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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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シロの翼……解放

 シリウは次に、ゆっくりと右手を上げた。

「我が右より出でしシロの翼よ……彷徨い悩む魂を掴みたまへ……」

 

 今度はシリウの右肩から腰へと描かれていた翼が具現化し、シャツを突き破って大きく広がった。 そして気を失っているガラオルの体を再び包むと、何かを掴んで離れた。

 今度はどこもガラオルと繋がっていないソレは、やがて人の形を作りはじめた。

「と、父さん?」

 ヤツハが思わず立ち上がった。

【シロの翼】に包まれながら宙に浮いている影は、やがて男性の姿になり、彼はゆっくりと目を開けた。 そして、皆に見守られながらゆっくりと近づくヤツハをじっと見つめた。 骨ばった頬に、小さな瞳が揺れていた。

「……ヤツハ……か?」

 小さくもはっきりとその口から言葉が生まれた。 その途端、ヤツハの瞳から涙があふれ出た。

「お……父さん……」

 頬を伝い落ちる涙を拭いもせず、ヤツハはまっすぐに、翼に抱かれたまま目の前にふわふわと浮かぶ父の姿を見つめていた。 ヤツハの父は、少し頬を緩ませた。

「そうか、ヤツハ……大きくなったなぁ……」

 いとおしそうに微笑み、見下ろしていた。 本来なら抱きしめあうのだろうが、それも適わぬ今、ただお互いを食い入るように見つめあう親子の様子を、サクたちはじっと見守っていた。 シリウがそっと言った。

「ヤツハ、今のうちに、言いたい事を全て伝えておいてください。 後悔のないように」

「なんだよ? ヤツハの父ちゃんを助けてくれるんじゃねーのかよ?」

 サクが驚きの声を上げた。 シリウは残念そうな顔で小さく頷いた。

「この術は、彷徨える魂を導き昇天させる術。 既に身体が無い今、これが精一杯なんです」

 ヤツハの父は、シリウに視線を移した。

「青年よ。 充分だよ。 こうして、立派に成長した娘にも会えた。 何も思い残すことはない」

 ヤツハを見つめた父は、再び優しく微笑んだ。 ヤツハはとめどなく流れる涙に構わず、父へと歩み寄った。

「父さん、あたしは、信じて良かった。 皆や、父さんのこと。 あたしは、父さんの娘に生まれて良かった。 ……母さんが天国で待ってるわ。 今度は、母さんを守ってあげて……」

 ヤツハは微笑みながら父へと手を差し伸べた。 父もまた頷いて自身の手を差し伸べた。 その指先が触れるか触れないかのところで、徐々に父の姿が透けはじめ、やがて消えてしまった。

 父は最期まで娘をじっと見つめ、微笑んでいた。

「ヤツハ……」

 サクが心配そうに声をかけると、ヤツハは涙を拭いて振り返った。 そして赤い目で微笑むと

「皆、ありがとう」

 と、シリウを始め、仲間たちを見回した。 サクはにっこりと頷き、カイルとラディンも微笑んだ。

 シリウも小さく微笑むと、キッと顔を上げてガラオルを見据えた。

 

 縛られたまま気を失っている体の横で【クロの翼】に捕まれたガラオルの魂は、必死にもがいていた。 だが【クロの翼】はびくともしない。

 シリウは静かに右手を下ろした。 すると、ヤツハの父を包んでいた【シロの翼】は空気に溶けるように消え、ボロボロになってしまったシャツが引っ掛かるシリウの背中には、再び翼の絵が戻った。

「では、ガラオルの魂を処分します」

 冷たく言うシリウ。 ヤツハは涙を拭きながらソウリンの傍に戻り、再びサクたちは、息を呑んで様子を見守っている。 シリウは暴れるガラオルの魂に冷たく言った。

「あなたは、数えきれないほどの人の心を踏み躙りました。 その代償は受けてもらいます」

 ガラオルの魂は大きく口を開けて激しく首を横に振り、怯えているようだった。

 カイルは、今から起こる全てを見逃すまいと睨み付けていた。 マチの仇を今、シリウが討とうとしている。 本当は自分の手で果たすべきだとずっと思ってきたが、今はシリウのたくましく頼れる背中に気持ちを預けていた。

「あなたは天国にも地獄にも行けません。 暗闇の中を永遠に彷徨うがいい!」

 シリウは気を込めて左手を握りしめた。 すると【クロの翼】が同じように握られ、ガラオルの魂は一瞬で握り潰され、身体中で断末魔を表現しながら粉々になって消えた。

 

 シリウが左手を下ろすと、再び左の背中には黒い翼が戻った。 その途端膝を付いたシリウに、カイルは急いで駆け寄った。

「シリウっ!」

 肩を支えるカイルに、シリウは汗だくの顔を向けて微笑んでみせた。

「さすがに疲れました……」

 尻餅を付くように座り込むと、シリウはカイルに体を委ねた。 熱い体温がカイルに伝わった。

「シリウ……」

 カイルは安心したように微笑んだ。 サクはシリウが大丈夫だと感じ、いまだ立ったままで動かないガラオルを見た。

「あいつ、死んだのか?」

 ガラオルを指差して聞くサクに、シリウは小さく頷いた。

「魂を抜き去ってしまいましたからね、もうあの身体はただの肉の固まりです」

「まずそうな肉だな……」

 ラディンがおそるおそるガラオルの体を見回した。

「じゃあ、終わったんだな! 全て!」

 サクは両手を上げて伸びをした。

「ヤツハ、良かったな!」

 サクに、はちきれそうな笑顔が戻った。 ヤツハは大きく頷いて、微笑んだ。

「皆、ありがとう!」

 微笑みながらヤツハを見つめる仲間たちの視野の端で、影が動いた。

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