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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第三章 デラクストーン国

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第52話 分岐

 昇降機がたどり着いた先で、全員が素早く降りる。


 重々しい金属音。


 背後で昇降機の扉が閉じていく。


 その先にあったのは、さらに巨大な鉄扉だった。


 薄暗い灯りに照らされ、まるで要塞の内部のような圧迫感がある。


 その前で、男が口を開いた。


「すっかり挨拶を忘れていたな」


 一拍。


「オレはサイラスだ」


「私はミレニアよ。今更だけどよろしくね」


「わたくしはセラフィナイトと申します」


「カトレアよ」


「私はモルディナよ」


 そして当然のように続ける。


「セラフちゃんの保護者よ。覚えておいてね」


「何言ってんの?」


 カトレアはいつもの調子で即座に突っ込む。


「ヴォルガドだ」


 ミレニアが不思議そうに首を傾げる。


「……貴方たち、どういう集まりなの?」


 するとサイラスの顔色が変わった。


「待て……ヴォルガドにモルディナ?」


「魔王に魔女!?」


「なんでそんなのがこんなところにいる!」


「訳あってここにいる」


 ヴォルガドは淡々としている。


「そうなのよ」


 モルディナが、ちらりとセラフを見る。


「私のお隣さんがさらわれましたの」


 セラフィナイトが、にこやかに答える。


「早く連れて帰らないといけませんもの」


「……お隣さん?」


 ミレニアが聞き返す。


「はい!」


「とてもかわいらしくて優しい女性なのです」


「今は一緒に住んでいますの」


「それで皆でここに?」


 サイラスが呆れたように言う。


「すぐバレそうな集まりだけどな……」


「みんな変装してたからかしら」


 モルディナが肩をすくめる。


「ちょろいわよ」


 今は元の姿に戻った四人が、それぞれ首を縦に振る。


「……それにしても」


 カトレアが表情を曇らせる。


「ここの民、一体どうなってるの?」


「さっき見た限り、精気を失ってる人間が多すぎるわ」


 ミレニアが静かに答えた。


「ここは特殊な国なのよ」


「貧富の差が激しい……というより」


 一拍。


「差が、ありすぎるの」


「あぁ」


 サイラスも続ける。


「限られた時間に配給があるのもそのためだ」


「階級という名の“特権”さ」


 モルディナの表情が曇る。


「……許せないわね」


「子供たちまで、あんな目をしてた」


 ミレニアが少し驚いたように見る。


「モルディナさんって……魔女なのに優しいのね」


「あら」


 モルディナが笑う。


「魔女だからって鬼じゃないわよ」


 そしてヴォルガドを指差す。


「そこの魔王だって、誰彼構わず破壊するわけじゃないし」


「あぁ。その通りだ」


「皆さんお優しいのです」


 セラフィナイトが、にこにこしながら答える。


「わたくしの大好きな、大切なお隣さんですの」


「それは貴女の影響なのよ」


 カトレアが呆れたように言う。


「あぁセラフちゃん、ハグして!」


 モルディナが両手を広げる。


 セラフィナイトは、いつものようによしよしと宥めるように頭を撫でた。


「……すごいメンツね、本当に」


 ミレニアが苦笑する。


「納得したよ」


 サイラスも肩をすくめた。


「さぁ、準備はいいか?」


 サイラスが扉へ手をかける。


 重い音を立て、巨大な鉄扉がゆっくりと開いた。


 サイラス、ミレニア。


 その後ろにカトレア、モルディナ、セラフィナイト。


 最後尾にヴォルガド。


 全員が内部へ入る。


 そして。


 背後の扉が、ゆっくりと閉じ始めた。


 暗闇。


 光はすぐに消える。


 内部。


 空気が重い。


 湿っている。


 壁はすべて、あの“暗い石”。


 光を吸い込み、音すら呑み込む。


 足音が、ほとんど響かない。


「……静かすぎる」


 カトレアが小声で呟く。


「気味が悪いわね」


 モルディナが周囲を探る。


「魔力の流れが歪んでる」


「探知も通らないわ」


