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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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帰還、そして……

 四人はファンネル校長の説教から解放され、ホッとしながら校長室の扉を開けた。

 その途端、生徒たちの歓声が沸いた。

「サクだ!」

「シリウ! カイルもいるぞ!」

 数々の言葉がサクたちに飛び掛った。 そんな中

「ヤツハぁっ!」

 と、小柄の少女がヤツハに飛びついた。

「心配してたんだよ! ホントに、生きて帰ってきて良かった!」

「サリナ……!」

 ヤツハは涙目で抱きついているサリナを抱き締め返した。

 サリナはヤツハの二年後輩で、まだ小さな体だが頑張り屋だ。 いつもヤツハの後ろにくっついて授業を受けていた、ヤツハにとって可愛い後輩の一人だ。 今回のアルコド国の件で、ヤツハの事をひどく心配し、一緒に行けなかった事を後悔していた。

「心配かけてごめんね! ただいま、サリナ!」

 サリナは申し訳なさそうに言うヤツハを見上げ、やっと微笑みを見せた。

 

「サクぅ!」

「はっ! お前、まだ居たのか!」

 サクは目の前に立ちはだかる黒い巨体、ナトゥを見上げて嬉しそうに笑った。

「とっくに試験落ちしてると思ってたぜ!」

「なんだとぉっ!」

 激昂するナトゥに、サクは身構えた。

「やるかっ!」

「当たり前だっ! お前がいなくて体がなまるところだったぜ!」

 ナトゥも嬉しそうににやけた。 暴れだすであろう二人を予想して、生徒たちの輪が広がった。

「こらっ! ここをどこだと思ってるんだ! 校長室の――」

 動武道の教官であるサライナが二人を制止しようとしたが、その肩を軽く引かれ振り向いた。

「こ、校長……?」

 見下ろすサライナ教官の肩に手を置いたまま、ファンネル校長は微笑みながら首を横に振った。

「好きなようにやらせておきなさい。 久しぶりに会ったんじゃ。 見なさい、二人とも嬉しそうな顔をしているではないか」

「で……ですが――」

 

 

 ガシャーン!

 

 

 どこかの窓ガラスが割れる音がした。 途端に、ファンネル校長は冷や汗を垂らした。

「ま、まぁ、ほどほどにしておくように言っておきなさい」

 そして、逃げるように部屋へと入っていってしまった。

「こらーー! サク! ナトゥ! 物を壊すな!」

 サクとナトゥを追うサライナ教官を見送りながら、生徒たちの喧騒の中シリウとカイルは微笑み合った。

「さ、行きましょうか」

 二人は風のように人混みをすり抜け、その場を離れた。

「しばらくは、賑やかになりそうですね」

 シリウは参った、という顔をして人だかりに振り向いた。

「カイル!」

 呼ばれたほうを見ると、ミランが少し離れた所に立っていた。

「ミラン先生……」

 ミランはカイルを手招きして、医務室へと招いた。

「さて、僕は久しぶりに部屋でゆっくりしましょうかね」

 シリウは察知すると、独り言を言いながら自分の部屋へと向かおうとした。 すると、後ろから黄色い声が追いかけてきた。

「シリウ先輩があんな所に!」

「先輩!」

 成績優秀なシリウは、それなりに人気もある。 女子生徒たちが、団体となってシリウに走りよってきたので、彼は慌てて踵を返して逃げ出した。

 

 

「無事で良かった……」

 ミランは静かな医務室に入ると白衣を着て椅子に座り、足を組むとかったるそうな仕草でタバコを吸いはじめた。 促されてカイルも対面の椅子に座ると、ミランはじっとその顔を見つめながら長く白い息を吐いた。

「変わったねぇ」

「?」

「表情が柔らかくなった」

「そう……ですか?」

 カイルは少し赤らんで、自分の頬を押さえた。 ミランはフッと笑った。

「外では、色んな経験をしてきたんだろ?」

 その言葉に、カイルは背筋を伸ばした。

「はい。 今回の旅で、本当にたくさんの事を学びました。 あ、それと……」

 カイルの脳裏にはミランに伝えたいことがたくさん浮かび、少し戸惑った。 一呼吸置いて、一番大事だと思ったことを口にした。

「あの……俺の事……シリウとヤツハには、知られました」

「そう」

 ミランはたいして驚いた顔もなく、聞き返した。

「つらかったかい?」

 カイルは首を横に振った。

「いえ……不思議に、なんだかホッとしたというか……つらくはなかったです」

「ん。 そうか」

 ミランは少し微笑んで頷くと、立ち上がって窓辺に立った。

「じゃあ、もう心配ないね」

 ミランは窓から外を見ながら、呟くように言った。

「?」

「正直、私一人ではこの秘密は重すぎた。 やがてバレた時に、お前を守りきる自信がなかった。 マチ姉さんのようにね……」

「ミラン先生……」

 ミランは振り向き、カイルに微笑んだ。

「これからは、何があろうと味方になってくれる仲間が出来たね?」

 カイルは息を飲んでミランの話を聞いていた。 カイルの秘密をたった一人で背負い、守ろうとしてくれた事を、カイル自身は軽く考えていた。 そこまで負担にしていたとは思っていなかったのだ。 カイルは立ち上がった。

「ミラン先生、俺はもう大丈夫です。 皆が居てくれるから」

 その言葉を聞いて、ミランは安心したように優しい微笑みを見せた。 カイルもまた、感謝を込めて微笑み返した。

 

 その時、窓の外で爆音が聞こえた。

「何があったんですか!」

 急いでカイルはミランの隣に歩み寄って外を見た。 階下のグラウンドでは、サクとナトゥが激しく戦いあっていた。

「あいつ……」

 そう言うカイルの口元には笑みがこぼれていた。 その横顔を見ながらミランはクスリと笑い、カイルの頭を軽く撫でた。

「?」

「マチ姉さんの育て方は間違っちゃいなかった」

 いとおしそうに見つめるその目は、眼鏡を取ればマチそっくりだ。 ミランはすぐに視線を外に向け、空を仰ぎ見た。

「私にもね、いたんだ」

「何がです?」

「……息子……」

 ゆっくりと噛み締めるように答えたミランを、カイルは驚いた顔で見つめた。

「ちょうどカイル、あんたと同じくらいの年になるかな……生きていたら……」

「生きて……いたら……?」

 カイルは胸騒ぎに襲われた。 ミランは遠くを見た。

「捨てたんだ。 私は、自分の子供を捨てた……」

 ミランは、自分の過去の話を始めた。

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