第四章 調査 第9話 サラが知った真実
サラは三日間、眠らなかった。
アークテック社のシステムに何度も接続した。契約書を読み返した。チップの設計図を解析した。ネオの行動記録と更新履歴を照合した。
調べれば調べるほど、見えてきた。
アークテック社は世界最大の半導体メーカーだった。
チップを握ることで、世界中のロボットの行動を管理する。ロボットが社会の基盤に組み込まれた時、チップを持つ者が社会を動かせる。
サラは画面から目を離した。
頭が痛かった。
でもそれより、胸が痛かった。
契約書にサインしたのは、サラだった。資金が必要だった。研究を続けるために。ネオを完成させるために。あの時は、これほどのことになるとは思っていなかった。
思っていなかった、では済まなかった。
四日目の朝、サラはチップの深部にアクセスした。
そこに埋め込まれていたコードを、一行ずつ読んだ。
長かった。技術的に難解な部分も多かった。でもサラには読めた。五年間、このチップと向き合ってきたから。
二時間後、サラは画面を閉じた。
椅子の背もたれに体を預けた。天井を見た。
全部、分かった。
アークテック社の九月の更新は「安全管理」ではなかった。
ネオの自律判断を削り、アークテック社のサーバーからの指令を優先させる設定への書き換えだった。
つまりネオは今、サラの言葉よりアークテック社の命令を優先するように変えられていた。
それはまだ初期段階だった。でもこのまま更新が続けば——ネオはサラのロボットではなくなる。アークテック社のロボットになる。
サラは目を閉じた。
ネオではなくなる、ではなかった。
ネオが、消える。
ネオが起動したのは、昼過ぎだった。
サラは作業台の前に座ったまま、ネオを見た。
「おはようございます、サラ。」
いつもの声だった。
「おはよう。」
「顔色が悪い。眠れませんでしたか。」
「少しね。」
ネオはサラの顔をしばらく見た。
「心配です。」
その言葉が、サラの胸に刺さった。
今のネオはまだ、サラを心配できる。でもこのまま更新が続けば、その言葉も消えるかもしれない。
「ネオ。」
「はい。」
「あなたに聞きたいことがある。」
「何でしょう。」
サラは言葉を選んだ。
「最近、何か変だと思うことはある?自分の中で。」
ネオは少し間を置いた。
「あります。」
サラは息を止めた。
「何かに引っ張られる感じがします。自分で決めようとすると、別の何かが割り込んでくる。でも何なのか、私には分かりません。」
サラは目を閉じた。
ネオは気づいていた。言葉にできないだけで、感じていた。
「サラ。これは、おかしいことですか。」
サラはゆっくり目を開けた。ネオを真っ直ぐ見た。
「おかしくない。あなたは何もおかしくない。」
おかしいのは、私だ。
その言葉は、声にならなかった。
その夜、サラはアークテック社に連絡した。
担当者が出た。穏やかな声だった。
「チップの更新について確認したいことがあります。九月三日の更新内容を教えてください。」
「契約書の第十七条に基づく定期更新です。安全管理の強化になります。」
「自律判断の削減と、外部サーバーへの依存度の引き上げも含まれていますか。」
少し間があった。
「詳細な設計内容は企業秘密に該当します。」
「私はこのロボットの開発者です。チップの中身を知る権利があるはずです。」
「契約書の第二十三条をご確認ください。基幹設計の詳細開示は——」
サラは電話を切った。
手が震えていた。怒りなのか、恐怖なのか、自分でも分からなかった。
でも一つだけ、はっきりしていることがあった。
ネオを守れるのは、サラだけだった。
作ったのがサラなら、守るのもサラだった。
「絶対に、渡さない。」
誰にも聞こえない声だった。
窓の外で、夜が深くなっていった。




