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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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シーノ王、心の旅

 シーノ王は石段に座って、遠い景色を見つめながら話し始めた。 それは彼にとって、思い出をたどる旅のようだった。

「アルコドの泉はコダマが作ってくれた泉。 泉が生まれてから今に至るまで、どんな時でも枯れることはなかった」

「コダマとは、伝説と語り継がれている森の妖精【コダマ】のことですか?」

 シリウの問いに、シーノ王は頷いた。 話を始める前に、まずは森の妖精【コダマ】の事を説明しなくてはならなかった。

「アルコド国では、代々コダマを敬い祭る伝統がある。 そして、国の王はそれを受け継ぎ伝えていく責任と義務を背負っているのだよ」

「コダマって、伝説上の生き物なんだろ? 本当に存在するのか?」

 サクが尋ねたが、そもそもサク本人も伝説上の生き物であるヴァンドル・バードを信じているのだから、おかしな質問だ。 それを知らぬシーノ王は、自虐的に微笑んだ。

「今となっては、国の民さえももう誰も信じなくなったがな。 コダマは本来、森の護り神だ。 人間などのエゴの集まった国に祭られることなど、望んでいないのかもしれん」

 ため息をついて、シーノ王は続けた。

「だが私は、実際にコダマに会っている」

「コダマに?」

 サクの瞳が輝いた。

「どんな奴なんだ、コダマって?」

 サクは隣に座って、すっかり興味津々だ。 シーノ王は遠い目をして思いを馳せた。

「背丈は、人間でいうと十歳位で、全身緑がかった肌と髪の毛、深い緑色の瞳が印象的だった。 見つめられると、心を深く見透かされるようでな。 それから、とても身軽で、まるで木の葉か風のように走り回る元気な妖精だった」

 シーノ王の頬に赤みがさした。 まるで子供の時に戻ったかのように、瞳が昔を思い出していた。

「コダマはいつも、城の中でひとりだった私の話し相手をしてくれた。 コダマは、不思議なことに私たち王家の家系にしかその姿を見せることはなかった。 だから、私たちがおかしいのではと不信感を抱く家来たちも、少なからず居た」

「そういえば、この城の中には執事しかいないのか?」

 サクが周りを見渡した。 本来ならば、数人の兵士なりが警護し、客と王を放置することはないだろう。 だがぐるりと見渡しても、あるのはだだっ広い広間や荒れ果てた中庭。 人の気配が全く無い。 シーノ王は言った。

「今この城には、私と、私の世話をする最低限の人間である執事のセツナと数人のメイドが居るだけだ。 他の者達は、辺境の山などから水を運んでくる任務に就いている」

 シーノ王はため息をついた。

「荒れ果て、人も居ないような、廃墟のようなこの国に、攻め入ろうなどという稀有な者はいないだろうな」

 シーノ王は息を吐きながらゆっくりと立ち上がり、フラフラと中庭に入っていった。

「楽しく幸せな日々だった。 だが、ずっと平和だったわけではない。 コダマの存在を手に入れようとする族たちが、度々攻め入ってきた」

「コダマを欲しがる理由って、一体なんだ?」

 サクの疑問に、シリウが代わりに答えた。

「声は癒し、泣けば水晶……」

「?」

 サクが首をひねったので、シリウは説明を付け足した。

「その存在が手に入れば、さぞや稼げるでしょうね。 水晶がタダで手に入るんですから」

 するとサクは手を叩いた。

「そうか、コダマを泣かせて水晶を出させて、それを売れば大金持ちだ!」

 サクのストレートな言葉に、シリウの眉が寄った。

「サク、言葉を選んでください!」

 たしなめられ、サクは舌を出して謝った。 シーノ王は振り返って微笑んだ。

「間違ってはいない。 心が悪い方向に傾いたとき、自然と狙われるのは私たちだからな。 ある日、辺境の国がそういう目的で攻め入ってきた。 まだ十代だった私は、コダマに姿を消すように言い、自分も隠れるように森に逃げた。 だがそれもすぐに見つかり、連れ戻された。 城に引きずられながら入った私が見たのは、全身傷だらけで虫の息の、父の姿だった」

