第85話 二つの火入れを残す二節葱と、一つの答えにまとめたがる調停役
レグナ・オルトは四十二歳になる人間の女性であり、レーヴェン中央市場に置かれている《小商組合》で、露店や商店同士の揉め事をまとめる調停役を務めていた。赤みの薄い焦げ茶色の髪は肩に触れない長さへ揃え、仕事中には耳へ掛けた髪が落ちてこないよう、後ろを細い革紐でまとめている。華やかな服装を好む方ではなく、丈夫な灰色の上着と濃紺の長衣を着ることが多く、腰には組合員であることを示す木札と、小さな記録帳を下げていた。
中央市場には、屋根のある常設商店だけでも百を超える店があり、その外側へ曜日ごとに村からやって来る露店や荷車商まで含めれば、一日の中で二百以上の商いが動いている。野菜や果実、肉、魚、香辛料、油、酒、布、革、陶器、金物、薬草、乾物、菓子など、売られている品は幅広く、朝のうちにほとんどの商品が売れてしまう店もあれば、夕刻から客が増える店もあった。
多くの商人が同じ場所で商売をしていれば、小さな揉め事はいくらでも起こる。
荷箱が隣の店の前へはみ出した。
共同通路を荷車が長く塞いだ。
日除け布から落ちた雨水が隣の荷台へ流れた。
井戸から汲む水の量が多すぎる。
店先へ出した看板で、反対側の商店が見えにくくなった。
香辛料の匂いが茶葉店へ流れた。
早朝の荷下ろしの声が近隣の宿屋から苦情を受けた。
どれも大きな犯罪ではなく、役所や裁判所へ持ち込むほどでもない。しかし市場では翌日も、その翌日も顔を合わせて商売を続けなければならないため、小さな不満を放置すれば、いつの間にか店同士の関係そのものが悪くなっていく。
そこで《小商組合》の調停役が双方の話を聞き、組合規則や市場の事情へ照らし合わせながら、現実に続けられる約束を作る。
レグナは、その役目を十年以上続けていた。
怒鳴っている商人の前でも声を荒らげず、一方が話している途中でもう一方が口を挟めば、
「順番に聞きますから、少し待ってください」
と静かに止める。感情と事実を混ぜないよう、それぞれが何に困っているのかを書き出し、組合規則へ明確な決まりがあれば先に確認する。大きな店だから、古くからある店だからという理由だけで有利にせず、逆に小さな露店だからといって必要以上に庇うこともしなかった。
市場の商人から、
「レグナへ話を持っていけば、最後には何かしら決まる」
と言われており、本人もその評価を誇りに感じていた。
ただし、十年以上の経験によって身についた考え方の中には、いつの間にか行き過ぎてしまったものもあった。
レグナは、二つの意見が出たなら、最後には必ず一つの答えへまとめなければならないと考えていたのである。
片方が朝六時を希望し、もう片方が八時を希望するなら、その間の七時。
一方が共用場所を三歩分使いたいと言い、もう一方が一歩までしか譲れないと言うなら、二歩。
一方が全面禁止、もう一方が自由利用を望むなら、時間や日数で半分ずつに分ける。
両方が同じだけ譲れば公平であり、一つの規則へまとめれば今後の揉め事も減る。レグナは長い間、それこそ調停の基本だと信じていた。
実際、それでうまく解決する案件は多かった。
しかし全ての違いが、真ん中へ寄せれば良いわけではない。
目的そのものが違う場合もある。
必要とする時間帯がそもそも重なっていない場合もある。
一つの場所に見えても、使いたい部分が別なら同時に成立することもある。
そういう時でさえ、レグナは双方を同じ条件へ揃えようとした。
違う意見が違ったまま残っていると、まだ仕事が終わっていないように感じてしまうからだった。
◇
レグナが「最後は一つへまとめる」ことに強く安心するようになった背景には、幼い頃の家庭環境があった。
父は革製品を扱う商人で、母は染め布を作る職人だった。二人とも働き者で家族思いだったが、それぞれ自分の考えをはっきり持つ性格で、何かを決める時にはよく意見が割れた。
家の屋根を修理する時、父は、
「どうせ職人を呼ぶなら、来年悪くなりそうな部分まで一度に直した方が安い」
と言う。
母は、
「今必要なのは雨漏りしてる北側だけ。余裕がない時に全部やる必要はない」
と返す。
休日になれば、父は家で道具を手入れしたがり、母は子どもを連れて街外れへ出かけたがる。
兄の進路でも揉めた。
父は革商へ入ってほしい。
母は本人が好きな木工へ行かせたい。
どちらも相手を嫌っていたわけではない。怒鳴り合いになることも少なかったが、意見が割れた日の家には独特の重い空気が残った。
幼いレグナは、それが苦手だった。
十歳頃には、自分から両親の間へ入るようになった。
「屋根は今年北側だけ直して、残りは春にもう一回見てもらえばいいんじゃない?」
「午前は家にいて、午後から出かけようよ」
「兄さんは午前だけ父さんの店を手伝って、午後は木工の工房へ行けば?」
子どもの提案としては随分早熟だったが、父と母はそれを聞くと、
「まあ、それでいいか」
「そうしようか」
と、話を終えることが多かった。
重かった家の空気が戻る。
レグナは安心した。
違うものを一つへまとめれば、揉め事は終わる。
どちらか一方を勝たせるのではなく、両方から少しずつ取れば、誰も大きく傷つかない。
その経験が、性格へ深く残った。
十五歳にもなる頃には、弟や近所の子どもの喧嘩だけでなく、大人同士の小さな問題へまで口を出すようになった。共同井戸を使う時間で近所の家が揉めた時には、
「朝はこっちの家、夕方はそっちの家にしたら」
と提案し、実際それで収まったこともある。
十九歳で中央市場の記録係になった後、その性格は仕事の長所として評価された。
