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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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サクとラディンの模擬試合

「やめ! では今から、組み手をしてもらう!」

 キトの号令で、生徒たちは素早く壁ぎわに並んで座った。

 選ばれた二人が中央で向かい合い、試合をしていく。 それなりに力を付けた二人がぶつかる姿からは、将来の力強い希望が満ち溢れていた。

 やがてラタクが名前を呼ばれ、同じ年ごろの少年と向き合った。 ラタクは少し緊張した面持ちで立ち、対戦相手と握手を交わした。

「ラタクー! 教わったことをちゃんとやれば勝てるぞー!」

 サクが大声で声をかけた。 ラタクは強ばった笑みを向けて小さく頷いた。

「頑張れ、ラタク!」

 ヤツハも応援した。 カイルは緊張して固くなっているラタクを見つめながら

『あぁやって、シリウも力をつけていたんだろうな……』

 と思っていた。 シリウが居た道場に自分も居るという偶然は、本当に偶然なのだろうか? そんな不思議を感じながら、カイルは優しくラタクを見守っていた。

 

「始めっ!」

 キトが手を挙げて合図を送った。 二人は構えながら相手を伺い、タイミングを図った。

 やがてラタクが大声を上げながら掴み掛かり、相手の腕を取って組み伏せた。

「やった!」

 ヤツハが飛び上がらんばかりに身を乗り出した。 そのうちに、相手の少年は器用に体をくねらせて反転し、形勢は逆転されてしまった。

「ラタク! 返せ!」

 サクが懸命に応援し見守ったが、ラタクはなかなか体を返すことが出来ずにもがくだけで、とうとうキトが終了の声を上げた。

「やめ!」

 その言葉と共に二人の体は離れ、荒い息が道場に響いた。

「勝ち、サラタカ!」

 キトが対戦した子の名前を挙げると、サクたちはため息をつき落胆した。

「惜しかったな、ラタク!」

 サクが、帰ってきたラタクの肩を叩いて迎えた。 ラタクはひとつ大きく雄叫びを上げると、負けたことを激しく悔やんだ。

「くそっ! 今日こそは勝てると思ってたのに!」

 床を叩いて涙をこぼすラタクに、サクは笑いながら背中をさすった。

「また頑張ればいいさ! いい線いってたぜ、ラタク!」

「そうよ、サクだって最初は負けてばっかりだったんだから!」

「えっ?」

 驚いて顔を上げるラタクに、ヤツハは微笑んだ。

「いっつも怪我ばかりして、あちこち絆創膏や包帯だらけだったのよ」

 ラタクがサクの顔を見ると、照れ笑いを浮かべながら頭をくしゃくしゃっとかき

「だから、大丈夫だぜ!」

 と親指を立ててみせた。ラタクはやっと落ち着いたように笑顔を見せた。

 

 

「次! ラディンとサク!」

 

 途端、サクは驚いて自分の顔を指差した。

「オレっ?」

 戸惑いながらも、名前を呼ばれた手前、サクは道場の中央でラディンと向き合った。 そうなると、さすがにサクも気持ちを切り替え、闘志さえ溢れさせた。

「よっしゃ! 負けねえぞ!」

 指を鳴らすサクに、ラディンはふふん、と鼻で笑い腰に手を当てた。

「そりゃ、こっちのセリフだよ!」

 ラディンはおもむろに髪の毛をひとつにまとめた。 首筋にカモメ形のアザが見えた。 カイルはそれを見て、ミランを思った。

『息子さんは、立派に育ってますよ』

「いつかミラン先生と会えるといいわね」

 カイルの気持ちを読んだようにヤツハがそっと呟いた。 カイルは微笑んで頷いた。

「くれぐれも、道場を壊さんようにな」

 釘を刺すキトも、サクの実力を感じ取っていたらしい。 サクとラディンは睨み合った。

「大丈夫かしら?」

 ヤツハが心配そうに言うと、カイルも少し苦笑いした。

「心配だな……道場が」

「始めっ!」

 ヤツハたちの心配もよそに、試合は開始された。

 サクはラディンの動きを確かめるようにゆっくりと横へと歩を進めた。 ラディンもまたサクの正面に立ち、同じように動いていく。 数秒後

「はあっ!」

 最初に飛び掛かったのはラディンだった。 サクはひらりと身をかわすと、ラディンの腕に掴み掛かったが、それは逃げられ、再び二人は睨み合ったまま離れた。 緊迫した空気が道場を張り詰めさせた。

