三人の決意!
「行こう!」
そう言うサクに手を捕まれ、引っ張られるようにヤツハが訪れたのは、ソラール兵士養成学校の医務室だった。
机に向かって何か書いていたミランは、勢い良く扉を開けたサクを見たが、特に驚いた様子もなくペンを止めて、またか、という顔をした。
「サク……今度はどこを怪我したんだい?」
くわえ煙草で、半ば呆れた声を出して背もたれに身をゆだねるミランに、サクは詰め寄るように近寄った。
「会ってやれよ!」
「んっ?」
意味が分からず困惑した顔のミランに、サクの後ろからヤツハが補足した。
「ミラン先生の息子さんが、見つかったのよ!」
「!」
ミランは背もたれから体を離し背筋を伸ばして、ヤツハを見、サクを見て目を丸くした。
「一体何を……」
「首の後ろにカモメのアザがある! ソルティヤって名前のラディンが、先生の息子なんだろ?」
「サク、言ってることが滅茶苦茶!」
ヤツハが慌てて制止し、ミランに説明をした。
旅先で出会った友人ラディンについさっき再会し、ひょんなことから首にあるカモメのアザを見つけたこと。 ソルティヤと言う名前にひどく反応したこと。 その話をカイルから聞いたということ――
一通り話を聞きおわったミランは、すっかり短くなったタバコをもみ消した。 そして長いため息を吐いたあと、後れ毛を耳にかけた。
サクとヤツハは並んでベッドに座り、ミランの様子を見つめ、答えを待っていた。
「分かった」
そう返事をしたミランに、サクは嬉々として立ち上がり、言った。
「あいつならまだ湖に居るはずだ! まだ間に合うぜ!」
ヤツハも立ち上がって湖に向かう気持ちを整えた。 だがミランは椅子から腰を上げる様子も無く
「待て。 誰が会うと言った?」
と冷たく言った。 サクとヤツハは驚いてミランを見つめた。
「あんたたちの話は分かったと言っただけ。 会うとは言っていない」
そう言うとそっぽを向き、また書き物を始めた。
「な、なんでだよ? 自分の子供だぜ? なんで会ってやんないんだよ?」
サクが納得行かない顔でミランに言った。 掴み掛かりそうな勢いのサクの腕に、ヤツハは必死でしがみついた。 だがそのヤツハにも、ミランの気持ちが分からないでいた。
「先生、どうして……?」
ミランは手元に視線を落としたまま面倒臭そうに言った。
「用はそれだけかい? あたしは忙しいんだ。 用が無いなら出ていきなさい!」
「先生!」
サクが叫ぶように突っ掛かると、突然ミランが立ち上がった。 そしてずかずかと二人に近づくと、視線を合わせないように背中を押して部屋から追い出していく。
「ちょ、ちょっと先生っ?」
二人があたふたしていると、ミランは
「あたしは忙しいって言ってるだろう! 仕事の邪魔だ! 出ていきな!」
と言い捨て、ぴしゃりと扉を閉じてしまった。
「ミラン先生っ! なんでなんだよ? 自分の息子だろっ? ラディンに会ってやれよ!」
サクは扉を叩きながら言ったが、その扉が開く気配はなかった。 向こう側では、扉にもたれて額に手を当てて俯くミランがいた。
「何で……今更……」
「お節介なんだよ……」
ラディンは後ろに立つカイルの気配を感じながら、両膝に顔を埋めたまま言った。
「自分を捨てた奴なんかに、会えるわけないだろうが……」
カイルは何も言えないでいた。 親に会いたいと思うのは、当然だと思っていたからだ。 ヤツハもサクも、自分の親を大切に思っている。 カイルは戦争孤児だったので、両親の顔すら知らない。 育ててくれたマチのことは、勿論本当の母のように慕っていたが、やはりふとした時に実の親を想う時はあった。 だから誰でも、親に会いたいと思う心に違いはないと信じていたのだ。
だが、ラディンは違っていた。
少し手を伸ばせば届く親に、会いたくないという。 ラディンは母を『自分を捨てた奴』と罵倒した。
言葉を失ってしまったカイルの前に、ラディンは立ち上がった。 まだ上半身裸で、手には生乾きの服を握っている。 立ち去ろうとするラディンを引き止めたくて言葉を探していると、ラディンはすれ違いざまに
「あんただけは、分かってくれると思ってた……」
と呟いた。
「っ!」
振り向くと、すでにその姿は消えていた。
「ラディン!」
その気配はもう無く、カイルは何も出来ずに立ち尽くしたまま、湖からの風に吹かれていた。
「カイルっ!」
ヤツハがカイルの姿を見つけて駆け寄ってきた。 サクも一緒だ。
「ラディンは?」
サクの問い掛けに、岩にもたれてうなだれていたカイルはゆっくりと顔を上げた。
「もう居ない……」
消え入りそうなほど小さな声で言うカイルに、ヤツハが心配して近づいた。
「何があったの? ラディンに何か言われたの?」
カイルは俯いてため息をついた。
「嫌われた……」
「えっ!」
ヤツハが聞き返すと、カイルは頭をかきむしった。
「誰だって、親には会いたいと思うだろ? 俺だってそうだ……。 自分の親を、自分を捨てた奴だと言うあいつに、かけてやる言葉がまるで見つからなかった……」
「カイル……」
ヤツハがカイルの震える肩を抱いて、寄り添った。 その時サクが呟いた。
「シリウなら……こんな時、どう言うかな……?」
その言葉に、二人は顔を上げた。
「ほら、あいつ、色々と器用だからさ、こんな時どういうのかなあって、さ。 きっとこんな時だって、簡単に解決しちまうんじゃねーかな?」
サクは苦笑いして頭をかきながら言った。
「シリウに会いたい……」
カイルが呟いた。 ヤツハは小さく震えるカイルの身体を優しく抱き締めた。 ヤツハにも、どう言葉を掛けていいのか分からないのだ。 ただ抱きしめてやることしか、自分の気持ちを伝えられなかった。 その様子を見て、サクが意外に明るい口調で言った。
「よし! 会いに行くか?」
「えっ?」
ヤツハはサクを見た。
「会いに行くって……もしかして、ラディンが教えてくれた村まで行くってこと?」
「ああ!」
サクは強く頷いた。
「いい機会じゃねえか。 ラディンとも仲直りしてえしさ、こんな所でくすぶってるのも飽きてきたし、シリウにばっかりいい格好されるのも癪だし!」
サクはにっと笑った。
「サク、それって……」
ヤツハが言い掛けると、サクは拳を握り上げた。
「卒業するんだ!」
「!」
カイルもその思いがけない案に、急に心の扉が開いたような気がした。
「そうだな……」
そう呟いて微笑むと、頷いて言った。
「待ってるだけじゃ、つまらないしな!」
少し明るくなったカイルに、ヤツハは呆れた顔をして言った。
「本当にあんたたちは……ま、カイルはシリウに会いたくて仕方ないから分かるけど!」
そして笑顔になると
「分かった! こうなったら、あたしも付き合うわ! 三人で卒業しましょう!」
と、勢いよくカイルの肩を叩いた。