 ヴォルガドは何も言わない。


 ただ、前を見ている。


 その時だった。


 セラフィナイトが、不意に立ち止まる。


「……こちらです」


 振り返りもせず、そう告げた。


 全員の動きが止まる。


「……分かるの?」


 カトレアが小さく問う。


「はい」


 迷いがない。


「リゼルさんが……この先に」


 説明はない。


 理屈もない。


 だが。


 否定する理由も、誰にもなかった。


 サイラスが低く言う。


「……案内頼む」


 セラフィナイトは静かに頷き、再び歩き出した。


 その背中を見ながら。


 ミレニアが、ほんの小さく呟く。


「……やっぱり、ただの子じゃないわね」


 誰にも聞こえないほど小さな声。


 だが、その確信だけは揺らがなかった。


 この侵入は――


 想定とは違う形で進み始めている。


 地下通路は、想像以上に入り組んでいた。


 分岐が多い。


 似たような石壁。


 方向感覚が削られていく。


 湿った空気の中、足音だけが続く。


 先頭を歩くセラフィナイトが、不意に足を止めた。


「……こちらではありません」


 静かな声。


 迷いがない。


 だが。


「待て」


 サイラスが低く制する。


 空気が止まる。


「そっちは搬入路の外だ」


「構造的にあり得ない」


 カトレアが眉をひそめる。


「……どういうこと?」


 ミレニアが壁へ触れる。


 指先で確かめるように。


「この先は旧区画よ」


「今は使われてないはず」


「囚人はもっと奥の管理区域にいる」


 モルディナが、セラフィナイトを見る。


「セラフちゃん?」


 セラフィナイトは少しだけ目を閉じた。


 呼吸を整えるように。


 そして。


「……でも、こちらです」


 ゆっくり目を開く。


「リゼルさんが……この先にいらっしゃいます」


 はっきりと言い切る。


 沈黙。


 理屈と直感。


 完全に食い違っている。


 サイラスが短く息を吐いた。


「……悪いが、そっちは追えない」


 決断は早かった。


「俺たちの目的は仲間の確保だ」


「確率の低いルートには賭けられない」


 ミレニアも頷く。


「こっちは管理区域へ向かう」


「リーダーか仲間、どちらかはいる可能性が高い」


 カトレアが小さく舌打ちする。


「分かれるしかないってわけね」


「そうなる」


 モルディナが少しだけ考える。


 視線を巡らせる。


 時間はない。


 そして。


「……行きましょう」


 静かに言った。


「セラフちゃんの方へ」


 即断だった。


 カトレアが少し驚く。


「いいの?」


「ええ」


 モルディナは迷わない。


「この子の“違和感”」


 一拍。


「外したことないのよ」


 ヴォルガドが短く告げる。


「余も同意だ」


 それだけで十分だった。


 サイラスがわずかに笑う。


「……決まりだな」


 ミレニアが一歩下がる。


「じゃあここで分かれる」


 一拍。


 視線が交わる。


 完全な信頼ではない。


 だが、敵でもない。


「……死ぬなよ」


 サイラスが言う。


 カトレアが鼻で笑った。


「そっちこそ」


 モルディナが軽く手を振る。


「また会えたら、その時はゆっくり話しましょう」


 セラフィナイトは静かに一礼する。


「お気をつけて」


 その一言に。


 ミレニアが、ほんの少しだけ目を細めた。


「……あんたもね」


 短い別れ。


 次の瞬間。


 両者は同時に動いた。


 別々の通路へ。


 足音が分かれていく。


 やがて。


 完全に消えた。


 静寂。


 残ったのは、四人。


 モルディナが小さく呟く。


「……さて」


 空気が変わる。


「ここからは、完全に自己責任ね」


 カトレアが肩を回す。


「いいじゃない」


「その方が分かりやすいわ」


 ヴォルガドは、ただ前を見る。


「進む」


 短い言葉。


 セラフィナイトが再び歩き出す。


 迷いなく。


 真っ直ぐに。


 暗い通路の奥へ。


 その先に何があるのか。


 まだ、誰も知らないまま。

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