「なかなかいい試合じゃない?」

 ヤツハが呟くと、カイルも頷いた。

「ラディンもしっかり相手を見てる。 落ち着いてる証拠だ」

 次にサクがラディンの足元をすくおうと態勢を低くして掴み掛かり、逃げるラディンの膝を後ろから払い蹴りした。

「うわっ!」

 ラディンの膝が折れ、態勢が崩れたところでサクは彼の背後に回り、腕を首に回した。

「ぐっ……」

 ラディンは苦しそうな声を上げてもがいたが、サクの腕は食い込むばかり。

「っ!」

 ラディンの苦し紛れに繰り出された肘が、サクの腹に入った。

「ぐあっ!」

 ラディンの首を締め付けていたサクの腕が弛み、弾かれるように二人の体が離れた。

「ごほごほっ! 殺すつもりかよ……」

 咳き込みながら自分の喉をさするラディン。 サクは腹を抱えてもなおラディンを睨みながら立ち上がった。 二人の瞳の輝きは衰えてはいなかった。

「そろそろ終わりにするか!」

 サクが鼻をこすって笑うと、触発されたようにラディンが拳を握った。

「それはこっちのセリフだあっ!」

 サクに向かって突進するラディンを受け流すように、サクの体は低空にジャンプして膝元を狙って蹴りを入れた。 もんどりうって倒れこんだラディンが体を反転させると、体の上に仁王立ちしているサクが拳を構えていた。

「うわっ! 待てっ!」

 ラディンは本能で自分の命を危ういと感じた。 サクはにやりと笑った。

「これで終わりだ! 爆拳せ--」

 サクの声をかき消すようにその拳が蹴り上げられた。

「ぐああっ!」

 弾き飛ばされたサクが床に倒れこんだ。

「カッ……」

 ラディンはサクの拳を蹴り上げた人物が自分の体の上をふわりと飛ぶ姿を見送りながら、動けないでいた。

「カイル!」

 やっと声を出したラディンは上半身を起こした。 カイルは振り向いて心配そうに言った。

「大丈夫か、ラディン?」

「ん、ああ」

 まだ動悸が激しいままのラディンは息を整えた。

「何するんだよ、カイル! 試合中だぜ!」

 怒り心頭のサクの後ろに忍び寄っていたヤツハのげんこつが、サクの脳天に炸裂した。

「ラディンを殺す気っ?」

 カイルはラディンの手を取って起こしながら、サクを睨んだ。

「道場を壊すなって、最初に言われただろ?」

「えっ、そこっ?」

 ラディンは拍子抜けした声で言った。

「てっきり、俺を助けてくれたのかと……」

 カイルは鼻で笑った。

「ラディンもあれくらい受け流せるようになってると良かったんだが、まだそこまでの実力は持ってないと見たんでな。 手を出させてもらった」

 ラディンはガクリと頭を垂れた。

「やっぱり俺はまだまだだあ……」

 カイルはラディンの小さくなった肩を叩いた。

「でも、随分動けるようになったじゃないか。 思わずサクに必殺技を出させるくらいに」

 顔を上げるラディンに微笑みかけ、頭を抱えて痛みに耐えるサクを見て笑った。

「サクには、どんな攻撃よりもヤツハのげんこつが利くみたいだな」

 ラディンが呟くと、道場の中が笑いに包まれた。 キトはあきれたように腕を上げ

「サクの反則負け!」

 と判定を下した。

「ええっ! なんだよ! 勝負ついてただろうがよ! オレの勝ちだっ!」

 サクが驚きの声を上げると、キトは冷たい目でサクを見下ろした。

「いいか、対戦相手の命を取ることに価値はない。 戦いには必ずそれぞれの意味がある。 相手の心をどれだけ受け止め、折ることができるか。 それで勝敗はつくのだよ」

 カイルとヤツハもキトを見つめた。

「大切なのは、己の心で勝つこと。 小手先だけで勝っても、それは本当に勝ったとは言わない。 君たちがどんな訓練を受けてきたかは知らないが、少なくともこの道場では、そういう教えをしている」