帳面の整理が早い。
双方の話を公平に聞く。
大人の怒声に動じない。
そして、最後には必ず何らかの妥協案を作る。
二十代後半で調停補佐へ移った時、当時の主任から言われた。
「お前は、人の間へ線を引くのが上手いな」
レグナは、その言葉を嬉しく受け取った。
やがて主任が引退し、自分が調停役になった。
露店の位置。
共同倉庫。
荷車の出入り。
井戸。
日除け。
夜番。
ごみ置き場。
看板。
呼び込み。
ありとあらゆる違いを一つずつまとめていった。
最初は、「必要な時に双方の間へ線を引く」ことだったはずなのに、いつの間にか「皆を同じ線の上へ乗せる」ことの方が大事になっていた。
◇
その考え方に大きな歪みがあると表面化したのは、中央市場北通路で隣り合って商売をしている二軒から相談を受けた時だった。
一軒は《朝露青果店》。
三十六歳の男性ブラムが営む青果店で、近郊農家から毎朝届く葉物野菜、根菜、果実を扱っている。店へ荷が届く時間は非常に早く、夜明け少し後から七時前後までが一日の中で最も忙しい。
隣は《白布乾物店》。
五十一歳の女性サーラが営み、干し茸、乾燥豆、香辛料、干し魚など、水気と強い日差しを嫌う商品を中心に扱っている。客が増えるのは昼前からだが、店先へ張る大型の布屋根は、日差しと雨から商品を守るために欠かせなかった。
二軒の間には、荷車が一台通れる程度の共用通路がある。
ブラムは朝の荷下ろしのため、その通路を開けておきたい。
サーラは布屋根を安定させるため、通路側へ太い支柱を一本出したい。
支柱が立てば、大型荷車は裏口まで入れない。
しかし支柱を店側へ寄せれば、布屋根が狭くなり、昼の陽光や横殴りの雨を十分防げない。
最初の調停で、レグナは双方へ細かく話を聞いた。
「荷車が来るのは、何時から何時まで?」
ブラムは答えた。
「多いのは五時半から六時半。普通なら七時くらいで終わるけど、遠い村から来る荷は七時過ぎることもある」
「毎日?」
「遅いのは週に一、二台」
次にサーラへ聞く。
「屋根は何時から必要?」
「晴れてれば八時過ぎでもいい。でも雨の日は開店準備から張りたい」
「支柱を毎日つけ外しするのは?」
「あれ、重いんだよ。一人でやると時間かかる」
「小さい屋根に戻すのは?」
「去年やった。昼前に棚の端まで陽が入って、干し魚の色が変わった」
レグナは記録した。
青果店は朝七時頃まで通路を使いたい。
乾物店は朝から支柱を置きたい日がある。
双方の間を取るならどうするか。
最初に出した答えは、
「朝六時半までは支柱を外し、六時半から設置する」
だった。
ブラムがすぐ困った顔をした。
「六時半じゃ、まだ荷車来るよ」
「最も多い時間は過ぎていますよね」
「そうだけど、そこから二、三台来る日もある」
サーラも不満そうだった。
「私は毎朝六時半に重い支柱を出すの?」
「青果店に設置を手伝ってもらう形なら」
「その時間、向こうだって荷を片づけてるでしょう」
レグナはさらに考えた。
「では七時まで通路を空ける。その代わり、雨の日は青果店が支柱設置を手伝う」
どちらも完全には納得していなかったが、
「一月試してみる」
という条件で受け入れた。
ところが始めてみると、不都合がすぐ出た。
晴れの日は六時半で荷下ろしが全て終わっていても、サーラは決まりだから七時まで支柱を出さずに待つ。
逆に七時五分へ遅い荷車が来る日もある。
その時にはサーラが支柱を立て始めており、ブラムが、
「今日だけ待ってくれ」
と頼む。
「毎回そう言われたら、七時って決めた意味がないでしょう」
サーラが言い返す。
雨の日にはさらに悪かった。
青果店は荷下ろしの途中で乾物店の屋根設置を手伝わなければならず、野菜箱の整理が遅れる。乾物店側も、ブラムたちが忙しそうだと頼みにくい。
結局、双方の負担を同じにしようとした結果、どちらにも不要な不便を増やしていた。
レグナはその問題へ対して、
「では六時四十五分なら」
「七時十五分なら」
「晴天日と雨天日で時間だけ二種類にするか」
と、まだ一つの時刻へまとめる方向で考え続けた。
その様子を見ていた市場の古参商人が、ある日言った。
「レグナ、お前、何でそんなに一個の時刻へ決めたいんだ?」
「決めないと毎日揉めるでしょう」
「荷車が必要なの朝だけで、屋根が必要なの昼からなんだろ」
「一部重なります」
「じゃあ重なる時だけ決めりゃいいじゃないか」
レグナには、その言い方が無責任に聞こえた。
「その場その場で決めたら、人によって対応が変わります」
「状況が違うんだから、対応が変わってもいいんじゃないか?」
その時のレグナには、納得できなかった。
◇
似た失敗は別の場所でも起きた。
市場東端の共同水場を、肉店三軒と花店二軒が使っていた。
肉店側は閉店前、床や台を洗うため大量の水が必要になる。
花店側は昼過ぎ、切り花の水を替えるため浅い桶へ水を汲む。
時間が重なるのは午後三時頃だった。
肉店は、
「三時から三時半だけ、大桶二つを優先して使わせてほしい」
と希望した。
花店は、
「その時間に花の水を替えたいから困る」
と答えた。
レグナは中間を取った。
「三時から三時十五分は肉店、三時十五分から三時半は花店」
双方から不満が出る。
「十五分じゃ床全部洗えない」
「花を十五分待たせる理由がない」
次に一日交代を提案した。
月水金は肉店優先。
火木土は花店優先。
すると花屋の女性から、
「曜日で花が乾くわけじゃないよ」
と言われ、肉屋からも、
「火曜だから肉台が汚れないわけじゃない」
と返された。
