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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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ミランの過去……カイルとヤツハのデート

「まだ若い頃、私は荒れていてね。 夜な夜な街で遊んでは男を引っ掛けていた。 そんなとき、間違いを起こした。 身籠ったんだ。 まだ十八歳だった。 親にも相手にされなくなってた私に、子供なんて育てられるわけがない。 家族には散々責められ、答えを求められた。 それは必然的に、【堕ろせ】という脅迫だった。 けれど私は、たった一人で痛みをこらえて産んだ。 血を拭き取って抱きかかえた腕の中の息子は、そりゃあくしゃくしゃの顔をして、おとなしく眠っていた。 その寝顔を見ていたら、私では母になれないと急に怖気づいちまった。 だから、夜中、人がいなくなった公園の端っこに、タオルにくるんで置き去りにした。……私は、自分の子供を捨てたんだよ……」

 

 

「ミラン……先生?」

 カイルは言葉を無くしてミランを見つめていた。 ミランの頬には一筋の涙が伝い落ちていた。 それに気付いたミランは、慌てて指先で拭くと苦笑した。

「首の後ろに、カモメみたいなアザを持ってた。 ソルティヤなんて名前まで付けちまった。 今でもあの子が生きているのか、死んでしまったのかもわからない。 けれど、私は生き続けてしまった。 その罪を背負うために、医者を目指したのさ」

 ミランは白衣の襟を正した。

「少しでも、生ける命を救いたくてね……詫びにもならないけれど……」

 ミランはいつも勝ち気で、怪我をしてきた生徒に罵声を浴びせながらも治療の腕は確かだった。 内心は、自分に頼ってくれるのが嬉しかったのかもしれない。 生徒達を自分の息子の様に思いやり、見守っていたのだろう。

 カイルはじっとミランの顔を見つめていた。 どんなに考えても、かけてやれる言葉を見つけられなかった。 ミランは自虐的にフッと笑い

「変な話をしちまったね。 ちょっと思い出ししまっただけさ。 忘れてくれ。 カイルには関係ないことだ」

 ミランは弾けるようにカイルから離れ、ベッドのシーツを整頓しはじめた。

「カイル」

「は、はい?」

 ミランはカイルを見ずに手を止めた。

「シリウは、あんたを一目見たときからずっと気に掛けていた。 何かあったら、彼を頼りなさい。 決して、一人だけで無理をするんじゃないよ」

 カイルは胸の動悸を感じた。

「シリウが……?」

「シリウだけじゃない。サクもヤツハも、信じること。 出来るね?」

 命令口調で言うミラン。 眼鏡の奥で光る瞳を証拠に、いつものミランに戻っていた。 カイルは安心し、頷いて微笑んだ。

 グラウンドでは、サライナ教官が必死にサクとナトゥを制止していた。 そのうち風紀教官のゴンドルが現れ、罰と説教の嵐が二人を襲うのだろう。

 ソラール兵士養成学校には、再び騒がしい風景が戻っていた。

 

 

 翌日。

 シリウは朝から図書室で読書をしていた。

 学校に帰ってきてからずっと、シリウは図書室に入り浸って何か調べものをしている。 そこへカイルがやってきた。 それに気付き、書物から目を離したシリウの目は、いつも通りの優しい雰囲気を漂わせていた。

