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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第三章 エメリード 結実の時
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第103話 仮面の宴

 大都市リーズの中央広場、普段から活気の絶えない憩いの場だが、今日ばかりは太陽の沈んだ後の方が、光彩と喧騒に溢れていた。

 星々と月は不要と言う程、魔操具の灯りと篝火が燦然と点り、並ぶテーブルは煌びやかな料理と酒類に満ち満ちる。広場の酒宴は招待制だが、周りの通りは無礼講。屋台や出店の類が所狭しと立ち並び、市民達のみならず、中には貴族や豪族の類もそちらで舌鼓を打っていた。


「もっとこじんまりしたもんを考えてたが…………こりゃ宴席っつうか祭りだな。まあ俺達にとってもこういう方が有り難いけどよ」


 兎肉のソテーを頬張りながらフィオンは周りを見やる。レクサムで食べ慣れた肉であるにも関わらず、味付け次第でこうも変わるのかと食指は休まらない。

 同じく卓を囲むヴィッキーは食事の方は程々に、燻製肉を摘まみながら杯を傾け、少々がっつき過ぎなアメリアを止める。


「堅苦しく無いってのは方便かと思ってたが、本当だったね。……アメリア、旨いのは解るけどもうちょっと行儀良く食いな。…………テーブルマナーも少しは教えとくべきだったか」


 酒宴は立食パーティーの形式に近いが、休憩用以外に、飲食用の椅子と机も十分に用意されている。食事と酒を目的に来ている者達はそちらで存分に胃を満足させ、既に出来上がっている者達の快活な声は宴を盛り立てる。

 フィオン達も今はそちらに、あくまで一招待客として大人しく舌と喉を潤す。武器の類はご法度であり、帯の方は不安な程に軽い。


「解ってはいましたが、やはり警備は第二軍団ですね。頼りになると同時に今は……槍を向けられない事を祈るばかりです」

「そう心配するなってシャルミラ、変な事しなけりゃ問題無いさ。それよりほら、この肉食べてみろよ。向こうで鹿の丸焼きやっててさ、見た目も凄かったけど脂が更に凄くって……」


 警備に当たり治安を保障しているのは第二軍の精鋭兵達。領民達から絶対の信を置かれる深紅の甲冑は、鈍く厳しい輝きを放ち、宴席とは真逆の気配で警戒を怠らない。

 お目当てのリーズ候ガレンスは未だ姿を表しておらず、フィオン達は英気を養いその時を待つ。

 食事も飲み物も一級揃いであり、油断すればそちらに惹き込まれて仕舞いかねない。アメリアとクライグに感化された訳では無いが、五人は一時、皿と杯を満たしてはたちどころに平らげていく。


「しっかし……これってリーズ候の祝賀会なんだよな? いつまで主役不在で続けんだか。……まさかただの宴の口実で、皆そこまで慕ってる訳でも?」

「それだったらこんなに人は集まらないんじゃないかな? 私達は招待でタダだけど違う人達も結構……!」


 肉に齧り付いたまま、アメリアは何かに気付き広場の入り口を見やる。流石に行儀が悪いので、肉の方は直ぐ様ヴィッキーが取り上げた。

 数名のお付きと共に現れたのは、この宴の主役にしてリーズの主。陽の落ちた夜であっても眩しい程の笑みを放つ、円卓最強の騎士ガレンスであった。篝火に照らし出される金髪碧眼の生ける英雄は、一瞬で宴の中心となる。

 挨拶や何かをするまでも無く、瞬く間に人集りが形成され、広間の騒ぎは違った様相を呈しだす。


「……心配するまでも無く、人気の方は相当だね。ありゃ捌くのにも時間が掛かるだろう、あたし達が出張るのはその後……予定通りに動くとしよう」

「思った以上ですが、あれでは益々こちらか行く訳には参りませんね。立ち話でしたらウェーマスの話を終えた途端どこかへ行ってしまうでしょう。全て終えてからこちらに来て貰えれば、話す時間を割いてくれるかもしれません。では今の内に手分けして……」


 ガレンスを目的に来た者達は何列かに分けられ、用件の大小や内容に応じて兵達も対応していく。大半は宴に対しての簡易的な挨拶の類であり、次点に多い商談や縁談の持ち掛け、その他の話もテキパキと取り成されていく。

 一頻りの波を凌いだガレンスは次いで自身から、宴席のあちこちに散らばる用向きへ出向く。影響力の強い豪族や、政務に関わる商工会や教会との打ち合わせ。生家である太陽の騎士の系譜、その歴々へ顔を出していく。