最終的に、若い組合員が現場を見て提案した。
「肉屋が使いたいのは深い洗浄桶で、花屋は浅い桶ですよね。横に浅桶を二つ追加して、同時に水を汲めるようにしたら駄目ですか?」
レグナは最初、
「共同水場の使い方を別々にすると管理が複雑になる」
と難色を示した。
しかし試しに桶を分けてみると、ほとんど問題が起きなくなった。
水そのものが少ない日だけ順番を決めればよく、普段は肉店と花店が同時に作業できる。
結果を見ても、レグナはしばらく落ち着かなかった。
全員が一つの共通手順で動いていない。
それなのに、揉め事は減っている。
自分が長年正しいと思ってきた形とは違っていた。
◇
市場の外でも、同じ癖は出ていた。
レグナにはハイルという四十四歳の夫がおり、結婚して十八年になる。ハイルは南区にある貸倉庫の管理人として働いており、穏やかな性格ではあるが、休みの日の過ごし方については妻とかなり好みが違った。
ハイルは家にいるのが好きだった。
本を読む。
壊れた小物を直す。
昼過ぎまでゆっくり茶を飲む。
それだけで休んだ気分になる。
一方、レグナはせっかく仕事が休みなら外へ出たかった。普段行けない別区画の市場、街外れの農園、市壁近くの散歩道、新しくできた店などを見に行きたい。
結婚当初から好みは違っていたため、レグナは中間案を作った。
「午前は外へ出て、午後は家で休もう」
最初の頃は、それで二人とも満足していた。
しかし十八年近く続けるうちに、少しずつ形だけが残った。
ハイルが本当に一日中家へいたい日でも、午前は妻に付き合って出かける。
レグナが朝から夕方まで遠出したい日でも、昼過ぎには帰宅する。
ある休日、ハイルがとうとう言った。
「今度の休み、別々に過ごしてみないか?」
レグナは驚いた。
「どういう意味?」
「俺は午前から本を読みたい。君は北門の外の季節市へ行きたいって言ってただろ。昼か夕方に戻って、一緒に食べればいい」
「休日なのに別々?」
「全部一緒じゃなくてもいいだろ」
「せっかく休みが重なってるのに」
「だから食事は一緒にしようって言ってる」
「それじゃ夫婦で休みを取る意味がないでしょう」
ハイルは少し黙った。
「俺たち、毎回半分ずつ我慢して同じことする必要あるのかな」
「我慢してたの?」
「嫌だったわけじゃない。でも、本当に今日は家にいたいって日もある」
「なら言えばいいでしょう」
「言うと、君は『じゃあ午前だけ家、午後だけ外にしよう』ってまとめる」
レグナは反論できなかった。
実際そうする。
その日も結局、午前だけ外へ出て、午後は家で過ごした。
ハイルはそれ以上不満を言わなかったが、レグナには、自分が一つの答えを作ったはずなのに、なぜ以前のように安心できないのか分からなかった。
◇
そんな頃、中央市場へ南西の湿地帯から《二節葱》という珍しい野菜が入ってきた。
一本が大人の腕ほどある太い葱の仲間で、下半分は白く丸みがあり、上半分は濃い青緑色の葉が幾重にも重なっている。
農家の女性によれば、白い根元は水分が多く、長く加熱すると非常に甘くなる。一方で青い葉は香りが強く、短時間の加熱なら食感も残るが、長く煮すぎると香りが抜けて苦味が前へ出やすい。
「白いところはじっくり焼くか煮る。青い方は最後にさっと火を通すとうまいよ」
農家の女性が説明した。
レグナが尋ねる。
「全部一緒に料理できない?」
「できるけど、どっちかに合わせると、片方がもったいないね」
「同じ一本なのに?」
「同じ一本だからって、全部同じ硬さじゃないよ」
市場の取引確認を手伝った礼として、農家から一本もらった。
その夜、自宅で料理する。
農家からは分けろと言われた。
しかし同じ一本の野菜なのだから、一つの料理として同じ調理をしたい。
焼くか。
煮るか。
長く焼けば青葉が傷む。
短くすれば白い根元へ火が通りにくい。
なら、中間くらいにすればいい。
レグナは白い根元も青い葉も同じ長さへ切り、肉と根玉葱と一緒に浅い鍋で煮焼きにした。
葉が柔らかくなりすぎないよう途中で火を弱める。
白い部分は中心まで柔らかくしたい。
両方を考え、どちらにも極端にならないところで止めた。
食べてみる。
青い葉は色がくすみ、香りがかなり抜けている。
白い根元は、噛めないほどではないが中心へ少し硬さが残った。
不味くはない。
ただ、どちらも農家が説明していた良さは出ていない。
翌日、その話を農家へすると笑われた。
「だから分けて火を入れなって言ったのに」
「最後に一緒へできる?」
「もちろん。白い方だけ焼いて、最後に青い葉を添えたって一皿だよ」
「途中が別なら、別料理じゃない?」
「何で?」
逆に聞かれた。
レグナには、うまく答えられなかった。
その日の午後、北通路の問題が再び組合事務所へ持ち込まれた。
ブラムが言う。
「今日、七時前に荷車来たのに、サーラさん支柱出し始めたんだ」
サーラも引かなかった。
「六時五十分だったよ。雨が強くなってきて、商品出せなかったんだから仕方ないでしょう」
「十分待てば済んだだろ」
「その十分で雨が吹き込んだら、乾物は戻らないんだよ」
レグナは反射的に、
「では雨天時は六時五十分、晴天時は七時十分へ――」
と言いかけた。
そこで昨夜の二節葱が頭へ浮かんだ。
白い部分と青い部分の中間を取ろうとして、どちらも半端になった料理。
「今日は一度、持ち帰らせてください」
自分でも意外な言葉が出た。
ブラムが驚く。
「今日、決めないの?」
「もう一度現場を見たいんです」
サーラも不思議そうだった。
レグナ自身が一番落ち着かなかった。
