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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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それぞれの思い

「ラディン、元気かなあ?」

 店から出て歩き始めたヤツハが、ふと呟いた。 カイルは空を見上げた。 昼下がりの穏やかな日差しが気持ち良くて、眠気を誘われる。

「元気だよ、絶対」

 カイルも呟いた。ヤツハはその横顔をちらりと見て微笑み、そうね、と頷いた。

 やがて二人は広い芝生の整備された公園につき、一角のベンチに座った。

「ねえ、別れるときのラディンの様子、どうだったの? 旅立つこと、カイルにだけ伝えて行ったんでしょう? やっぱり、すごく悩んでた?」

 ヤツハはカイルの顔を覗き込みながら言った。 カイルは少し困ったように黙っていた。

「正直、少し悔しかったの。 できれば、私達にも一言言って欲しかったなぁって。 だって仲間なんだもん……」

 ヤツハは芝生の上で遊ぶ家族連れを見つめていた。

 長いまつげがくるりと上を向き、女の子らしい目元。 緩やかな風に、栗色の前髪が揺れている。 心から和んだ表情で、父と子が戯れる様子を見つめている。 カイルはその横顔を見ながら、ヤツハになら話せると思った。

「ヤツハ、実は……」

 カイルはあの夜のことを思い出しながら、ゆっくりと話した。

 数分後――

 

「えぇぇぇっ! カイル、ラディンとキスしたのっ?」

 案の定、ヤツハの驚きようは半端では無かった。 思わず立ち上がり

「なんでカイルばっかりもてるのよっ!」

 と悔しそうに言うヤツハに、カイルは

『そこかよ?』

 と苦笑するしかなかった。 ヤツハはぐいっとカイルの瞳を覗き込んだ。

「じゃっ……じゃあ、カイルのファーストキスはラディンなの?」

 そう言われて、カイルは思わず迫るヤツハから視線を外すと

「そ、そうなるよね……」

 と頬を赤らめながら呟いた。 実際、あの時は一瞬の出来事だったが、近づいてくる顔の速度や唇の感触は鮮明に覚えている。

「シリウには絶対言っちゃだめよ!」

 少し睨むように言うヤツハに、カイルは

「い……言わないよ……」

 と押され気味に答えた。 ヤツハはベンチに座りなおすとふんぞり返り、遠く空を見上げた。

「あーあ! シリウが知ったら落ち込むだろうなぁ~」

 そして再びカイルに向き直った。

「あたしもシリウには言わない! 約束するから、安心して!」

 と小指を差し出した。

「約束!」

 カイルは促されて自分の小指を出してヤツハのそれに絡めた。

『約束……か……』

 二人の絡む小指を見つめながら、カイルの脳裏には何故か、故郷ザックで自分を待ってくれているオッカやカゲ、マスターの姿が浮かんだ。

『必ず生きて帰って、セブンスヘブンの用心棒になるよ』

 カイルはそう約束をした。 そんな会話も、かなり昔の話の様に思えた。 今までたくさん色んなことがありすぎた。 そして今は、ひと時の平和な時間を過ごしていることに、不思議な気分もあった。

「今度オッカを紹介するよ」

「オッカ?」

 見知らぬ名前を聞きなおすヤツハに、カイルは微笑んで頷いた。

「俺の友達。 故郷に居るんだ」

「素敵! 会いたい! 絶対会わせてね!」

 ヤツハはとても嬉しそうに言った。

 夕刻に向かう公園に、二人の楽しげな会話が響いた。 二人共、とても輝いた笑顔をしていた。

 

 

 一方その日、シリウはサクを訪ねていた。

 サクは、動武道場で汗を流していた。 旅から帰ってきてから、訓練に余念が無い。 動かずにいられない性格もあるのだろうが、一番は、ガラオルの件だろう。

 学校に戻ってきた時、報告の中にガラオルの件は入っていなかった。 サクたち四人だけの胸に秘め、次の行動のために自分が出来ることをすることに皆で決めた。 サクたちがガラオル討伐の為に動いているということは、誰にも内緒だ。

 シリウはストレッチをするサクに近寄った。 気付いたサクは動きを止め、汗の滲んだ顔を上げ、シリウと分かると健康的に微笑んだ。

「おう、シリウ! 元気でやってるか?」

 昨日のナトゥとの乱闘騒ぎで負った頬の怪我が、大きなバンドエイドで手当てされている。 シリウはそれには触れず、いつになく真面目な顔でサクに話し掛けた。

 

 ――その数分後、動武道場は喧騒に包まれた。

 サクとシリウが殴り合いを始めたのだ。

 普段仲の良い二人が……しかもいつも温厚なシリウがいきなり喧嘩を始めたとあっては、生徒達も戸惑いを隠せなかった。 ざわつき、手も出せなくて取り囲む生徒たちや、教官を呼びに走っていく生徒。

 しばらくして動武道の教官サライナが駆け付けたときには、二人は殴り合いも終えて武道場の真ん中で並び、大の字になって寝転んでいた。 その顔は、二人ともどこか満足した表情だった。 傷だらけの体で手足を投げ出したまま、サクは天井を見ながら言った。

「分かった! シリウに任せる!」

 シリウは同じように天井を見ながら微笑んだ。

「ありがとう、サク。 必ず目的を果たしてきます」

「お前なら出来るさ!」

 サクはシリウを見てにっと笑い、彼も汚れた眼鏡で笑った。 取り囲む生徒たちやサライナ教官は理解が出来ず、ただ呆然と見ているだけだった。


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