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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第ニ章 招かれざる影

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第35話 魔女は、境界を引く ◆リゼル連れ去り前日譚1

 夜はまだ深い。


 だが、完全な闇ではない。

 町には、うっすらと生活の気配が残っていた。


 家々の窓は閉じられ、灯りも少ない。

 風が通りを抜けるたび、遠くで木の葉が触れ合う音がする。


 その静けさの中を、オリエッタは歩いていた。


 足音は一定。

 迷いはない。


 先ほどの会話を反芻しながら、思考を整理している。


(リゼルは拒否した)

(説得は無意味)

(ならば――手段を変える)


 視線を、わずかに上げる。


 夜の空は狭く、建物の隙間に切り取られている。


(強行も視野に入れる)


 その判断に、躊躇はなかった。


 その時――


「――ねえ」


 声が落ちた。


 近くでも、遠くでもない。

 距離を測ったような位置。


 オリエッタは足を止める。


 振り返る前に、気配を読む。


 隠れていない。

 消してもいない。


 ただ、“そこにいる”。


 ゆっくりと振り返る。


 街灯の届かない場所。

 建物の影の中から、一人の女が歩み出てくる。


 モルディナ。


 昼間と変わらない、ゆるやかな笑み。

 だが、その目だけが静かにこちらを見ていた。


「貴女」


 軽く首を傾げる。


「そろそろ帰ったら?」


 声音は柔らかい。

 まるで世間話の続きのように。


 けれど――


 そこに“選択肢”は含まれていなかった。


 オリエッタは、何も答えない。


 ただ、その言葉を受け止める。


 視線は逸らさない。


 間合いは、およそ五歩。


 踏み込めば届く距離。

 だが、どちらも動かない。


 モルディナが、ゆっくりと一歩進む。


 靴音は、ほとんどしない。


「ここにはね」


 視線を少しだけ周囲へ流す。


 眠る町。

 閉じた扉。

 静かな空気。


「平和しかないのよ」


 言い切る。


 誇るでもなく、守るでもなく。


 ――そういう場所だ、と示すように。


 オリエッタは、その言葉の意味を測る。


(排除宣言)


 単純な敵意ではない。

 領域の提示。


 踏み込むなら、どうなるか――それも含めて。


 モルディナは、さらに続ける。


「だから」


 一拍。


「ここで波風立てるなら――」


 ほんのわずかに、目の色が変わる。


 温度が、落ちる。


「相手になるわよ」


 静かな言葉。


 だが、その一行で十分だった。


 圧が、遅れて届く。


 押しつける力ではない。

 逃げ場をなくすような密度。


 オリエッタは、無意識に呼吸を整えていた。


(……強い)


 情報としては把握していた。


 だが、対峙すると違う。


(測定不能)


 深さが読めない。


 それでも――


「……警告、ですか」


 オリエッタは静かに口を開く。


 声は変わらない。

 乱れもない。


 モルディナは、くすりと笑った。


「いいえ?」


 あっさりと否定する。


「ただの親切よ」


 軽い口調。


 だが、その奥は一切軽くない。


「ここ、居心地いいでしょ?」


 少しだけ肩をすくめる。


「壊さない方がいいわよ」


 忠告とも、勧誘とも取れる言い方。


 オリエッタは、わずかに目を細める。


「……任務です」


 短く言う。


 それだけで、十分だった。


 モルディナは、少しだけ考えるように視線を上げて――


「ああ、そう」


 納得したように頷く。


「じゃあ仕方ないわね」


 あっさりと引く。


 だが。


 引いたのは、言葉だけだった。


「その代わり」


 もう一歩、距離を詰める。


 今度は明確に、踏み込む。


「こっちもやることやるから」


 視線が合う。


 真正面から。


 逃げ場はない。


 オリエッタは、動かない。


(……ここで交戦は非合理)


 即座に判断する。


 情報が足りない。

 環境も不利。


 そして何より――


(この女は、“止めに来る側”)


 その確信があった。


 数秒の沈黙。


 やがて――


「……本日は、退きます」


 オリエッタが先に言った。


 敗北ではない。


 選択。


 モルディナは、にっこりと笑う。


「賢いわね」


 それ以上、追わない。

 止めない。


 ただ、見送る。


 オリエッタは踵を返す。


 足取りは変わらない。


 だが、思考は確実に更新されていた。


(単独行動、制限)

(対象:リゼル → 保留)

(最優先:状況再評価)


 闇の中へ消えていく。


 その背を見送りながら――


 モルディナは、小さく息を吐いた。


「……ほんと」


 誰にともなく、呟く。


「面倒なの来たわね」


 だが、その表情に不安はない。


 むしろ――

 少しだけ楽しそうですらあった。


 視線を、家の方へ向ける。


 灯りは消えている。

 静かなまま。


「大丈夫よ、セラフちゃん」


 小さく呟く。


 届くはずのない声で。


「ちゃんと、ここにいられるから」


 その言葉は――


 誰に聞かせるでもなく、ただそこに置かれた。

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