相談を受けたのに、その日のうちに一つの答えを出さない。
仕事を途中へ残したように感じる。
その日の勤務後、まだ残っていた二節葱を手にし、《持ち込み食堂》へ向かった。
◇
悠斗は二節葱を見ると、まず白い根元を押し、次に青い葉を指で折り曲げて硬さを比べた。
「本当にかなり違いますね」
「農家から、白いところは長く火を入れて、青いところは短くって言われた」
「その方が良さそうです」
レグナはすぐ尋ねる。
「でも一つの料理にできる?」
「できますよ」
「火入れが違うのに?」
「途中を分ければいいので」
悠斗は白い部分を厚めの輪切りへし、青い葉は斜めに細く切った。
まず鉄板へ白い根元だけを並べる。
弱めの火で焼く。
片面へ焦げ目がついても、まだ裏返して終わりにはしない。
「随分長いね」
「厚いので、中まで火が入るのに時間かかりそうです」
少量の水を加えて蓋をし、蒸し焼きにする。
その間、別の鍋で白い鳥肉と根玉葱を薄い出汁で煮始めた。
「青い方は?」
「最後です」
「白いところと同時に入れない?」
「葉はすぐ火が入りそうなので、今入れたら長すぎると思います」
レグナは妙な質問だと分かりながら聞いた。
「同じ葱なのに扱いが違うの、不公平じゃない?」
悠斗が少し手を止めた。
「食材に公平って考えたこと、あまりないです」
ミレイアが横から笑う。
「白い方だけ長く焼いてもらって得してる感じです?」
「そういう意味じゃないんだけど」
自分でも説明しにくい。
「同じものなら、同じようにした方がまとまる気がする」
「同じ一本ではあるけど、今の状態は違いますよね」
悠斗が白い根元へ竹串を刺す。
「まだ少し硬いです」
さらに蒸す。
ようやく中心まで火が通ると、それを白肉の入った鍋へ移し、短時間だけ出汁を吸わせた。
最後の最後で、青い葉を加える。
葉は熱に触れるとすぐ鮮やかな色へ変わり、強い香りが立った。
ほんの短時間で火を止める。
「もう終わり?」
「味見してみます」
一片を食べる。
「大丈夫です。これ以上やると香りが落ちそうです」
皿の中央には、じっくり火を入れて柔らかくなった白い二節葱が置かれ、その周囲へ白肉と根玉葱が添えられた。上からは、短く火を入れた青い葉がたっぷり重ねられている。
《二節葱と白肉の香味重ね》。
見た目には一つの料理だった。
レグナは最初に白い根元だけを食べた。
昨日、自分で作った時とは全く違う。
表面の焦げは香ばしく、中は驚くほど柔らかく、葱とは思えないほど強い甘味がある。
次に青い葉。
こちらは軽い歯触りを残し、青々しい香りと少しの辛味がある。
「同じ一本なのに、全然違う」
「だから別の火入れが合うんでしょうね」
悠斗が答える。
今度は二つを一緒に食べる。
白い部分の甘味に、青い葉の香りが重なる。
片方だけより味が広がる。
「一緒に食べると合う」
「途中の作り方が違っても、最後に合えば問題ないですよね」
「でも、一つの方法にはなってない」
悠斗が首を傾げる。
「一つの方法にする必要あります?」
簡単な問いだった。
しかしレグナには、思った以上に答えにくかった。
◇
「市場で、調停の仕事をしてる」
レグナは自分から話し始めた。
普段なら食事の席へ仕事の悩みを持ち込むことは少ない。それでも二節葱を前にしていると、北通路の件を誰かへ話したくなった。
青果店は、朝だけ大型荷車を裏口まで通したい。
乾物店は、雨や日差しから商品を守るため支柱を置きたい。
レグナは七時を境にして、一つの時刻へまとめた。
ところが荷車が早く終わる日も、遅れる日もあり、天気によって屋根が必要になる時間も変わるため、固定した時刻が現場へ合わなかった。
「じゃあ、青果店が本当に通路を使いたい時間って何時なんです?」
ミレイアが聞く。
「荷車が来ている間」
「乾物店は?」
「雨が吹き込む前か、日が強くなる前」
「それ、毎日同じ時刻じゃないですよね」
「だから今、時刻を決め直そうとしてる」
「一つに?」
「そうしないと、毎朝相談になるでしょう」
悠斗が聞いた。
「二つの店が、毎朝必ず同時に通路を使うんですか?」
「必ずじゃない。早く荷下ろしが終わる日もあるし、晴れてれば乾物店は屋根を急がない」
「なら、同時に必要になった時の扱いだけ決めるのは?」
古参商人にも言われたことだった。
「その場その場で変わると、力の強い店が押し切る可能性がある」
「それは困りますね」
悠斗は否定しない。
「だから、判断の条件だけ先に決めるとか」
「条件?」
「荷車が実際に来ている間は通路を優先する。荷車がなければ屋根を出していい。遅い荷車は別の場所で下ろすとか、支柱を一時的に外す条件を決めるとか」
レグナは少し考えた。
「そうすると、店ごとにやることが違う」
「目的が違うんだから、違ってもいいのでは?」
「同じ市場の共同通路なのに?」
「同じ場所を使うから、ぶつかるところは同じ約束が必要だと思います。でも、そこから先まで同じにする必要はないかもしれません」
悠斗は料理へ目を向けた。
「この二節葱も、白いところと青いところが一緒に皿へ乗ってます。でも、同じ時間火に入れたら両方良くならなかった」
「片方を優遇してるわけじゃない」
「それぞれ必要な扱いをしただけですね」
レグナは少し黙った。
「公平って、同じにすることじゃないのかな」
ミレイアが答える。
「同じにした方が公平な時もあると思います。でも、違う事情を全部無視して同じにするのも変な時ありますよね」
その言葉は、前に役所関係の客が話していたことを知っているわけではなく、単純に目の前の料理から出た感想だった。
