第十九話:最強夫婦の結婚式
1. 庶民の気遣い、魔王の曲解
公爵家の応接室。 近隣諸国の大使が、顔を真っ赤にしてテーブルをバンと叩いた。
「ええい! 公爵殿、これは最後通告ですぞ! 我が国の要求を飲まねば、国境に展開した10万の軍勢が火を吹くことになります!」
「……へえ」
エリアスの目が据わっている。 今にも相手をひねり殺しそうな雰囲気が、部屋中に巻き散らかされていた。
その隣で、リリアは冷や汗をダラダラ流していた。
(ひぃぃっ! いきなり戦争の話!? しかもエリアス、目が笑ってない! 今にも魔法撃ちそう! ど、どうしよう……なんとか場を和ませないと……!)
リリアは、前世の会社員時代に培った『会議が紛糾した時の仲裁スキル』を反射的に発動させる。 引きつりそうな笑顔をなんとか張り付け、おずおずと口を開いた。
「あ、あの……! 二人とも、少しヒートアップしすぎじゃないかしら? まぁまぁ、せっかく美味しいお茶が入りましたし…… 一度、クールダウンするためにもお茶を飲みませんか?」
(とりあえず落ち着いて! お菓子食べて深呼吸しよう!?)
エリアスは、オドオドしながらカップを持ち上げるリリアを見て、ハッとする。
(……そうか。リリアは怯えているのか。 こんな殺伐とした空気、彼女にふさわしくない。 彼女は『こんな不毛な会話はやめて、早く二人でお茶を楽しみたい』と遠回しに言っているんだな)
「……ああ、そうだね。リリアの言う通りだ」
エリアスは瞬時に殺気を消し、リリアに甘い笑顔を向けた。 そして、その笑顔のまま大使に向き直り、対話の扉を完全にシャットダウンした。
「聞いたかい? 妻が『お茶を飲みたい』と言っている。 だから、この話はここでおしまいだ」
「えっ?」
(いや、そうじゃなくて。私、『お前とはもう話したくない』とか思ってないわよ!)
「攻めたきゃ攻めれば? どうせ、僕たちのティータイムが終わる頃には、君の国ごと地図から消えているだろうけど」
「ひっ……!?」
大使が見たのは、 「緊迫した外交の場面で、『まぁまぁ』と余裕の笑みでお茶を勧め、話を強制終了させた公爵夫人」 の姿だった。
(な、なんだこの女は……!? 『頭を冷やせ』だと!? 我が国の最後通告を、子供の喧嘩のようにあしらったのか!? しかも、その笑顔の裏で、魔王に攻撃命令を出した……!! こいつが黒幕か……!!)
「ひ、ひぃぃぃッ!! た、ただちに撤退させますぅぅーーッ!!」
脱兎のごとく国使は逃走した。 遠ざかる姿に、リリアは慌てて手を伸ばすが届かない。
「ええっ!? ちょ、ちょっと!? お茶もお菓子も手つかずよ!? もったいないじゃない!」
リリアの口から出たのは、全く他意のない、ただの善良なもったいない精神だった。 だが大使の耳には、「粗末にしたら許さないわよ?」という死刑宣告に聞こえたに違いない。
「ふふ、君は本当に慈悲深いね――ゴミにもお茶を恵んでやるなんて。 でもいいんだよ、リリア。さあ、二人で頂こうか」
今日もローゼンハイム公爵家は平和(?)だった。
◇◇◇
2. 世界で一番、恐ろしくて幸せな結婚式
キスマークを見せつけられ、地団駄を踏んだアリスだったが、ただでは転ばない。 彼女は「結婚式でリリア様を世界一美しくする」ことに全精力を注いでいた。
「悔しい……ですが、式当日のリリア様を『全人類がひれ伏す女神』に仕立て上げられるのは私だけ!」
その言葉をスローガンに、アリスは徹夜でドレスに防御魔法と美肌効果を付与しまくるのだった。
◇◇◇
そして、結婚式当日。 大聖堂には各国の要人たちが集まっていた。 そこへ現れたエリアスは、幸せすぎて逆に殺気が漏れていた。