「なんか、候って思ってたよりも……ずっと大変なんだね。偉いって言っても偉ぶってる訳じゃなくて…………そもそもあれって偉いのかな?」


 ぽろりと呟くアメリアに対し、フィオンは同じくリーズ候を見やりながら疑問に答える。立場というものには権利と同時に、責任や期待等の面倒なものも付いて回るものだと。


「間違いなく偉えし強えが、それに(かま)けてたら足元が掬われるもんだ。ましてや皆が期待してる円卓の子孫ともくれば……それを全部こなすのは大変だろうよ」


 同情の様な憧れの様な、色々と入り混じったものを飲み込み、杯を干してフィオン達は獲物を待つ。既に万端仕度は整えられており、机の上には迎撃の備えが出番を待っている。

 仕事にも等しい挨拶回りを終え、ガレンスはフィオン達の方へやって来る。供回りの兵はおらず付いているのはお付きが一人だけ。白と黒のよく似合ったメイド服を纏う、すらりとした長い金の髪の女性だった。


「待たせてすまなかったね、色々とやらねばならぬ事も多く……おっと愚痴はいけないな……早速だがエクセターやウェーマスの話を……!」


 フィオン達は席を立って出迎え、ヴィッキーが席へ招きながら応対する。 机の上には用意していた料理と酒の数々。今しがた手分けして集めて来た、まだ新しいものが揃えられている。


「素晴らしい宴席に招いて下さいましてまずは感謝を……更に御多忙の身で時間を割いて下さいまして重ねて御礼を申し上げます。……招待されておいてこれも妙とは思いますが、先程から何もお召しになっておられぬ御様子。こちらで一献どうでしょうか?」


 ガレンスはほぅっと息を漏らし、近くの兵士につぶさに視線を投げる。しっかりと観察していた兵士は安全だと言う事を頷きで示し、確認したガレンスは顔を崩して快く席に着く。


「ゲストに気を遣ってもらうとは私もまだまだ……しかし昼から何も口にしていなくてね、正直参っていたのだよ。ここはご相伴に預からせて貰い、まずはエクセターの話を聞かせて貰っても良いかな? ……君達の用件はその後に、しっかりと受けさせてもらうとも」


 しっかりと見透かしながらも、ガレンスは招きに応じてくれた。空腹の方も方便では無く、クライグ以上の健啖振りを見せながら、エクセターやウェーマスの話に耳を傾ける。

 港町ウェーマスでの睨み合いや森を利用しての防御戦術。膠着状態に入ってからは敵の策で一時あわやとなったが、ウェールズ候の第三軍、及びダークエルフ達と連携し撃退に成功した経緯。その後の休戦までの顛末もクライグは情報を得ており、ロンメルと異形の魔獣に関してのみは伏せ、エクセターでのカリング帝国との仔細を明かした。

 肉に魚に山菜に、用意していた料理は四人前はあったはずだが、あっという間にそれらは姿を消し、話を終える前に机の上には無数の皿と杯だけが並ぶ。ガレンスは別段苦しげな様子も無く、更に杯を傾けながらエクセターの話を聞き終えた。


「ふむ……ダークエルフ達とか。この近辺にも幾つか彼らの集落があるが……私も考えを改めねばならんかもな…………。有難うクレッド、大変参考になる話だった。戦以外の事にも収獲があるとは、思っても無い儲け物だな!」


 話を終えたクライグの背中をバシバシと、リーズ候ガレンスは気さくに接してくれる。酒の方も随分といっているはずだが、顔に赤味は無く呂律や居住まいにも乱れは無く、幾分か気配が軟化しているのみ。念の為にとクライグは偽名を使っているが、この分ではそれも杞憂だったのかもしれない。

 フィオン達は次いでこちらの知りたい事を、最も情報を得たい異形の魔獣に関し話の舵を切る。しかしそれらを直球に聞いては命取りにも成りかねず、あくまで聞き方には細心の注意を払い、一芝居を打つ。


「実はクランボーンの森で妙な事が……第三軍の方達が魔獣に襲われたとかって話を聞きましてね? あたし達はその時後方従事だったんで見てないんですが、こっちにやって来たのも避難の意味もありまして……リーズ候は何かお知りではないですか? 魔獣が出るとなってはどこへ行けば良いやら……」


 ヴィッキーはあくまで、無辜の旅人として魔獣の情報を求める。魔獣に近付くのではなく遠ざかる為に、安全な地を求める弱者の皮を被る。これならば話題に上げたとて怪しまれる事は無く、仮にガレンスが魔獣の件に噛んでおり嗅ぎ回られたくないならば、空言を混ぜるか無関係な地へ誘導するだろうと。

 ――――しかし、それは甘い目算だったのかと、空気は静かに熱を失くす。

 魔獣と聞いたリーズ候は、急に口を閉ざし目を細める。明らかに何か知っている反応であり、するりと動く腕は机の上の杯から、腰の物へと――――


「――――その話は少し……口に出すべきでは無いが…………。ここで会ったのも白馬の縁、君達の無事が少しでも増すのなら……他言は無用だよ?」


 ガレンスはズイッと椅子を引き、机に身を寄せちょいちょいと耳を貸す様に手招きする。軍刀が抜かれるのかと身構えかけたフィオン達だったが、何とか平静を装いそれに応じる。英傑の眸は打って変わって真摯なものだが、深翠の目に虚偽は浮かばず、甘いマスクは厳しくも固く噤まれている。