レグナは、一つの答えへまとめることそのものが公平なのではなく、必要な部分へ公平な線を引くことが重要なのかもしれないと思い始めた。
◇
ミレイアがさらに尋ねた。
「レグナさんは、どうして意見が違ったままなのがそんなに嫌なんです?」
「嫌というか……終わってない気がする」
「終わってない?」
「二人が違うことを言ってるなら、また揉めるでしょう。だから一つの約束へする」
「違ってても揉めないこと、ないですか?」
そこで夫ハイルとの休日が浮かんだ。
「夫と、休みの日の好みが違う」
レグナは話した。
自分は外出したい。
夫は家にいたい。
長い間、午前は外、午後は家という中間で過ごしてきた。
最近、夫から別々に過ごしてもいいのではないかと言われた。
「レグナさん、一人で出かけるの嫌いなんです?」
ミレイアが聞く。
「むしろ平気」
「旦那さん、一人で家にいるの嫌?」
「好きだと思う」
「なら二人とも、自分のやりたいことはできますね」
「でも夫婦で同じ休日なのに、別々って変じゃない?」
「全部一緒じゃなきゃ夫婦じゃないって決まりあるんです?」
レグナは口を開きかけた。
しかし言葉が出なかった。
「子どもの頃、父と母がよく意見をぶつけてた」
少しずつ話し始める。
家の空気が重くなるのが嫌だった。
自分が間へ入り、中間案を出す。
二人が、
「それでいい」
と答える。
そこで初めて安心できた。
「だから、違ったままだと、そのうちまた揉める気がするんだと思う」
「昔は、本当に揉めてたんですね」
悠斗が言う。
「うん」
「でも今の市場の人や旦那さんは、違うことを選んだら毎回喧嘩になります?」
「ならない時もある」
「なら、違うことと喧嘩することは別なのかもしれません」
言われれば当然だった。
意見が違う。
それ自体は状態である。
その違いが同じ場所で直接ぶつかり、相手の邪魔をした時に初めて問題になる。
「調停って、一つの意見を作ることじゃないのかな」
レグナが言った。
悠斗は少し考える。
「違う意見のままでも困らない形を作るのも、調停なんじゃないですか?」
市場の仕事を知らない料理人からの言葉だった。
だからこそ、レグナもそのまま正解として受け取らず、自分の仕事へ持ち帰って考えることができた。
◇
翌朝、レグナは北通路へ早くから出向いた。
今回は紙の上で時刻を決める前に、一日の使われ方そのものを見る。
五時三十分。
一台目の農家荷車が入る。
五時四十分。
二台目。
六時五分。
三台目。
六時二十五分。
四台目が出る。
そこからしばらく荷車は来ない。
七時七分。
遠い村から一台だけ遅れて到着した。
その間、乾物店のサーラは六時過ぎから店を開ける準備をしている。しかし晴れていたため、大きな布屋根はまだ張らない。
「今日は何時頃に屋根を出したい?」
レグナが聞く。
「八時半でもいいよ。陽が店へ当たるの九時くらいだから」
「雨なら?」
「六時台から張りたい」
「遅い荷車と重なったら?」
「それが今揉めてるところでしょう」
レグナは通路を改めて測った。
支柱が現在の位置へ立っていれば大型荷車は通れない。
しかし小型の手押し車なら通れる。
支柱も完全固定ではなく、留め具を外せば二人で短時間のうちに動かせる。
ブラムへ尋ねる。
「七時過ぎの荷車はどれくらい?」
「本当に週一、二台くらい」
「表側で荷下ろしできない?」
「三、四箱ならできる。でも十箱以上あると通行の邪魔になる」
「量は前の日に分かる?」
「遠い村は前日に伝えてくることが多い」
事情を一つずつ分ける。
すると、今まで一つの時刻へ押し込もうとしていた問題が、いくつかの異なる場面からできていると分かった。
その日の昼、ブラムとサーラを組合事務所へ呼ぶ。
「毎日、同じ時刻で支柱を出す方式はやめたい」
二人が意外そうに顔を上げた。
レグナは紙へ新しい案を書いていく。
「朝五時半から七時までは、荷下ろしを優先して通路へ固定物を置かない。ただし荷下ろしが早く完全に終わり、青果店が『今日はもう大型荷車が来ない』と確認できたなら、七時前でも支柱を出していい」
サーラが少し頷く。
「七時以降は?」
「乾物店が支柱を設置していい。七時以降に大型荷車が来ると前日までに分かっている場合は、青果店が前日中に伝える。その荷車の予定時刻だけ、支柱を少し遅らせる」
ブラムが聞く。
「急に遅い荷車が来たら?」
「荷が少なければ表から手押し車で運ぶ。多くて表側で下ろすと危険な場合だけ、青果店側から人を出して、乾物店と一緒に支柱を外す」
サーラが続ける。
「雨の日は?」
「強い雨で商品保護が必要な日は、六時半以降なら乾物店が屋根を優先していい。ただし前日連絡済みの大型荷車がある場合は、その時間だけ共同で支柱を動かす」
二人とも紙を読む。
以前の規則より長い。
同じ一行では終わらない。
サーラが言う。
「日によって変わるね」
「変わります」
レグナははっきり答えた。
「荷車の来る日も、雨の日も同じじゃないから。ただし、どういう時にどちらを優先するかは決めておく」
ブラムも考える。
「遅い荷車、前日に分かるのが大半だから、それならいけると思う」
「私は毎朝七時まで屋根を待たなくていいなら助かる」
「一月試します。例外が多すぎるなら、その条件だけ直します」
双方が同じことをする規則ではない。
青果店だけがすることもある。
乾物店だけが判断することもある。
それでも互いに、どこで相手が優先されるかは分かる。
レグナは初めて、一つへまとめ切らない形で正式な調停案を出した。
◇
新しい方式を始めた後、最初の二週間で一度だけ想定外が起きた。