 カイルとヤツハは理解し、満足して頷いた。 だがサクはまだ理解しがたい表情を浮かべたままふてくされていた。

 

 

「えっ? ラディンもついてきてくれんのか?」

 サクは飯を頬張りながら、嬉しそうに笑った。

 その夜も、キトの家で夕飯をご馳走になることにしたのだ。 サクはラディンと並んで飯をかきこんでいる。 ラディンは頷いて水を飲み、一気に流し込んだ。

「俺でも役に立つんだぜ!」

「頼りにしてるぜ! オレより弱いけどな!」

 悪気のない言い方だったが、ラディンは不機嫌な顔でサクの前の皿からとり肉を奪うと、頬張った。

「なっにするんだよっ!」

「へっ! 弱いから力をつけるんだよっ……ってててっっ!」

 ラディンの頬をひねって取り返そうとするサクに悲鳴を上げながら逃げようとし、バタバタする二人の前に、フォークが刺さった。

「「!」」

 動きが止まった二人が恐る恐る顔を上げると、苦笑するカイルの横ですまして食事をしているヤツハがいた。

「食事中は静かに」

「「……はい」」

 サクとラディンはおとなしく座り直した。

「やんちゃ坊主がひとり増えたみたいだね」

 カイルが苦笑いしながら言うと、ヤツハはため息をついた。

「旅に出る事に対しては心強いけど、一部不安だわ……」

 その様子を、キトが黙って見つめていた。

「さっき道場で、ハアヤ村へ行くと聞いたが?」

 サクがキトを向いた。

「ハアヤ村のこと、知ってるのか?」

 キトは少し躊躇しながら言葉を選んでいた。

「知ってはいるが……ハアヤ村へ行って何をするつもりなのだ?」

「シリウに会いに行くだけだ!」

 サクが明るく答えた。 シリウに会うのが楽しみで仕方ないように、頬がゆるんでいる。 キトはそれを聞いて少し安心した顔をした。

「そうか、ハアヤ村はそんなに遠いところではない。 気を付けて行きなさい。 帰ってきたら、またここで飯をご馳走しよう」

 キトは微笑んでみせたが、カイルはじっとキトの様子を伺っていた。

『何か隠してる?』

 横のヤツハは、相変わらず行儀の悪いサクとラディンを躾けている。

『気のせいかな……』

 やがて夕飯が終わり片付けをしたあと、サクたち三人はホテルへと戻ることにした。

「じゃあラディン、また明日ここで! 逃げるなよ!」

 サクがからかい気味に言うと、ラディンはむっとした顔で

「逃げるわけねーだろ! あんたこそ、迷子になるなよ!」

「なんだとぅっ!」

 カイルとヤツハは再び喧嘩になりそうな二人を引き離し、強引にサクを引っ張りながらホテルへの道を歩いていった。

 その姿が見えなくなるまで見送っていたラディンは

「さて、と、俺も帰ろっかな! 部屋も片付けねーとな……」

 とどこか清々しい気持ちで伸びをした。 その背中にキトの声がかかった。

「ラディン、少しいいか?」

「?」

 ラディンが振り向くと、キトの表情が何か重いものを語っていた。

「ラディン。 ハアヤ村に行ったら、シリウを連れてすぐに村を出なさい」

「どうしたんだよ? ハアヤ村に何かあるのか?」

 キトの重い雰囲気に戸惑いを隠せないまま尋ねたラディンに、キトは小さくため息をついた。

「ハアヤ村はいわくつきの村だ。 禁じられた武道を使う師範が居ると聞いたことがある。 同じ武道家として、きな臭い噂はいつも心の隅に影となって居着いていた。 シリウくんに限ってそんなことはないと思うが、もしかして、とも思う。 ラディン、シリウくんに不審な点があれば、助けてやってくれ……」

 キトにとって、一度でも稽古を付けたシリウは我が子も同然。 いかがわしい噂に流されてないか、心配なのだ。 ラディンはキトの表情や語り口から、ただ事でない雰囲気を感じ取っていた。

「分かった」

 ラディンは頷いた。

「大丈夫だ! シリウのことは、俺らに任せとけって! キトさんは心配せずに、道場の皆をびしばし鍛えてやってくれ!」

 ラディンはキトを安心させるように笑顔を見せたが、キトの顔は固いままだった。

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