 言われるがまま机に寄り掛かり耳を近づけるフィオン達。ガレンスはそのまま声は潜めて小さく、変わらず落ち着いた態度で五人に囁く。


「実はウェールズ候ベドウィルから同様の……森で魔獣と遭遇したと言う報せを受けている。私が一時リーズに帰って来たのもそれが原因でね、我が軍も方々を調べている最中だよ」

「それは、つまり……まだ詳しい事は解ってない、そういう事でしょうか?」


 フィオンもヴィッキーに続き、あくまで魔獣に怯える民を演じる。予想外の反応に困惑はするものの展開としては悪いものでは無く、流れを絶えさせない様に。

 ガレンスは本気でフィオン達を心配しつつ、どこまで話して良いか話すべきでは無いか、諸々の勘案を巡らせ重々しく話を続ける。沽券や名誉を守るよりも、縁を持った一時の仲を重視し、謝罪と共に打ち明けてくれる。


「この地を預かる者としては情けない言葉だが、まだ何も解っていない。魔獣そのものも痕跡や巣の類も……被害報告も入っていないのは唯一の救いだが、真に面目無い」


 痛切に頭を下げるリーズ候に、フィオン達は目を白黒させつつアメリアの反応を注視する。こういった事に勘が鋭いアメリアは、候が嘘を付いているかどうかの判断役を任されていた。口を開かせればボロを出す可能性は最も大きく、自覚している本人も今はそれに集中している。

 金の髪の少女は、ガレンスは嘘を付いていないと首を振って無言で伝えた。感じるものは申し訳無さと他者への心配、隠し事や後ろめたさは無いと断じる。

 それを確認したシャルミラは、もう一歩踏み込んで情報を求める。異形の魔獣を知らない以上敵では無いと考え、しかし万が一を危ぶみながら演技は続行し。


「候が謝る事では……お話し辛い事を有難う御座います。大いに旅の一助になりますとも。……安全であれば王都の方に身を寄せようかとも考えていたのですが、候は先日までいらっしゃったのですよね? 何か王都の方で変事はありませんでしたか?」


 一連の黒幕がドミニア王ウォーレンティヌスであるのならば、その影響は居城であるコルチェスター城、王都で最も色濃く出ている可能性が有る。先日までそこにいたリーズ候ならば、王よりも権勢の強い彼ならば何か掴んでいるのでは無いかと問い掛けるが、嘘の臭いは僅かにも無く、ガレンスは首を横に振る。


「王都か、ふむ…………。いや、特に変わった事は……せいぜい物忘れをするとかの流行り病を噂で聞いた程度かな? 平穏そのもので魔獣の報せを受けた時には肝を冷やしたものだ。……そろそろ失礼させてもらおう。互いに実り有る話が出来た、この後も楽しんでいって――――!」


 話を終え席を去ろうとするガレンスだったが、机に寄っていた身は振り返り様に、軍刀の鞘をぶつけてしまう。大きな木の机はその程度ではビクともしないが、僅かに揺れた皿の端からは、骨が一つポトリと地に落ちる。

 骨が落ちたのはお付きのメイド、スラリとした清楚な女性の足元だった。

 屈んでそれを拾おうとするアメリアだったが、その前に――――


「ぁ……私が拾――!」


 アメリアよりも素早く自然な動きで、リーズ候ガレンスは跪き自身が落とさせた食い終わりの骨を拾い上げる。高貴な身の上でありメイドの足元であると言うのに、それを見たフィオン達の目には、何故だか()()()()きた。

 ぽかんとしたアメリアは、メイドの女性と目が合いぺこりと頭を下げる。


「……ぇーと……どうも」


 女性の方もそれに吊られ、涼やかで透明な声を少女に返す。軽く頭を下げただけのアメリアに対し、宴席には不釣合いな、女性の身形には相応しい所作で。


「ぁ…………御機嫌よう」


 メイドの女性はスカートを軽く摘まみ片足を下げ、カーテシーの挨拶を行った。

 背筋は真っ直ぐとしたまま頭を深く下げ、お手本の様なメイド然とした振舞ではあるが、その様は何故か、どこか…………


「こちらはセレーネ、私の専属のメイドだ。余り体は強く無いのだが色々と……とても助けになっている。……では改めて失礼するよ、引き続き宴を楽しんでいってくれ給へ」


 何事も無かったかの様に、再び挨拶を済ませガレンスは席を去って行った。メイドのセレーネも丁寧に礼をした後、その背中に続く。勇壮な美丈夫と慎ましやかな美女の主従であり、差し挟まれる異論は、無い様に思える。

 残されたフィオン達は奇妙な違和感を感じつつも、言葉に困るあやふやなものは捨て置き、得られた情報を整理する。まだ未確定の要素は多いが一先ずリーズ候は敵では無いと判断し、異形の魔獣に関してはやはりブリタニア南部、クランボーンの森周辺を探らねばならないと断定する。

 虎口での成果を得て一行が次に訪れるは、当初の目的地であるグラスゴー。

 ヴィッキーの故郷である北部の大都市に、新たな魔道の杖を求めに向かう。

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