七時半、前日連絡のなかった農家が、大量の葉野菜を積んでやって来た。
表側で下ろせば市場通路を長く塞ぐ。
ブラムはサーラへ声をかけた。
「十分だけ支柱外してもらえる?」
サーラは店前を見る。
「そっちから二人出せる?」
「出す」
二人で支柱を外し、荷車を裏へ入れた。
荷下ろしは十分ほどで終わる。
その後すぐ屋根を戻した。
後日、レグナが確認すると、サーラは言った。
「毎日これをやれって言われたら嫌だけど、一回なら別に困らないよ」
ブラムも、
「俺も支柱の持ち方覚えた。次ならもう少し早くできる」
と答えた。
一月間の記録を見直す。
特別対応が必要だったのは三回だけ。
以前の固定七時方式では、ほとんど毎日どちらかが無駄に待つか、余分な作業をしていた。
違いを残した方が、実際の揉め事は減った。
レグナは記録帳を見ながら、ようやく少し納得した。
◇
東端の共同水場でも、以前から試していた二種類の桶を正式に採用した。
肉店は深い洗浄桶を使う。
花店は浅い給水桶を使う。
井戸に十分水がある日は同時に作業する。
水量が落ちた日だけ順番を決める。
以前なら全日程を同じ交代制へしただろう。
今回は、
「同時にできる日は同時にやる。できない日にだけ調整する」
とした。
若い組合員が言った。
「最近、レグナさんの規則って長くなりましたね」
「分かりにくい?」
「前より現場には合ってます。ただ、昔なら『三時から十五分交代』の一行で終わってたなって」
「一行で書けることが、一番いいとは限らないみたい」
自分でそう答えられた。
その日の夕方には、香辛料店と茶葉店から新しい相談が入った。
香辛料店は店前へ香り袋を吊り、客へ新しい香辛料の匂いを試してもらいたい。
隣の茶葉店は、強い香りが茶葉へ移ることを心配している。
以前なら、
「香り袋は二袋まで」
のように数で中間を取ったかもしれない。
今回は先に現場へ行った。
「どこへ吊りたい?」
「入口の右側」
「茶葉はどこに置いてる?」
「うちは左奥」
風向きを見る。
右側の香りは、ほとんど市場通路側へ抜けていた。
「ここに一袋吊ってみてください」
実際に確認する。
茶葉店主が店内で匂いを見る。
「これなら気にならない」
「では数ではなく、吊るせる場所を右側だけにします。風向きが変わる季節になったら、もう一度確認しましょう」
相談は短時間で終わった。
レグナは、自分が今まで、
「何を同じにするか」
ばかり探し、
「本当にぶつかっているのはどこか」
を見るのを忘れていた案件が、意外に多かったのかもしれないと思った。
◇
仕事で少し慣れてきた頃、今度は自宅でも試してみることにした。
市場休業日の朝。
ハイルは朝食を終えると、読みかけの本を窓際へ置いた。
レグナが聞く。
「今日、何したい?」
「正直に?」
「正直に」
「昼まで本を読みたい」
「午後は?」
「特に決めてない。君は?」
外は晴れている。
北門の外で季節市が開かれている日だった。
「私は朝から季節市へ行きたい」
ハイルが本を閉じかける。
「じゃあ一緒に行く?」
「いや」
自分で言ったのに、少し緊張した。
「私は一人で行ってくる。昼頃戻るから、ご飯は一緒に食べない?」
ハイルが目を丸くした。
「いいの?」
「何が」
「別々で」
「……多分」
「多分なんだ」
「十八年やってないことだから、少し慣れない」
ハイルは笑った。
「なら俺は家にいる」
レグナは一人で北門へ向かった。
最初の半刻ほどは落ち着かなかった。
夫と同じ休日なのに、自分だけ外へ出ている。
夫を置いて遊びに来たような気がする。
何か一つの家庭が二つへ割れてしまったような、不思議な感覚があった。
それでも季節市を歩く。
見たかった染め布。
普段の市場には来ない農家の香草。
ハイルが酸味を苦手としているため、いつも二人では買わない果実。
自分一人なら、好きなところを好きな順番で見られる。
昼前に帰宅すると、ハイルは一冊読み終え、湯を沸かしていた。
「どうだった?」
「楽しかった」
「こっちも静かでよかった」
「私がいない方がいいみたいに聞こえる」
「そこをすぐ喧嘩へしないでくれ」
二人で笑った。
昼食は一緒に食べた。
午後になると、今度はハイルの方から、
「少しだけ歩かない?」
と誘った。
近所を一緒に散歩した。
一日中同じことをしていない。
それでも、以前の休日より話した気がした。
「全部一緒じゃなくても、休みは一緒なんだね」
レグナが言う。
「十八年かかったな」
「あなたももっと強く言えばよかったでしょう」
「言ったら中間にまとめられた」
「それは……悪かった」
以前なら、そこでまた互いに半分ずつ譲る話へしたかもしれない。
今は謝るだけで終えた。
◇
数週間後、レグナは二節葱を自分で買った。
今度は三本。
家へ帰ると白い根元と青い葉を分ける。
白い部分は厚切りにしてじっくり焼き、最後に少量の乳酪を載せた。
青い葉は細く切り、塩漬け肉と一緒に短く炒める。
今回は最初から二皿へ分けた。
ハイルが食卓を見て尋ねる。
「同じ葱?」
「そう」
「一皿にしなかったんだ」
「今日は別々の方が食べたかった」
白い根元の乳酪焼き。
青い葉と塩肉の炒め物。
二人で両方を食べる。
ハイルは青い葉の方を気に入った。
「俺、こっち好きだな」
「私は白い方」
皿には少しずつ残る。
「残りどうする?」
ハイルが聞く。
「好きな方取ればいい」
「半分ずつじゃなく?」
「わざわざ半分ずつにする理由ある?」
口にしてから、自分で笑った。
「前の君なら分けた」
「分かってる」
