ふたりで見る、花火(4)
火神君はバカだけど、素直なバカだった。
つまり何が言いたいかというと、私が説明する内容を理解しようと頑張ってくれるし、集中して問題を解いてくれる。けど、記憶力が悪過ぎて、次に火神君の家に来た時には、前回教えた内容を綺麗サッパリ忘れているのだ。
「それでよくうちの学校に入れたね。星華学園って超進学校なのに」
龍の透かし彫りされた長方形の机の上で、火神くんに先週だした宿題の丸つけをしていく。圧倒的×の多さに、最早苦笑。火神君が同級生という事実が、奇跡としか思えない。
「入試直前の3日間家庭教師に完徹でみっちり詰め込まれたンだよ。あれはマジ死ぬかと思ったぜ」
数学のプリントに手をつけていた火神くんが、ふっと遠い目をする。
その時のことを思い出しているのか、徐々に瞳から生気が消えていった。
「え、本気でそれだけで星華に入れたの?火神君こんなにバカなのに?」
「おいコラッ!テメェなッ!」
「ほら、正直に言っていいんだよ?これ…使ったでしょ?」
にぃっと笑って、親指と人差し指でわっかを作る。
「ぐ…ッ。ひ、否定出来ねぇ。オレじゃなくて、親が…いや、実家が…ッ!!」
わー。ノってくれたー。
頭を抱えて呻きだす火神くんを見ながら、私はぱちぱち手を叩く。
「上地、これはノリじゃねぇ。ガチだ」
眼力強い目が、キリッと私を見た。
「ま、まじか」
「マジだぜ」
「「…………」」
火神くんのお家は、危ない家業をしているらしい。
といってもそれは、火神くんの父方の実家で、お母さんと駆け落ちするように結婚したせいで、家族の縁は切れているらしい。
でも、この手元の透かし彫りの机もそうだけど、火神くんのお家にある家具からも感じる高級な和風感。敷居の高さ。一度、昼出勤の火神くんのお父さんとすれ違って挨拶したけど、あの眼光の鋭さは一般人には出せないよ。
「大丈夫。火神くんが裏口入学でも、私、友達だよ?」
にっこりと聖母の微笑みを浮かべた。
「ヤメロ。シャレになってねぇーから」
自分の肩を抱きしめるようにしてぶるぶる震えるフリをする火神くん。
―――そう、悔しいけれど、冥加くんの思惑通り、私は火神くんと仲良くなってしまいました。
大丈夫。LOVEじゃなくて、LIKEのほうです。LOVEじゃなくて、LIKE。
大事なことだから、二回言わせてもらいます。
「お、そうだ」
「ん?」
「来週のカテキョはいらねぇから」
「はーい」
「んで、オレと夏祭りに行くぞ」
「はー…はい?」
「冥加も誘ってやっといたぞ?」
「え、は、ホント?!」
「ガチ。ほら、証拠」
火神くんがドヤ顔でスマホの画面を見せてくれる。
LIVEで夏祭りに冥加くんを誘って、『いいよー(踊り狂ってるスタンプ)』と返事がきている。
「冥加のヤロウのどこがいいのか、オレには謎だぜ。アイツ、イイヤツだけど、上地には合ってなくね?」
「………っ、いきなりグッサグッサ人の心の柔らかい部分を突き刺してくるね」
「あー…悪ィ。けど、オレなりに真面目に言ってんだよ。上地にはこうやってわざわざ勉強教えて貰ってるわけだしよ、………それになんかほっとけねえし」
火神くんは案外面倒見の良い男子というか、お節介な性格らしい。
最後の方は小さなはっきりとしない声で呟いていたが、それでも心配そうに私を見ていた。
冥加くんの友達から囲う――というか外堀を埋めるのは、失敗だったらしい。
まさか、私には冥加くんはおすすめできないだなんて容赦ない言葉が下されるなんて思ってもみなかった。
それが火神くんの善意から出た言葉だとしても、自分でも分かっていることだとしても、やっぱり人から改めて言われるとこたえる。
「心配してくれてるの?ありがと」
精一杯強がってみせよう。
「でも、まだ頑張るから」
「なんで」
「今年いっぱいは頑張るって決めたから。たとえ、これが不毛な恋でも、私は冥加くんを攻略してみせるって決めてるからねー」
「……そうかよ。んじゃ、オレもオレなりにテメェを応援してやんよ」
「おお…!?」
「手始めに、夏祭りには浴衣で来い!なんか上品でエロそうなやつ!」
何故か立ちあがった火神くんに、ビシっと効果音がつきそうなほど伸ばした人差し指で指差される。
上品でエロそうな浴衣?うん、分からん。とりあえずピンクとか赤のような派手な浴衣ではなさそうだな。確かお母さんの紺色に白い金魚が刺繍された浴衣があったはず。
「最近マシになってきたとはいえ、上地芋っぽいからな」
「い、芋ぉ?!」
浴衣を収納している場所について思いを馳せていると、火神くんにしみじみと芋っぽいとバカにされた。なんでだ。ブルータス、お前もか。