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ヴァンドル・バード  作者: 天猫紅楼
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苛立ちの雨の中で

「くそっ!」

 診療所の壁を悔しげに殴るサク。 シリウとカイルは簡素な椅子に座り、うつむいていた。 結局何も出来ずに、シーノ王に明日の出直しを伝えて、三人はヤツハの待つ診療所に戻ってきたのだった。 シリウはため息をついて言った。

「僕たちは、ただハミウカをここに届ける為だけに、ファンネル校長に依頼されたのでしょうか?」

「どういうことだ?」

 カイルがゆっくりと顔を上げて、シリウを見た。

「もっと何か、あるような気がするのですが……」

 眼鏡を上げながら考えるが、答えは出てこない。 シリウは、そこにヒントがあるような気がして仕方ないのだ。

「そんなこと、どうでもいい。 今は、枯れた泉をなんとかしなきゃいけないだろ?」

 サクは無造作に椅子に座ったが、落ち着かない様子でいる。 数秒もしないうちに

「ヤツハの様子を見てくる!」

 と立ち上がり、ヤツハが眠る部屋に向かった。

 シリウとカイルが見送るなか、そっと部屋に入ったサクは、静かにヤツハのそばに近づいた。 薬が効いているのか、息も落ち着き、静かに眠っているようだった。 サクはベッドの脇に座り、ヤツハの顔を覗いた。

「ヤツハ、もう少し待っててくれ。 必ず、泉に水を戻すから」

 囁くように言い、名残惜しそうに立ち上がったサクの手を、握る温もりがあった。

「ヤツハ、起きてたのか?」

 熱っぽい手を握り返して座り直すサクを、ヤツハは薄目を開けて見つめた。

「ケガ、してない?」

 か弱い声は、サクの耳にしっかり届いていた。 サクは頷いた。

「当たり前だ。 シーノ王に会ってきた。 泉が枯れた原因は、分からないって言ってたけど、必ず何かあるはずなんだ」

 説明するサクの口元を見つめるヤツハは、微笑んで小さく頷いた。

「あたしは大丈夫……サク、アルコド国の……皆の願いを叶えてあげて」

 サクは、自分のことよりも自分とはまるで関係のない国のことを心配するヤツハの手をぎゅっと握り、そっと布団の中へ戻した。

「もう少しの辛抱だからな!」

 サクは笑顔でそう言い、ゆっくり眠るように告げて部屋を出ていった。 ヤツハはしばらくぼんやりと天井を見つめ、やがてまた眠りについた。

 一日中、何度か目は覚めたが、身体が全く動かなかった。 薬の性か、眠気も激しい。 何も出来ないヤツハは、ただサクたちが無事に泉を元に戻すことを祈るしかなかった。

『サク、皆……ごめんね……』

 

 