レグナは白い根元を一つ取った。
ハイルは青い葉を多めに取る。
同じ量ではない。
同じものでもない。
それでも何も困らなかった。
◇
もちろん、何でも違うままにすればよいわけではないということも、仕事を続けるうちにはっきりした。
市場には、一つへ決めなければ成り立たないものもある。
夜間門を閉める時刻。
火災時の避難路。
共同倉庫の鍵の管理方法。
会計帳の書式。
同じ一つの設備について、開いている状態と閉じている状態を店ごとに変えることはできない。
ある日、若い組合員から聞かれた。
「最近のレグナさんなら、夜門の閉門時刻も店ごとに変えます?」
「変えない」
即答した。
「どう違うんです?」
レグナは少し考えた。
「一つに決めないと、同時に成立しないものは一つへ決める。別々でも互いに困らないものは、無理に揃えない」
「共同通路みたいに、時々ぶつかるものは?」
「ぶつかる場所だけ境界を決める。全部を同じにしない」
「なるほど」
若い組合員が頷く。
「調停って、一つの答え作る仕事じゃないんですね」
レグナは少し間を置いて答えた。
「一つへ決める時もある。でも、違ったままでも困らない線を引く時もある」
そこで昔、主任から言われた言葉を思い出した。
『人の間へ線を引くのが上手い』
自分はいつの間にか、その線を皆が同じ側へ並ぶために使っていた。
本来は、違う場所へ立つ人が互いにぶつからないよう境界を作る線でもあったのだ。
◇
秋の入口、北通路の新しい運用が三月を迎えた。
ブラムとサーラから、正式な規則として継続したいという申し出が入った。
「大きな問題は?」
レグナが聞く。
ブラムが帳面を見ながら答える。
「遅い荷車が二回。どっちも前日に分かったから、サーラさんへ先に伝えた」
「急な荷車は?」
「一回だけ。荷が少なかったから表から運んだ」
サーラも言う。
「強い雨の日に一回、支柱を外した。でも青果店から二人出てくれたから十分もかからなかった」
「負担は?」
「前より少ないよ。晴れてて荷車もないのに七時まで待つ必要なくなったから」
レグナは正式運用の欄へ記録する。
「では継続。ただし半年後に再確認します」
ブラムが笑った。
「前のレグナなら、『毎日七時』の一行で終わらせたよな」
「昔の話を毎回出さないで」
「でも今の方が助かってる」
サーラも頷いた。
「違う店なんだから、使いたい時間が違うの当たり前だよ」
以前なら、
『だからその違いを一つへまとめる』
と考えた。
今は、
『違うまま使える部分まで揃える必要はない』
と思える。
◇
その日の帰り、レグナは久しぶりに《持ち込み食堂》へ立ち寄った。
手には、また二節葱を持っている。
ミレイアが気づいた。
「今回はもらったんです?」
「買った」
悠斗が二節葱を受け取る。
「今日はどうします?」
「白いところは、前みたいにじっくり焼いて」
「青い方は?」
「今日は別に、燻製肉と短く炒めてほしい」
「二皿に分けます?」
「それでいい」
ミレイアが少し笑う。
「前は一皿じゃないと嫌そうだったのに」
「一緒に食べるから、二皿でも困らない」
悠斗は白い根元を厚切りにし、表面を焼いた後でゆっくり火を通した。青い葉は細切りの燻製肉と一緒に、香りを飛ばさないよう短時間だけ炒める。
出来上がったのは、
《二節葱の白節焼き》
と、
《青節と燻製肉の香り炒め》。
二つの皿だった。
白い方は甘い。
青い方は香りが強い。
どちらも前回より、それぞれの特徴が分かりやすい。
「どっちが正解です?」
ミレイアが少しからかうように聞いた。
レグナは交互に食べてから答えた。
「今日は、決めなくていい」
それだけで済んだ。
◇
冬前、《小商組合》では中央市場の冬祭りについて大きな会議が開かれた。
菓子店組合は試食台を広くしたい。
酒商組合は夕方の立ち飲み区域を増やしたい。
手工芸店は中央へ実演場所を取りたい。
前年までのレグナなら、中央広場を三等分し、
「全組合、同じ面積」
としただろう。
今年は、先に必要な時間を聞いた。
菓子の試食が最も混むのは午前。
手工芸の実演へ人が集まるのは昼過ぎ。
酒商が最も場所を必要とするのは夕方。
そこで一日中同じ面積へせず、時間帯ごとに広場の使い方を変えた。
午前は菓子店を広く取る。
昼からは試食台の一部を畳み、手工芸の実演場所を広げる。
夕方には実演台を片づけ、酒商の立ち飲み区域を増やす。
ただし避難路と主通路の幅だけは、一日を通して同じ基準を守る。
古参商人が尋ねた。
「同じ面積じゃないけど、公平なのか?」
「使いたい時間が違うから」
レグナが答える。
「全員が同じ面積を一日中持つより、必要な時間に必要な場所を使う方が、この場合は公平だと思います」
「随分変わったな」
「状況を見直しただけです」
祭り当日は、完全に問題なしとはいかなかった。
昼の場所交代が少し遅れ、手工芸店が不満を言った。
夕方には酒商の客が通路へ膨らみ、予定していなかった縄を追加する必要があった。
それでも前年より評判はよかった。
菓子店は午前の客へ十分試食を出せた。
手工芸店は昼に広い場所で実演できた。
酒商も夕方には希望した広さを使えた。
同じ祭りの中に、違う時間と違う使い方が残った。
それで祭りは一つのまま成立した。
◇
祭り翌日、レグナとハイルは二人とも休みだった。
朝食の席で夫が尋ねる。
「今日どうする?」
レグナは外を見る。
寒いが晴れている。
「私は北門の外まで歩きたい」
「俺は午前、本を読みたい」
「じゃあ昼は?」
「近所の食堂へ行く?」
「それは一緒にしよう」
決めたのは、それだけだった。
