第九話:夕暮れの告白と、世界のエラー通知
修学旅行の帰路。 窓の外は茜色から群青色へ変わる黄昏時。 行き(朝)の騒がしさとは対照的に、車内は静まり返っている。 リリアは首元のスカーフを無意識に押さえ、少し気まずい。
ずっと黙っていたアリスが、静かに口を開く。
「……リリア様。綺麗になられましたね」
「え?」
「あ、お召し物のことではありませんよ.。……纏う空気が、変わりました」
アリスの瞳は、全てを悟ったように澄んでいる。聖女の直感が、リリアが「少女」から「女」になったこと、エリアスに愛されたことを見抜いている。
アリスは少し寂しげに笑い、過去を語り出す。
「……リリア様は、覚えていらっしゃいますか? 私たちが初めて言葉を交わした、あの中庭での出来事を」
平民だが聖女候補として王立魔法学園に入学したばかりのアリス。 貴族ではない彼女は教科書を隠されたり、水をかけられたりして、泥だらけで泣いていた。 周囲の貴族生徒は冷笑して見ているだけ。
そこへ現れたリリア。 リリアは震えるアリスを見て、自分を重ねてしまい、つい口を出してしまう。
「……何をしているの? ローゼンハイムの名において、このような見苦しい真似は許しません」
座り込むアリスにぴしりと扇子を向ける。
「そこの貴女。いつまで泣いているの? さっさと立ちなさい。……私の学友として恥ずかしくないようにね」
厳しく言いながら、ハンカチを手渡し、魔法で泥を払いおとす。呆然とするアリスを残してリリアはそのまま立ち去るのだった。
この出来事、「公爵令嬢」がアリスを肯定したことで、周囲の空気が一変する。 いじめっ子たちは青ざめて逃げ出し、翌日からアリスへの態度は劇的に改善された。
「あの日、泥だらけの私に手を差し伸べてくださったのは……王子様でも、誰でもない。 リリア様、貴女だけでした」
決意を瞳に宿し、アリスは静かに微笑んだ。
「だから……私は決めたんです。この命ある限り、貴女をお守りすると」
アリスの深い愛情にリリアは涙ぐむ。
「アリス……そんな風に思ってくれていたのね。ありがとう……」
しかし、感動と共に、冷静な「前世の記憶」が警鐘を鳴らし始める。
(……でも、待って。 ヒロインのアリスが、『王子様なんていらない』?)
(『貴女だけが光』?)
(それって……本来結ばれるべき『正規ルート』を、私(悪役)が完全に奪っちゃったってこと!?)
リリアは血の気がさーっと引くのを感じた。ああ、私はなんてことをやってしまったんだろう!
そんなリリアの変化に気づかず、アリスはある決意を口にする。
「でも、貴女がエリアス様を選び、幸せになれるのなら……私は引き下がります」
「魔王の手からお守りしようと思いましたが……今の貴女は、とても幸せそうですから」
アリスの健気な言葉とは裏腹に、リリアの背筋は凍りつく。
(攻略対象は私に執着し、ヒロインは私に恋をして身を引いた)
(……終わった。シナリオが、跡形もない)
(これ、絶対に『バグ』判定されるやつだわ……!!)
ガタンッ! 馬車が大きく揺れる。――ただの揺れだが、リリアには『世界の崩壊音』に聞こえるのだった。




