リリア・セイン②
掠れた声だった。
まるで、自分へ言い聞かせるみたいに。
セレネは何も言わない。
ただ静かに続きを待つ。
急かさない。
否定しない。
その沈黙が、リリアにはありがたかった。
少女は震える指先を握り締める。
「先生は……優しかっただけなんです」
ぽつりと零れた声。
「私が勉強についていけなくて、皆に笑われてた時も……先生だけは違ったんです」
リリアの灰青色の髪が、
わずかに揺れる。
「頑張ってるって言ってくれて……無理しなくていいって……」
その言葉を口にした瞬間。
少女の瞳が、じわりと潤んだ。
「家では、そんなこと誰も言ってくれなかったから……」
しまった、
という顔をする。
貴族社会で、家の事情を口にするのは危険だ。
特に伯爵家ほどになれば尚更。
だが。
セレネは追及しなかった。
ただ静かに聞いている。
その態度に耐えきれなくなったみたいに、
リリアが小さく笑った。
泣き笑いだった。
「変ですよね……少し優しくされただけで、あんなに嬉しくなるなんて」
「変ではありません」
静かな声だった。
リリアが息を呑む。
「人は、飢えているものに弱いので」
淡々とした言葉。
なのに妙に胸へ残る。
リリアは呆然とセレネを見る。
その海色の瞳は、どこか遠くを見ているようにも見えた。
「……セレネ様も、そういうことがあったんですか」
一瞬。
部屋が静まる。
だがセレネは、ほんの僅かに視線を逸らしただけだった。
「どうでしょう」
曖昧な返事。
それ以上は語らない。
けれど。
完全に否定もしなかった。
リリアは小さく俯く。
「先生、最近変だったんです」
セレネの視線が戻る。
「変?」
「何かに怯えてるみたいで……」
リリアは震える声で続けた。
「補習中も、何度も窓の外を見てたんです」
「誰かを警戒していた?」
「わかりません。でも……」
リリアは唇を噛む。
「“見られている気がする”って」
部屋の空気が、わずかに冷えた気がした。
セレネは静かに続きを待つ。
「昨日も、先生から急に呼び出されて……」
リリアの指先が、ぎゅっとシーツを握る。
「図書塔へ来てほしいって言われたんです」
セレネの海色の瞳が細くなる。
「行ったのですか」
リリアは小さく頷いた。
「でも……怖くなって」
「怖く?」
「最近ずっと、変な噂があったから……」
水鏡の魔女。
学院中へ広がっていた怪談。
「だから途中で帰ったんです」
セレネは静かに尋ねる。
「何時頃ですか」
「十二時過ぎくらい……」
フィンの証言と重なる時間帯。
セレネは小さく目を伏せた。
「その時、誰か見ませんでしたか」
リリアの肩がびくりと震える。
沈黙。
やがて。
「……見ました」
掠れた声だった。
「噴水のところに、誰か立ってて……」
セレネは何も言わない。
リリアは怯えたように続ける。
「雨の中なのに、ずっと動かなくて……」
フィンと同じ証言。
だが。
次の言葉が違った。
「その人、先生と話してたんです」
セレネの瞳が、わずかに細められる。
「顔は見えましたか」
リリアはゆっくり首を横へ振った。
「フードを被ってて……でも」
少女の声が震える。
「女の人だと思います」
部屋が静まり返る。
雨音はもうない。
なのに。
なぜか水の気配だけが、
耳へ残る気がした。
「どうしてそう思ったのですか」
「細かったんです。あと……」
リリアは怯えたように視線を落とす。
「歩き方が変で」
セレネは静かに続きを待つ。
「右足を、少し引きずってました」




