ここで無理しないで、いつするんだよ!
「ふん! 死にぞこないが!」
ガラオルは少し眉をひそめて足元にツバを飛ばした。
「まあいい。 さあ、そのジジイを渡せ!」
「渡すか! お前は絶対許さねえ!」
サクが拳を握って気を溜めた。
「何度やっても同じだ。 お前は俺様に傷ひとつ付けることも出来ん!」
その言葉にサクは激昂し、ラディンも一歩前へと踏みだした。
「へっ! さっき、俺の蹴りはお前に入ったぞ!」
にやけながら言うラディンに
「ふん! あんなもの、痛くもかゆくもないわ!」
とガラオルは笑い飛ばした。
「なんだと!」
ラディンの怒りも増して、サクとラディンは力をこめた。
「「お前は絶対許さねえ!」」
二人は飛び出すようにガラオルへと飛び掛かった。
ガラオルは二人の拳や蹴りを受け流しながら、目はソウリンを捉えていた。 シリウはそれに気付き、ソウリンをそっと見やった。 カイルとヤツハに守られながら、ソウリンは土だらけの体でじっとしていた。 恐がっているようにも見えず、ただ静かに腰を下ろしている姿を、シリウは疑問に思った。
『このソウリンという人には一体、何があるのでしょうか……? ただヴァンドル・バードとの関係があるだけではないような……』
だが今はソウリンに色々と尋ねている場合ではない。 こうしている間にも、ガラオルの周りで、サクとラディンが飛び回りながら攻撃を与えている。
「くそっ! 当たらねえ!」
「でかいくせに動きが早い!」
二人はイラついた声で言いながら、ガラオルの前に立った。 ガラオルは少し息が上がった程度で、体の埃を落としながら余裕の表情をしていた。
「なんとかあの動きを止めたい……ヤツハ!」
サクがガラオルに目を向けたまま、声だけをヤツハへぶつけた。
「はっはいっ!」
「あいつを眠らせろ!」
「分かったわ!」
ヤツハはやっと立ち上がって精神を集中させると、腕を交差させた。
「百花眠々!」
ヤツハの両腕から紫色の花びらが放たれ、一斉にガラオルを包んだ。
「やったか?……!」
ラディンが様子を見守る前で、紫色の花びらの固まりが叩き落とされた。 ガラオルは、まるで平気な顔で立っていた。
「き……効かねえのか?」
サクが驚いた顔で言った。 ガラオルは空気を震わせて笑った。
「なんだ、今のは? 鼻がこそばゆいわ!」
フンと鼻水を飛ばし、ヤツハを睨んだ。
「だが、わが娘にしては、面白い技を使うな」
いやらしくにやりと笑うガラオルに、ヤツハは身震いして後退りをした。
「ヤツハ……!」
カイルは思わずヤツハの肩を抱いた。 かすかな震えがカイルにも伝わった。 きつく抱かれるままに、ヤツハは俯いてグッと唇を噛んだ。
ガラオルは再びにやりと笑い、五人を見回した。
「俺様に勝つつもりなのだろうが、やめておくべきだ。 今すぐそのジジイを置いて逃げろ。 そうすれば、見逃してやるぞ!」
勝ち誇った態度が、サクとラディンをイラつかせた。 荒い息をしながら攻撃態勢に入る二人。
その時、シリウが一歩前に進み出た。 静かに剣を抜いて中段に構えると、目を閉じた。
「シリウ……?」
ヤツハの肩を抱いたまま心配そうに呟くカイルの前で、シリウは気を溜めている。 カイルはヤツハの肩から手を離してすっと立ち上がり、剣を抜きながらシリウの横に立った。
「俺は何をしたらいい?」
前方のガラオルを睨みながら言うカイルに、シリウは目を閉じたままそっと微笑んだ。
「では、ガラオルの動きを少しの間、止めてもらえますか?」
カイルは頷いて駆け出した。
「サク! ラディン! 囲むぞ!」
カイルの言葉に弾かれるように走りだす二人。 ガラオルは余裕の顔で、自分の周りを走る三人を目だけで見ていた。
「おいおい、何をするつもりだ? 一人増えたくらいでは目が回るだけだぞ」
にやけながら言うガラオルを睨みながら囲んだ三人は、一斉に飛び掛かった。
「ふんっ!」
ガラオルが腕を軽く振り回した拍子に出来た風が吹き荒れ、三人は軽々と吹き飛ばされた。
「うわあっ!」
「くそっ!」
「まだまだだ!」
サクとラディンが立ち上がり、再び飛び掛かる間を縫ってカイルも走り抜けた。
「ちょこまかとうるさいハエ共だ!」
半ばイラつきながら再び腕を振ろうとしたガラオルの動きが止まった。
「んっ?」
ガラオルの太い腕には、白い糸が幾重にも巻き付いていた。 腕だけでなく、ガラオルの体全体を、糸は縦横無尽に張り巡らされていた。
「な、なんだこれはっ!」
目を剥いて驚くガラオルに、その足元で見上げながらカイルがにやっと笑った。
「カイル、いいもの持ってるじゃねーか!」
ラディンが笑い、サクは慌てて辺りを見回した。
「ガンクが居るのか?」
カイルは立ち上がると、腕を上げてみせた。
「さっきヤツハが縛られていたのを持ってきてたんだ。 何かに使えるかと思ってな!」
そう言うカイルの足元がふらついた。
「カイル! 大丈夫か?」
ラディンが駆け寄った。
「大丈夫。 この糸、かなり気を吸い取られるんだ。 その代わり……集中すれば操れる!」
言いながら理解したように、カイルはぐいっと糸を引いた。 するとガラオルの体が締め付けられ、悲鳴が上がった。
「うまくいきそうだな! シリウ!」
サクが振り向くと、気を溜めているシリウは体から紫色のオーラを立ち上がらせながら
「もう少しです!」
と額に汗を浮かべていた。 その時、ガラオルが咆哮を上げた。 そして両腕に力を入れて、糸を引きちぎろうとした。
「くっ! なっんて力……」
カイルが必死で糸を引っ張っているので、ラディンも手伝おうと糸を掴んだ途端、眩暈を起こした。
「な、なんだ、これ?」
一気に体中の力が吸い取られ、目の前が真っ白になりながら両足を踏張るラディンに、カイルは
「無理するな! お前も倒れるぞ! 手を離せ!」
と声をかけた。 ラディンは片目を瞑って顔を歪ませ耐えながら
「ここで無理しないで、いつするんだよ!」
と叫んだ。 するとカイルは唇の端で少し微笑み、再び腕に力を入れた。