「おはよう、カイル。 もう体の調子はいいんですか?」

 カイルは頷いてシリウの対面に座った。 若さ故だろうか、一晩眠っただけで随分体が軽くなっていた。 慣れた場所に戻ってきたことが、回復を助けたのかもしれない。

「シリウこそ、しっかり休めたのか? 腕の調子はどう?」

 カイルが尋ねると、シリウはにっこりと微笑んだ。

「ええ。 体調はもうすっかり戻りました。 まだ肘には少し痛みが残っていますけど、ミラン先生の腕は確かですから。 しかし、ラディンもひどいことをしますよねぇ」

 シリウはおどけながら、包帯に包まれている左肘を動かしてみせた。 カイルは苦笑いをしながら、シリウの手元に山積みになっている本の山を見た。

「何か調べものをしているのか?」

 その一冊を手に取って見ると、淡くぼやけた紺色の表紙に白文字で【魂の行方】と小さくタイトルが載っていた。

「魂の……?」

 シリウはカイルの手から優しく本を取り上げると

「ガラオルからヤツハの父親の魂を解放させる方法を探しているんです。 でも、こんな小さな図書室では、情報量が少なすぎる……」

 シリウは眉を寄せた。

「何か、俺にも手伝えることはないか?」

 カイルがシリウの顔を覗くように言うと、シリウは一変して嬉しそうに微笑んだ。 その時

「カ~イルっ!」

 不意に背中を叩かれ、驚いて振り向くと、ヤツハが満面の笑顔で立っていた。

「なんだ、ヤツハか」

 息をつくカイルに、ヤツハは膨れっ面をした。

「何よ! お楽しみのところを邪魔して悪かったわね!」

 カイルはその声量に焦ってシーッと唇の前で人差し指を立てた。 周りの生徒たちが迷惑そうな顔で見ている。

「邪魔じゃないですよ。おはようございます、ヤツハ」

 シリウは微笑んだ。 ヤツハは少しトーンを落として話した。

「シリウは本当に優しいわね。 邪魔ついでにいいかな?」

「?」

 ヤツハはカイルを見つめた。

「ね、今日時間空いてる?」

「えっ! 俺?」

「そう!」

「いや、今日はあの……っ! ちょ、ちょっとヤツハ――」

「シリウ、ちょっとカイルを借りるわね!」

 有無を言わさず、ヤツハはカイルの腕を抱えて、引きずるように図書室を出ていった。

「カイルとヤツハ、すっかり仲良しですねぇ」

 消えた二人の余韻に浸りながら呟いて、シリウはまた静かに書物へと視線を落とした。

 

 

「ちょっとヤツハ! 一体どこに行くつもりなんだよ?」

「町!」

「えっ?」

 引かれるままにカイルは養成学校の敷地を出て、山を下り、気付くと麓の町ヴィルスに立っていた。

「ヤツハー?」

 意図が分からず、若干息が上がりながら、カイルはヤツハに答えを求めた。

「一体どういう事だよ?」

 ヤツハはにっこりと微笑んだ。

「プレゼント!」

「プレゼント?」

 ヤツハは頷いた。

「そう! 明後日ね、サクの誕生日なの! だから、誕生日プレゼントを渡してあげたいのよ」

 カイルはやっと離してくれた腕を腰に当てて、迷惑そうに顔をしかめた。

「俺は関係ないだろ?」

 するとヤツハは目を丸くして驚いた。

「何言ってんのよ? カイルだってサクにはお世話になってるでしょ? 一緒に選んでよ!」

 当たり前の様に言うヤツハに押されながら、カイルは

「世話って……」

 世話になった覚えはない、と言いそうになったが、言葉を飲み込んだ。 今のヤツハの顔は真剣そのものだ。 胸の前で握る細い指に力がこもっている。 カイルはその心に免じて、仕方なく、という風に

「分かった」

 と頷いた。

「ありがとう! カイル!」

 ヤツハは満面の笑みでカイルの腕に絡み付き、まるで恋人同士のように歩き始めた。

「ちょ、この腕!」

 恥ずかしそうに言うカイルに

「イヤなの? じゃ、手を繋ぐ?」

「どっちも嫌だ!」

 逃げ腰のカイルに、ヤツハは楽しそうになおもしがみついた。

『む……胸が当たるんだよ……』

 カイルの腕に、ヤツハの胸のふくらみが伝わっている。 いくら女同士でも、やはり動揺する。 それを知ってか知らずか、ヤツハはぐいぐいと自分の胸を押しつける。

「やめろってー!」

 叫びにも似た訴えに、ヤツハは笑った。 そうこうしているうちに、二人は雑貨屋に入った。

「うわぁ……」

 棚の中だけでなく、壁や天井までもがファンシーなグッズで覆い尽くされている店内で、カイルはただただ呆然と周りを見渡していた。

 今までほとんどモノクロの世界で生きてきたカイルにとって、カラフルで煌びやかな店内は、異世界そのものだった。

「カイルっ! こっちこっち!」

 手招きされ、フラフラしながら近づくと、ヤツハはピンク色のカチューシャを付けて微笑んでいた。 眩しさに目が眩んでいると、カイルの頭上に暖かい感触が触れた。

「ほら、見て!」

 姿鏡の前でヤツハと並ぶカイルは、フワフワの帽子を被らされていた。

「わっ! なんだこれっ!」

 驚いて帽子を取ると、ヤツハは残念な声を出した。

「なんで取っちゃうのよ? 似合うわよ、カイル」

 ヤツハは微笑んだ。 カチューシャに光が反射して、カイルの目がまた眩んだ。 ヤツハは目を細めるカイルに笑いながら、棚に並ぶ雑貨の品定めをしている。

 カイルも手持ち無沙汰で、すぐ横にある棚から小さなぬいぐるみを取り、見つめた。 熊の形をしたソレは、愛らしい表情でカイルを見つめ返している。 フワフワの毛皮が手のひらを暖め、優しい感触に心が和む気がした。

「カイルも、シリウに何か選んであげたら?」

 その言葉にカイルは戸惑い、急いでぬいぐるみを棚に戻した。

「なっ! 何で俺がっ! シリウなんかにっ!」

 ヤツハは笑いながら

「まあまあ……きっと喜ぶと思うわよ!」

 と、雑貨のひとつを手にして会計を済ませた。 カイルはまた店内を眩しそうに見回した。

 

