ヴァンパイア☆パニック!?ひとりはいる、ファンタジー担当です(3)
連れて来られたのはベタにお城。黒を基調に統一された城内を、浮遊する蒼い火の玉が淡く照らしている。
影智くんはお父さんに挨拶してくるとのことで、彼の自室に私は瑛くんと残された。
逃げ出さないようにご丁寧に椅子にロープで縛り付けられている。
そこは影智くんの魅了を使わないのかと零せば、疲れるから出来るだけ使いたくないらしい。軟弱か。
「どうすれば解放してもらえるの?花嫁だなんて冗談だよね?」
きっちり結ばれたロープの強さに、溜め息が出そうになる。
制服の上から縛れているせいか、ブラウスと肌がこすれて痛い。
「冗談ではありませんよ。俺とエイジは、エイジの花嫁探しのために魔界から人間界へ――異国のハーフという名目で星華学園にこの春から在籍していましたから」
すぐに花嫁が見つかってよかったと、瑛くんは涼しい顔で告げる。
人魚の彼には、人間界の、特に日本の海は汚くて泳げたものではなかったらしい。
魔界の海と違って魔素もほとんどないので、吸血鬼の影智くんと違って、瑛くんは魔力を調達するのに一苦労だったらしい。
水が恋しくて人目を忍んで夜のプールに潜り込んでいたらしいが、塩素が肌に合わなかったなどと世間話をしてくる。
「塩素よりも、塩化ナトリウムが俺たち人魚には必要不可欠だということが証明されましたね」
鱗の光沢が違うんですよ、と瑛くんは頷く。
いや、そんなこと聞いてないけどね!
「エイジは…13番目にこの家に生まれたということで、非常に立場が危ういんです」
唐突に生い立ちを語り始めたー!
赤い月に照らされた真珠色の髪が、桃色に淡く発光して見える。
刈り上げをしているせいでいかつい容貌の瑛くんの横顔が、憂いに満ちている。
「エイジの上は全員姉ですが、エイジに比べると圧倒的に強い魔力を秘めた吸血鬼。
エイジがヘブンロード家の家督を継ぐためには、人間界より強い因果を持った乙女の血が必要だったんです。乙女を花嫁とし、破瓜の血を啜ることで、エイジには約束された未来が訪れる」
なんだかすっごく中二病的な展開が私に訪れようとしている。
というか、今聞き捨てならないワードが出てきたよ。
特に、破瓜って…!
「断固拒否します!好きでもない人のお嫁さんになんてなれるわけない!
私には、好きな人がいるの!学園に返して!そして、別の花嫁を見つけなさい」
冥加くん。
彼は、私がいなくなって、少しでも心配してくれているだろうか。
「無理ですね。エイジが適当に選んだとはいえ、あなたは存外条件に当てはまった血を持っている乙女だ」
瑛くんが興味深げににやりと笑う。
窓辺に寄りかかって月を見ていたのに、椅子に縛り付けられた私のそばに寄って来た。
屈んで、私のブラウスのボタンが上から三つ外される。
鎖骨が見えるくらいまで肌蹴られる。思いがけず外気に晒され、私はふるりと震えた。
「――俺にも、味見させてもらいますね」
「瑛くんって、人魚なんじゃ…っ痛いっ!」
鎖骨の少し上を齧り付かれた。
牙が肌を裂く感覚がして、痛みに声をあげた。
牙を突き立てられた場所からどくどくと脈打つように血を奪われる。
全身から力が抜けていく感覚が、乗り物に酔ったみたいに気持ち悪い。
気持ち悪いのに、相反するように少しずつ気持ち良く感じ始めて、私は―――…。
「絡み合うような複雑な味わい。合格ですね」
吸血される感覚に意識が囚われる直前で、瑛くんが私の肌から牙を抜いて離れた。
口元についた血を行儀悪く制服の袖で拭いとって、にやりと犬歯を見せて笑う。
「人魚も、血を吸うの…?」
血を吸われてぐったりしながらも尋ねる。
「人魚が血を吸わないだなんて、誰が決めたですか―――?と言いたいところですが、俺はエイジの眷属ですよ?吸血鬼の特性を引き継いだ人魚とでもいうべきですかね。血も吸えます。海藻や海に満ちた魔素と違って、あんまり美味しさは感じられませんけどね」
「そうなんだ…」
「はい。さあ、先輩。花嫁衣装の準備をしましょうか。エイジが帰って来て、祭司を務めてくださる堕天使が降臨されたら、結婚が始まりますからね」
「だからそれは断るって言ってるの!」
話を聞いて貰えない。いつまでも平行線。
こんな狂った後輩たちに付き合えない。
隙を見て逃げ出したいけど…。私は辺りを見回す。
ご丁寧に影智くんの自室は城の最上階にあって、窓から飛び降りて逃げるなんて不可能。
大体外に逃げ出したところで、魔界。ここに来る際に、影智くんの背中に背負われて、空を飛んで城まで来たっていうのに、帰り道なんて分かるはずもない。
赤い月に向かって帰れば人間界に繋がるというのは、彼らの話から分かってるけど。
「エイジの花嫁になった方が、先輩は幸せになれる感じがしますけどね?真面目に」
血を吸った相手のことは大体分かっちゃうんですよねと、瑛が私の思考を見透かしたように言う。
「先輩の想い人に、見向きもされてないじゃないですか。
あまつさえ、他の男を紹介されるてるとか、どれだけ可哀想なんですか?
それに、このままじゃ、先輩は―――」
「――――テル」
「…!エイジ」
だからこの2人は音もなくそばに来過ぎ。
瑛くんの言葉を遮るように影智くんが名前を呼んだ。
瑛くんははっと我に返ったかのように驚き、そうしてやれやれと肩を竦めた。
「すいません」
私と影智くんの両方を見て、謝罪する。
「…ん。おしゃべりな…人魚は…また…声を…奪われちゃうよ…」
影智くんは鷹揚に頷いた。
吸血鬼らしくタキシードに身を包んだ影智くんが、黒いマントをなびかせながら部屋に入って来る。
瑛くんは私から一歩身を引いて離れて、従者の礼をとって影智くんを迎える。
「迎えに…来たよ…先輩。ううん…ボクの…花嫁」
「だから、私は、影智くんの花嫁なんかになるつもりはありません」
「怯えてる…ボクが怖い…?でも、平気。ボクの花嫁になれば…恐怖も…忘れる」
私の髪を一房とって、口づける影智くん。
駄目だ、やっぱり話が通じない。




