん…」
タキシードに身を包んだ瑛くんが私を庇うように背を向けて立った。
「―――迎えに来たよ、ひかりちゃん」
堕天使の隣に立った人間――藤冥加が、この場の緊張感に不釣り合いなほど落ち着いた声で言う。人好きのする笑みを浮かべて、ゆっくりとカーペットの上を一歩踏み出した。
私の前に立っていた瑛くんが振り向き、咄嗟に私の腕を掴んできた。深爪した腕が食い込むくらい強く握られて、思わず顔を歪めてしまう。
それを見て、冥加くんがむっとしたような雰囲気を漂わせた。
「どうして、ニンゲンが、堕天使と…?」
影智くんが当然の疑問を尋ねる。
「ぼくは交友関係が広いから」
答えになっていない答えを返し、冥加くんは微笑んだ。
そうして堕天使に目線を向けて、何かを合図するように頷いた。
退廃的で、壮絶な美貌を持った鬱金色の髪と赤い目をした堕天使が了解したように頷き返し、私の耳には聞き取れない言葉で呪文のようなものを唱え始めた。
堕天使を中心とするように灰色の波動が広がり、衝撃波が周りの魔物を吹っ飛ばした。
影智くんの家族である吸血鬼たちは衝撃波を耐えるも、その場に膝を着いて崩れ落ちてしまう。
「<聖なる裁き>ですか…っ!」
脂汗を滲ませて、私の腕を掴んでいた瑛くんもその場に崩れ落ちた。
床に這い蹲るような形で苦々しげに堕天使を見上げ、呟いた。
冥加くんと対峙していた影智くんも片膝をついたような形で、忌々しげに堕天使を見つめていた。
無事にこの式場で立っているのは呪文を唱えた堕天使自身と、藤くんと私だけ。
「ぼくはひかりちゃんが素敵な恋をするのを応援してる。
けど、ひかりちゃんがきちんと相手のことを好きになって、幸せになってくれなきゃだめだ」
堕天使が呪文を高音で歌いあげるように唱えている中を冥加くんは優雅に歩く。
「お前らは、ひかりちゃんに相応しくないよ。だから、ひかりちゃんは没収するね」
そのドレス似合ってるねだなんて私に甘く囁き、冥加くんにそっと手を取られる。
「……没収だなんて、私は物じゃないよ」
酷いことを言われたのに、私は弱々しくそう言うしかなかった。
冥加くんに取られた手を振り払うことも出来ず、かといって握り返すことも出来ず、されるがままに手を繋ぐ。
「ごめん。でも、ひかりちゃんがこいつら――特に天司影智のモノになって泣くのなら、ここにいるのは相応しくないから」
「意味わかんないよ」
「わからなくていいよ」
ぼくは誰の理解も必要としてないからねと冥加くんは遠くを見るように呟いた。
「さあ帰ろうか。―――堕天使」
冥加くんに促され、堕天使が歌いあげる内容を変えた。
灰色の羽が、降り積もり始めた。
わたしと、冥加くんの周りだけを囲むように、どんどん足元から羽に埋められていく。
ドレスに隠れていない露出した肌の部分に羽があたるとくすぐったい。
「先輩……ぼくの…花嫁…っ!」
「エイジの花嫁を返しやがれっ!」
「しつこいよ。お前たちは不適合。もうひかりちゃんは、攻略不可」
冥加くんがまるでゲームのようなセリフを惨めに這い蹲る影智くんと瑛くんに言い放った。
「そもそも、ひかりちゃんの名前を呼ばず、ただの都合の良い花嫁としてしか見てない時点で論外だよ」
その上泣かせるなんてねとひんやりするような声音で付け足した。
「冥加くん…?」
「うん?ああ、大丈夫だよ。安心してよ。ひかりちゃんは、この魔界での一件を全て忘れちゃうからね」
ひかりちゃんを煩わせたりはしないよと言って、わたしの頬に手をくすぐるようにすりつけてくる。
「そのルージュ、紅過ぎてちょっと似合ってない」
頬をくすぐっていた手を唇に持っていき、男の人らしい角ばった指先で少し乱暴に拭われた。
「うん、これでよし。さあ、目を閉じて、ひかりちゃん。この魔界は、ただの悪い夢の一つでしかない」
冥加くんの声に逆らえない。
瞼が抗えないほど重くなり、立ったまま私は自分の意識がどんどんなくなっていくのがわかった。
「もうひかりちゃんに相応しい男がだいぶ減ってしまった」
どこか焦れるような冥加くんの言葉を最後に、私の意識は完全に途切れた。