 

「ね、何か食べようか!」

 と言うヤツハの言葉に、気付くと昼も過ぎていた。 人の往来は賑やかで、町の繁栄を物語っていた。 ヤツハとカイルは、一角のレストランに入った。

「平日なのに、どこもすごい人ねー!」

 ヤツハは窓の外を見て目を輝かせた。

「町へはよく来るのか?」

 カイルは店員が持ってきた水を飲み、ほっとした顔をした。 正直、慣れないことをして少し疲れていた。 ヤツハは微笑んだ。

「たまに友達とね。 でも休日にしか来れないから、凄く混んでるのよ。 今日みたいに平日なら空いてると思ったのにな……ヴィルスの町を甘く見てたわ」

 残念そうな顔をして、水に口をつけた。

「俺は初めて来た」

 カイルの言葉に、ヤツハは驚いた顔をした。

「今まで一度も来たことないの?」

 カイルは苦笑した。

「ここに来る理由なんてなかったから。 それに、そんな余裕もなかった」

 カイルはずっと一人で暗い過去を背負い、ただガラオルへの復讐のためだけに生きてきた。 だから、町へ遊びに行く考えなど思いつかなかったのだ。 ヤツハはそれを察知して、切ない顔をした。

「あたしの父さんがアイツの中で生きていなかったら、もっと早く解決していたかもしれないわね……」

 少し俯いて言うヤツハに、カイルは驚いて首を横に振った。

「ヤツハ、自分を責めるな! 必ずヤツハの父さんは助ける! それに……」

「?」

「ヤツハの父さんのおかげで、考える時間が出来た。 それがなかったら多分……犬死にしていた」

 ヤツハは息を呑んだ。 そこまで追い詰められていたのかと感じたのだ。 カイルは安心させるように、微笑んで見せた。

「だから俺は、ヤツハの父さんに助けられたんだと思うんだ」

 ヤツハは息をついてカイルを見つめた。

「カイルに笑顔が戻るように、あたしも頑張るから」

 その言葉に、カイルは胸を打たれた。

 見えない父親を追いかけた結果、大悪党の体の中に息づいているのを知って、落胆しているはずなのに。 目の前のヤツハは、ただ仲間のために元気づけようとしている。 カイルは頷いた。

「お互い、頑張ろう! 願いを叶えるために! 俺たちなら出来るよ、きっと!」

 二人は笑いあった。 お互いに、本当の友達を見つけた気がしていた。

 そしてさっきとは一変して肘をついてカイルを見つめるヤツハに、カイルは怪訝な表情で尋ねた。

「何?」

「あたしたちって、デートしているように見えるかしら?」

 いたずらっぽく微笑むヤツハに、カイルは周りを見渡した。 レストランは八割の客で埋まり、誰もお互いを気にする風もなく、自分たちの私欲のために料理を楽しんでいる。 カイルは不意におかしくなって吹き出した。

「何よ?」

 ヤツハが顎を上げて不機嫌そうに言った。

「いや、誰もそんなこと気にしてないんだろうなって」

 するとヤツハも周りを見渡して、また顎に手を置くとため息をついた。

「なぁんだ、つまんない!」

 膨れっ面をするヤツハの前に、オーダーした料理が運ばれてきた。 その途端に、ヤツハの顔がほころび、笑顔になった。

「わぁい! もうお腹ペコペコ!」

 すぐにカイルの前にも料理が運ばれ、テーブルの上は美味しそうな香りに包まれた。

「いただきまぁす!」

 と満面の笑みを浮かべて食べ始めるヤツハを見ながら、カイルはクスリと笑った。

「何よ?」

 気付いたヤツハが料理で頬をいっぱいにして聞くと、カイルはまた笑って言った。

「いや、サクみたいだなあって」

「えっ! どういう事?」

 目を丸くするヤツハ。

「やっぱり、好きな人に似るのかな?」

 するとヤツハは顔を真っ赤にした。

「そっ! そんなの気のせいよ! あんな雑な食べ方なんてしてないでしょっ!」

 懸命に言うヤツハが可愛らしく思えて、カイルはまた笑った。

「カイルだって、しっかりシリウへのプレゼント、買ってあるじゃない!」

 ヤツハはカイルの隣の席に置いてある小さな紙袋を指差した。 さっきの店で、カイルも選んで買っていたのだ。 だがカイルはニヤッと笑って

「これはサクにだよ! ヤツハがあげて、俺が渡さないわけにいかないだろ?」

 いたずらっぽく見つめるカイルに、またヤツハの頬が膨れた。

「もう! カイルも早く食べなさい! 冷めちゃうわよっ!」

 まるで母のように急かすヤツハに

「はいはい」

 と笑いながら、カイルはフォークを手にした。

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