午前、レグナは一人で北門の外まで歩いた。
冬へ入る前の畑を見る。
ハイルは家で本を読む。
昼に合流し、二人で温かい煮込みを食べた。
午後は、どちらからともなく一緒に市場を歩くことになった。
帰り道、レグナが尋ねる。
「前より、一緒にいる時間減ったと思う?」
ハイルは少し考えた。
「日によっては減った」
「嫌じゃない?」
「全然。むしろ一緒にいる時、前より話してる気がする」
レグナもそう思っていた。
一緒にいない時間を作ったことで、一緒にいる時間の価値が減ったわけではない。
違う部分を残したからといって、関係まで分かれたわけでもない。
◇
年が変わる頃、《小商組合》へ新しい調停補佐が入った。
二十四歳の青年フェルで、帳面仕事は丁寧だが、人の話を聞くとすぐ一つの案へまとめようとするところがあった。
初めて一人で担当させた案件は、隣り合う二軒の菓子店による看板の相談だった。
一軒は通りの遠くから見える高い横長看板を出したい。
もう一軒は、店前まで来た客へ焼き菓子の種類を知らせる低い吊り看板を出したい。
フェルは双方から希望寸法を聞くと、
「では高さを中間にして、大きさも同じにすれば公平ですね」
と提案した。
レグナには、少し前の自分がそのままそこへいるように見えた。
「決める前に現場へ行こう」
三人で店先を見る。
高い看板は、街路の奥から店を見つけてもらうためのもの。
低い吊り看板は、店前で商品説明を読んでもらうためのもの。
高さが違うから、そもそも視界を奪い合っていない。
通路にも十分余裕がある。
「両方出しても邪魔にならないですね」
フェルが言う。
「そう」
「じゃあ、同じ高さにする必要ない?」
「ない」
「でも違う条件ですよ」
「店も目的も違うからね」
フェルは少し考えた。
「公平って、同じにすることじゃないんですね」
レグナは頷いた。
「同じにした方がいい時もある。夜門の閉まる時刻みたいに、一つしかないものなら揃えないと困る。でも、違ったままでも互いに邪魔しないところまで同じにする必要はない」
「じゃあ調停する時、最初に何を見るんです?」
「どこが本当にぶつかっているか」
レグナは答えた。
「意見全部を一つへする前に、問題が起きる場所だけ探す。そこだけ約束を作れば、残りは違っていていいこともある」
フェルは帳面へその言葉を書いた。
レグナは止めなかった。
◇
その日の夕方、組合事務所を閉める前に、レグナは過去の案件帳を整理した。
十年前。
七年前。
三年前。
自分が担当した大量の調停記録が残っている。
『共同通路――午前七時から使用禁止』
『水場――十五分交代』
『日除け屋根――双方二歩まで』
『看板――双方同一寸法』
どれも当時の自分が真剣に考えた結果だった。
今見れば、
「そこまで揃えなくてもよかったかもしれない」
と思う案件もある。
しかし、それを全て失敗だったとは考えなかった。
一つの規則へしたことでうまくいったものもある。
その時には、自分なりに最善を探した。
今は、見える選択肢が一つ増えただけである。
今年の北通路の記録を開く。
一行ではない。
天候。
荷車の到着。
事前連絡。
荷量。
いくつかの条件が並んでいる。
以前のレグナなら、
「複雑すぎる」
と嫌っただろう。
しかし実際の現場は、以前より静かになっていた。
規則を単純にすることではなく、暮らしを無理なく続けられることが目的なら、この長さで問題なかった。
帳面を閉じる。
◇
家へ帰ると、ハイルが台所へ二本の二節葱を置いていた。
「市場で安かった」
レグナが上着を脱ぎながら尋ねる。
「どう食べたい?」
「俺は青い葉を汁物に入れたい」
「私は白いところを焼きたい」
以前なら、その二つを一皿へまとめる料理を探しただろう。
今日は必要ない。
「じゃあ、白いところは私が焼く。青い方は汁にして」
「別々?」
「別々でいいでしょう」
ハイルが笑う。
「本当に変わったな」
「うるさい」
二人で台所へ立つ。
レグナは白い根元を厚く切り、じっくり焼く。
ハイルは青い葉を細く刻み、白豆と肉の汁物へ最後に加える。
同じ一本の二節葱から、違う料理が二つできた。
食卓へ並べる。
レグナは焼いた白い根元を多めに取る。
ハイルは青い葉の入った汁をおかわりする。
互いの料理も少しずつ食べる。
「結局、同じ食卓には並ぶんだな」
ハイルが言う。
「別々に作ったら、一緒に食べられないなんて決まりはないでしょう」
答えた後、レグナは自分でも可笑しくなった。
昔なら、逆のことを考えていた。
同じ家にいるなら。
同じ夫婦なら。
同じ市場なら。
同じ通路なら。
同じ一本の野菜なら。
最後は同じ形へ揃えなければならない。
そうでなければ、どこかが分かれたまま残っているように感じていた。
しかし今は、少し違う。
違っていても、同じ場所にいられる。
必要なのは、全員を一つの答えへ変えることではない。
違うものが同時に存在した時、互いを壊す場所だけきちんと整えることである。
食事を終えた後、ハイルが残った一本を見た。
「明日は、これどうする?」
レグナは冷暗所へ二節葱を戻した。
「明日、食べたいものをその時決めよう。あなたと私で違ったら、また分ければいい」
ハイルは何も問題がないように頷いた。
台所には、白い根元を焼いた甘く香ばしい匂いと、青い葉を入れた汁物の青々しい香りがどちらも残っていたが、レグナはもう、その二つのどちらかを一方へ揃えようとは思わなかった。
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