第二章:はじまり……ゴロナゴ町へ
ソラール兵士養成学校を出た数時間後には、三人は汽車に乗っていた。
目指すはゴロナゴ町。 ラディンが住む町だ。
そしてそこから、シリウがいるであろうハアヤ村へと向かう。
窓の外を流れる景色を眺めながら窓際に肘を突くカイルの頬が、知らず知らずのうちに緩んでいた。
「カイル嬉しそう」
ヤツハがカイルに囁くと、カイルは慌ててそっぽを向いた。 ヤツハは小さく笑った。
「そういう素直な気持ちを大事にしなきゃ」
ヤツハはカイルの肩を軽く叩いた。
「何を話してんだ?」
サクが頬をパンパンに膨らませて言った。 その膝には、さっき駅で買ったばかりの弁当が乗っている。 ヤツハはそれを見るなり眉をしかめた。
「サク、それもう二つ目じゃない!」
サクの足元には、綺麗に空っぽになった弁当箱が転がっている。
「これ、旨いぜ! 焼肉弁当! ヤツハもカイルも食べてみろって!」
満面の笑顔で言うサクに、ヤツハが言い返した。
「後で食べるわよ! まだゴロナゴまでは時間が掛かるのよ! 後でお腹すいたって言っても知らないからね!」
するとサクは動じない顔で、傍らに置いてある袋を持って見せた。
「大丈夫さぁ! まだこんなにあるんだぜ!」
袋の中には、まだ五つほどの弁当が積んである。
「そういうこと言ってるんじゃないのっ! もう、あんたは!」
頭を抱えて呆れるヤツハと、目の前にある弁当を美味しそうに頬張るサクを見ながら、カイルはクスリと笑ってまた窓の外を眺めた。
汽車はスイスイと山を越え、谷を越えて、軽快に走っていく。
二年前、サク、ヤツハ、カイル、そしてシリウは共に旅をした。 サクとヤツハはまだしも、それぞれがバラバラに集まり、何の共通点もなかった四人が揃ったのは奇跡でもあり、運命だったのだろう。
「不思議だな」
窓の縁に肘を乗せて二人を見つめるカイルに、サクとヤツハは不思議そうな顔をした。
「何が不思議なんだよ? 時々変なこと言うよな、カイルってさ」
サクが口をモグモグさせて聞くと、カイルは笑った。
「皆と居ると、安心するよ」
ヤツハは微笑みながらカイルの横に座り直した。
「あたしも。 皆と居ると安心するし、楽しい。 何より、寂しくないもの」
カイルはヤツハに頷いた。
「前は、そんなの要らないと思ってたけどな」
「人は、一人じゃ生きていけねえんだぞ!」
言いながらサクは、空になった弁当箱を惜しげもなく足元に落とした。
「少なくともオレは、一人じゃ生きて行けねえ! だから助けてもらうんだ!」
自信満々に笑うサクに、カイルは笑いながら足元のゴミを拾ってサクの膝に乗せた。
「そうだな。 じゃ、他の人に迷惑にならないように、これも片付けて!」
「ええっ!」
サクは顔を強張らせてそれらを見、渋々片付けている様子を見ながら、カイルとヤツハは肩を寄せて仲良く笑った。
「ゴロナゴ~ ゴロナゴ~」
冷たく機械的なアナウンスと共に、汽車はゴロナゴ駅のホームに滑り込んだ。
「サクっ! 降りるわよっ!」
ヤツハがよだれを垂らして爆睡しているサクを叩き起こし、カイルはサクの荷物も担いで、揃って汽車を降りた。
「おおおーーー! ここがゴロナゴかぁー!」
大きく両腕を伸ばして大あくびをしながら、サクは初めて訪れた町に感動していた。
ゴロナゴ町は、コンクリートで作られた建物が所狭しと立ち並んでいる近未来の町だ。 商業が盛んで、かっちりとしたリクルートスーツを着こなす人々が堅い顔で通り過ぎていく。 冷たい印象の町だった。
「さて、これからどうしようか……?」
カイルは周りを見渡した。
「とりあえず、泊まる所を探しましょう! 動くのはそれからでも遅くはないわ。 やることはたくさんあるもんね!」
ヤツハが駅を出たところに町の地図を見つけた。 駅周辺の地図には、たくさんの小さな四角が並べられていた。
「これ、なんだ?」
サクがその四角の一つを指差すと、カイルが
「建物の印だろう。 道の両脇は、店や会社の建物で埋め尽くされている。 かなり進んだ町みたいだな」
その中から『ホテル』と書かれた建物を見つけると、三人はまずそこへ向かった。
駅から程近い場所にそのホテルはあった。 実にこじんまりとした、【ゴロナゴ・ホテル】という小さな看板を見落とせば、あっさりと通り過ぎてしまうような場所にそのホテルはあった。
「いらっしゃいませ」
黒いスーツを着た従業員が頭を下げた。 きっちりとした訓練の賜物か、三人は滞りなく受付を済ませて荷物を一旦部屋に置くと、再び外に出た。
「ここは、観光にくるような所じゃないみたいね」
ヤツハが呟いた通り、何の遊びもないシンプルな内装に、静かなロビー。 淡々とした語り口調の従業員。 カイルは苦笑した。
「色んな町があるからな……」
「空も小さいし、息が詰まりそうだぜ! さっさとラディンを探しだそうぜ!」
サクはすでにつまらなさそうに言いながら、頭の後ろに手を組んだ。 ヤツハも苦笑して
「そうね、贅沢は言ってられないわ。 早くラディンを探しましょう!」
「でもどうやって……?」
カイルは途方に暮れていた。 右も左も分からない町で一人の人間を探すのは、容易なことではない。 同感のヤツハがため息をつこうとしたとき、サクが
「んなの、呼びながら走り回ればいいんだよ!」
と飛び出そうとした。
「ちょっと待ちなさいよ! ここは学校じゃないんだからね! 迷子になったら--」
ヤツハの声はサクには届かなかった。
「待ちなさいってば、サクっ!」
叫ぶヤツハの肩を押さえて、カイルは言った。
「ま、大丈夫だよ……ホテルの場所さえ分かっていれば、腹が減ったら帰ってくるさ!」
カイルに振り返ったヤツハは、肩をすくめてため息をついた。
「それもそうね」
どこかへと暴走してしまったサクは放っておいて、カイルとヤツハは二人でラディンを探すことにした。 しかしラディンがどこにいるのかなんて、検討もつかない。 二人はとりあえず、町の中を歩いてみることにした。
「静かな町ね……」
夕刻間近のゴロナゴ町は、人の往来もまばらで実に冷たい空気が漂っている。
「本当にこの町に、ラディンがいるのかしら……?」
街灯も少ない町中をあちこち見ながら歩くヤツハは、不安げに言った。 不安に思うのは、カイルも同じだった。
「だけど、ラディンはこの町で修業してるって言っていたし…… !」
その途端、二人は顔を見合わせた。
「「道場!」」
「そうか、道場を探せばいいんだ!」
「手がかり、掴めそうね!」
安心したのもつかの間、二人はその道場の名前すら知らないことに気付いた。
「片っ端から探すしかないか……」
カイルは肩をすくめた。
二人は町の中心部を目指した。 役所のような所があれば、この町の道場の場所くらい分かるだろう。
もうすぐ暗くなる。 二人の足は、次第に早足になっていた。