(リリアを見る不届き者はいないか……? もしいたら眼球を焼く……)
「ヒィッ……目が合っただけで石にされそうだ……」
華やかな笑顔を浮かべているが、目が全く笑っていない。 参列者は拍手で迎えながら、視線を合わさないようにするのが精一杯だった。
やがて扉が開き、アリス渾身のドレスを纏ったリリアが入場する。 彼女は、あまりの注目と、エリアスの視線の熱さに緊張してガチガチになっていた。
王宮御用達のドレス職人がこの日のために精魂込めて作り上げたウエディングドレスをまとい、国宝級の宝石がはめ込まれたティアラが頭上に輝いている。
(うう、ドレスもティアラも重い……転ばないようにしなきゃ。 みんな見てる……緊張で顔が引きつりそう……)
その必死の努力の結果、『無表情で冷徹な美しさ』が完成してしまう。
「見ろ……あの堂々たる歩き方を……」
「魔王の殺気の中を、平然と歩いているぞ……」
「あの方が、あの魔王の手綱を握る『真の支配者』か……!」
感嘆と恐怖が入り混じった視線を浴びながら、リリアは祭壇へ辿り着いた。
神官の前に、リリアとエリアスは並んで立つ。
「新郎エリアス・ローゼンハイム。 汝、この者を妻とし、愛することを誓いますか?」
「誓うよ。 たとえ世界が滅んでも、君だけは守り抜く。 君が望むなら星を落とし、君を害する者は地獄の底まで追い詰めて消し去る。 ……死が二人を分かつまで? いや、死んでも魂ごと離さないよ」
(ヒッ……重い……)
神官は、台本のどこにも書かれていない誓いの言葉に背筋が凍った。 だがリリアは、エリアスが規格外の誓いを口にしたことに気が付かず、段取りをこなすことで頭がいっぱいだった。
(ええと、はいって言わないと終わらないわよね……)
「……は、はい。誓います」
「聞いたか……? 『地獄の底まで』って……」
「あれを受け入れて微笑む奥方様、肝が据わりすぎている……!」
参列者は戦慄した。
誓いの言葉の後、エリアスはヴェールを上げ、リリアを見つめる。
「リリア。……もう、我慢しなくていいよね?」
エリアスはリリアに小声で囁く。
「えっ? んっ……!」
リリアが頷くのを待たずに、エリアスの顔が近づく。 神前だろうが観衆がいようがお構いなしの、長く、濃厚で、独占欲たっぷりの誓いの口付けだった。
「長い!! 角度がエッチすぎます!! 神聖なチャペルが年齢指定にーーッ!!」
それをこともあろうか最前列で見ていたアリスは、尊さと嫉妬で目を白黒させて気絶寸前だった。
◇◇◇
式の最後、リリアが未婚の令嬢たちがひしめく中にブーケを投げる。 それを受け取るのは、もちろん……。
「えいっ!」
リリアは緊張で手が滑り、変な方向にブーケを投げてしまった。
「リリア様の聖遺物ーーッ!!」
アリスの雄叫びがこだまする。 もちろん、その辺も計算済みだった。 身体強化魔法をフル発動したアリスは、他の令嬢たちを大きく引き離して、ブーケをスライディングキャッチしたのだった。
「獲ったどーーッ!! これで次は私がリリア様と……あ、間違えました。幸せになります!!」
鼻息荒く、泥だらけの顔でアリスは意気揚々とブーケを掲げる。
(アリス様……ドレスが汚れてますよ……)
周りがぽかんと呆れる中。 ただ一人、会場警護に当たっていた黒髪の騎士クラウスだけが、「やれやれ」と深いため息をつくのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
リリアとエリアスは無事結婚しました!
明日からは第二章、アリスのお話になります。
リリアの護衛騎士クラウスが新しく登場します。(幕間に出ていますが…)
もちろん、リリアとエリアスも登場しますので、よろしければお付き合い下さいませ。




