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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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風来坊ラディン

 大変だった片付けも終え、ホテルへとヤツハが帰った後、リーフがキトの布団を敷いて寝支度をしていると、玄関の方で何か物音がした。

 土地柄もともと用心して鍵をしているわけでもないので、少し遅い時間ではあったが、また誰か知り合いが訪れたのだろうと軽い気持ちで玄関に向かった。

「誰かしら?」

 すると、玄関の戸口で誰かがうずくまっている影が見えた。

「? どうしたの? ……!」

 リーフはただならない気配を感じて灯りをつけ、遠目にその人物の顔を見て驚いた。

「ラディンくん?」

 リーフは驚いて駆け寄った。

「どうしたの? 何があったの?」

 そっと背中に手を置いて声を掛けたリーフに、ラディンはしばらくうずくまったままだったが、やがてゆっくりと顔を上げた。 そして絞りだすような声で言った。

 

「……腹減った……」

 

 数十分後、テーブルで丼を抱えるラディンがいた。 泥酔していたキトも、何の騒ぎかとさすがに目を覚ましていた。 まだ抜けていない酒の性で、頬と目が赤い。 目をこすりながら

「なんだ、久しぶりに突然訪ねて来たと思ったら、飯の用か?」

 とキトが呆れて言うと、ラディンは申し訳ない、と苦笑しながら頭を下げた。

「飲まず食わずで帰ってきたから……ここしか頼れる所がなかったし」

 それを聞いたキトは、少し嬉しそうに笑った。 そして思い出したように膝を叩いた。

「そういえば、さっきまでお前を探して若者たちが来ていたぞ!」

「若者たち?」

 ラディンは飯をかきこみながら聞いた。 ラディンにとっては、今は腹を満たすことで一杯でそれどころではなかった。 キトは寝起きの頭を一生懸命回転させた。

「お前と同じくらいの年頃の三人で、一人は……サクとか言ったかな?」

「ぶっ!」

 ラディンはいきなり吹き出してしまった。

「なっ! サクがっ? なんでっ!」

 動揺するラディンの前で

「あらあら……」

 と困ったように笑いながらテーブルを拭いているリーフ。

「なんの用事かは知らないが、また明日来ると言っていた」

 と言った後、キトは細い目でラディンを見た。

「んっ何だよ?」

「お前、何かしたのか?」

 ラディンはすっかり空になった器をバタバタと片付け始めた。

「なっ! なんでもねえよ!」

「待ちなさい!」

 キトは器を片付けようと席を立とうとしたラディンを止め、そこに座らせた。 そうなると、ラディンもキトには頭が上がらない。 おとなしく器を机の上に置くと正座に座り直すと、うつむいてキトの言葉を待った。

「ラディン、お前、逃げるつもりではないだろうな?」

 キトが静かに話すと、ラディンは少し視線を横にずらした。 キトは小さくため息をついた。

「お前がどうしたいかは、仕草を見ていれば分かる。 だがな、逃げるのは一番卑怯なやり方だぞ。 三人はきっと、遠い所からわざわざここまで訪れたのだろう。 右も左も分からないこの町でお前を探していた。 それがどういうことなのか、分かるだろう?」

 キトはあくまでも優しい口調でラディンに言い聞かせた。 ラディンはうつむいたまま、小さく頷いた。 少し離れた所から心配そうに見ていたリーフも、安心したようにそっと息をついた。

 

 

 その数十分後、ラディンはサクたちが泊まっているホテルの前にたたずんでいた。 もう灯りが消えている部屋ばかり。

『きっと皆、疲れて寝てるんだろうな……そうじゃなくても、明日道場で会えるんだ……』

 そう思って帰ろうとしたとき、ラディンを後ろから呼び止める声がした。 振り返ったラディンは目を丸くした。

「カイル……!」

 カイルはホテルの玄関口に立っていた。 慌てて駈け下りてきたのだろう。 少し息が上がっている。

「ラディン……」

「……」

 二人は次の言葉を無くしてしばらく見つめあっていたが、その空気に我慢できなくなったラディンが口火を切った。

「カイル、ごめん! 俺、ひどいこと言ったよな!」

 カイルは慌てて首を横に振った。

「お、俺の方こそ、ラディンのこと考えてなかった…… 傷つけたよな、ごめん!」

 ラディンはそれを聞いて苦笑した。

「じゃ、お互い様だな」

 カイルはホッとした顔をした。

 

 和解した二人は、そのままホテルの壁に寄りかかって話した。

「俺、あの後も何回か行ったんだ。 湖の方とか、学校の辺りとか。 もしあんたじゃなくても、誰かと会えたら謝らなきゃって思って……」

 ラディンは照れ隠しのように髪の毛をくしゃっとした。 カイルはそれを見てクスリと笑い

「俺たちはあれから話し合って、学校を卒業することにしたんだ。 で、今は自由の身」

 ラディンは目を丸くした。

「そうだったのか! でもなんで?」

「俺たちもシリウを待つばかりじゃダメだって気付いたんだ。 外の世界でだって体は鍛えられるし、なにより、じっとしていられなかった。 シリウにもだけど……」

 カイルは改めてラディンに向きなおした。

「ラディンにも会わなくちゃいけなかったしな」

 ラディンは思わず視線を外した。 カイルは静かに言った。

「ラディンの母さんが、『息子に会ったら、よろしく伝えてくれ』って」

 それを聞いて、ラディンは固い表情をした。

「急がなくていいと思うよ。 あの人も半ば諦めてるみたいだったけど……本当は会いたがってる。 ……俺からは、それだけ伝えておく。 後はお前の気持ち次第だ。 自由にしたらいい」

 カイルは再び壁にもたれて狭い夜空を見上げた。 その横顔を見ながら、ラディンは小さくため息をつき、壁から体を離した。

 

「明日、道場に来るんだろ?」

 ラディンの問いにカイルは頷いた。

「サクとヤツハもラディンに会いたがってる。 明日、ゆっくり話そう!」

 カイルが微笑むと、ラディンも微笑み返し

「カイル。 あんたには助けられてばかりだ。 ありがとう」

 と苦笑いをした。 カイルは首を横に振り、まっすぐにラディンを見た。

「ラディンの為じゃない。 自分の為だ」

「……そうか」

 ラディンは少し笑うと、手を挙げて背中を向けた。

 カイルは、暗い町へと小さく消えていく後ろ姿を見ながら胸を撫で下ろした。

「また、二人だけで話したって怒られるかな……?」

 そんな独り言を言いながら頬をかき、苦笑しながら自分の部屋へと戻って行った。


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