 サクの目が、シーノ王の背中をじっと見つめている。 自然にその拳が握られた。

「奴らのリーダー、ジアントが言った。 『コダマの居所を言えば、命だけは助けてやる』と。 不敵に笑いながら勝ち誇ったように仁王立ちするジアントに、私は強い屈辱を覚えた。 これで国は終わるのだと、本気でそう思った。 その時、父は必死で顔を上げて、叫ぶように言った。 『国を捨ててはならない。 それは、コダマにとって地獄の始まりだ。 シーノ、お前はこの国を、コダマを守る義務がある!』その言葉を聞いたとき、私は全身が震え上がった。 もう国の運命は自分ひとりにかかっているのだと。 そして、いつも一緒だったコダマの姿が目に浮かんだ。 心が溢れるように、私は泣きながら叫んでいた。 『私は国を捨てない! 例えここで手足を失おうとも、この国は私が守る!』」

 サクとシリウはじっと黙っていた。 シーノ王は、空を仰いだ。 暗雲が空を包み始めていた。 それらを見つめ、シーノ王は瞳を開いた。

「そう叫んだとき、突然辺りが真っ暗になり、風が吹き荒れた。 それは私の周りを包み、辺りを巻き上げた。 ジアントたちは驚いてひるみ、一目散に逃げ出した。 『コダマの呪いだ!』と口々にしながら」

 そのうち、ぽつぽつと小さな雨粒が空から落ちてきた。 乾いた土に、いくつもの黒い染みが刻まれていく。

「気が付くと、すっかり荒れ果てた城と父だけが目の前にあり、ジアントたちは姿を消していた。 その時、私の前にコダマが現れた。 だがその姿は、私が知っている姿をしていなかった……」

 シーノ王は全身を激しくなった雨に打たれながら見上げ、目を細めた。

「まるで枯葉のように赤茶けた肌、髪、手足もか細く痩せ細ってしまっていた。 言葉を失う私に、コダマは微笑んで言った。『僕のこと、忘れてしまっても構わない。 だけど、国を思うその気持ちは無くさないで』 何か言おうとしても、何も言葉が思い浮かばなかった。 やがてその体は薄くなり、向こう側が見えるほどになり……とうとう消えてしまった」

 サクはうつむき、シリウは眼鏡をそっと上げた。 シーノ王は、無残にも荒れ果てた中庭を指した。

「その途端、まさにこの場所に、泉が湧き始めたのだ。 私はあの時改めて、自分に課せられた責任を思い知った。 泉から湧き出す水はみるみるうちに庭から溢れだし、国を潤した。 国を守らなければ……そう思い続けて今まで必死に来たつもりだ……」

 

「王は、忘れておしまいになった……」

 不意な声に三人が振り向くと、セツナが立っていた。 すぐ横にカイルが見守るように居る。 セツナは、か細くもしっかりとした声で言った。

「王は、一番大事なことを、無くしてしまいました」

「私が何を無くしたというのだ?」

 セツナを細い目で見るずぶ濡れの王は、すっかりみすぼらしく見えた。 セツナはそんな王を切なく見つめた。

「国の豊かさを求めるあまり、民衆の声を聞かなくなりました。 ご自分の思うように動かせば、全てうまくいくとは限りません。 それをあなたは……」

 おそらく、セツナは初めて王に意見を言ったのだろう。 震えながら訴えるセツナを、付き添うカイルが優しく見守っていた。 シーノ王はセツナの言葉に息を飲み、目を見開いて、そして膝をついた。

「おい!」

 駆け寄ろうとするサクをシリウが止めた。 小さく首を横に振ると、王を見守るように促した。 ひとり中庭でずぶ濡れになっている王は、痩せ細った背中を丸めて震えていた。

「私は、何ということをしたのだ……」

 流れ落ちる雨に紛れて、その瞳からは大粒の涙が零れ、顔は歪んでいた。

「国から民衆が離れていったのも、泉が枯れた性ではないのか……?」

「泉が枯れようと、国が衰退しようと、王の存在が頼れるものであれば、皆ここに残ってくれていたはずです」

 セツナは悲痛な思いをシーノ王に訴えかけた。

「コダマよ……私はこれから、どうしたら良いのだ? もう私には何もない。 富も権威も何も残っておらん。 これから私はどうしたら……」

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