 朝がやってきた。 朝日は目も眩むほどの光で国中を包んでいく。 人の往来はほとんど無い。 静か過ぎる朝を迎えていた。

 サクはすでに目を覚ましていて、窓から色付いていく建物を見つめていた。

「早起きですね」

 声に振り向くと、シリウが立っていた。

「何か悩み事があると、決まって空を眺めている……。 眠っていないのですか?」

 サクは答えずに再び外を見た。

「ヴァンドル・バードに会えたら、こんな悩みなんて吹き飛んでしまうのにな」

 サクは自分の手元を見つめた。 その手には、ラーニャから貰ったヴァンドル・バードの絵が握られている。 シリウはそれを見ながらひとつ息をついた。

「伝説を追いかけても、身にならないことが多いんですよ」

「何だと?」

 サクがシリウを睨んだ。

「シリウは、オレやラーニャの事を否定しようとしてるのか?」

 立ち上がってラーニャの絵を見せながら、シリウに詰め寄るサク。 シリウは何も言わずにその絵を見つめていた。

「何か言えよ!」

 声を荒げるサクに、シリウは瞳をまっすぐ向けた。

「現実から逃げるのは、負けと同じです」

 その瞬間、シリウの体が宙に舞った。

 サクの拳が、シリウの頬を直撃したのだ。 床に叩きつけられたシリウはゆっくりと起き上がり、口元を手で拭った。 口の中を切ったのだろう、わずかに血が流れた。

「幻想なんかに頼ってヤツハが良くなるのなら、皆とっくにしてますよ!」

 今度はシリウの拳がサクの頬をとらえた。 サクの手から絵が離れ、ヒラヒラと床に落ちた。 悔しそうに口元を拭いながら起き上がったサクは、再びシリウに飛び掛かって行った。

 

「待てっ!」

 

 二人の間に入ったのはカイルだった。 お互いの胸に肘をあて、二人を止めていた。

「いい加減にしろよ……」

 カイルは静かに言いながら体を離した。 サクとシリウはお互いから視線を外し、黙って立ち尽くしていた。

「ヤツハのことを心配してるのは、皆同じだ」

 そして床に落ちているラーニャの絵をゆっくり拾うと、サクに手渡した。

「イライラしても、何も進まないだろ?」

 二人の顔を見ながら、カイルはあきれたようにため息をついた。 そして二人分の椅子を並べ、そこに座るように促した。 おとなしく座った二人を前に、カイルは話し始めた。

 

「今、ヤツハから伝言を預かった。 昨夜、ヤツハの夢の中に声が響いたらしい。 男の子のような声で『ボクのことを忘れないで』って。 それがどういう意味があるのか分からないけど、何かのヒントになるような気がするってヤツハは言ってた」

 シリウが口を開いた。

「『忘れないで』……ですか」

「忘れられた奴がいるってことか? 誰が、誰に?」

 サクが困惑している。

「何かを忘れるって事は、過去から今の間に何かあったってことじゃないでしょうか?」

 シリウがカイルを見た。 ファンネル校長が、旅立つ前に言っていた。 話はカイルから聞けと。

「俺も、国のどこかに原因があると思ってる。 けど……」

 カイルも考えるが、全く手がかりになりそうな記憶がない。 あえて言うなら、という記憶がひとつあった。

「あの城には化け物が住んでいて、外界から閉ざされた秘密があるってことを、子供の頃に聞いたことがある。 まだ子供の時の記憶だ。 信憑性は無い」

「化け物……? 何か関係があるのでしょうか?」

 シリウはため息をついて、指先で眼鏡を上げた。

「とりあえず、また城へ行ってみよう。 何か分かるかもしれない」

 サクが立ち上がった。

 もうイラついてなどいなかった。 三人は、自分たちに出来ることを精一杯やるしかないと思っていた。 三人は診療所を出た。

 

 城へ向かう道中、カイルにシリウが声を掛けた。

「ヤツハに、顔を合わせられたんですね?」

 ヤツハが怪我をしたのは自分の性だと、自らを責めていたカイルの姿を見ていただけに、シリウなりに心配していたのだろう。 カイルはふっと微笑んだ。

「『なんて顔をしてんだ』って、怒られたよ……そして、俺たちの事を信じてるから、やれるだけ頑張ってって。 病人に励まされて、ホントに情けないよ」

 シリウは微笑んでカイルの肩を優しく叩いた。

「行きましょうか!」

 サクも話を聞いて微笑み、三人は風のように城へと走った。

 

 

 城に着き、昨日と同じように無表情で応対したセツナに案内されて中庭に行くと、シーノ王は石段に座ってぼんやりしていた。

「何やってんだよ?」

 その姿を見た途端にサクが苛立ち、殴りかかるように叫んだ。 だがそれに驚きもせず、ぼうっと中庭を見つめながら独り言のようにつぶやいた。

「どれだけ穴を掘っても水は一滴も出てこない。 頼みの綱のハミウカも使えず……もうこの国は終わりだ……」

 その途端、パンッ!と軽い音が響いた。

 セツナがシーノ王の頬をはったのだ。

 シーノ王は驚いたようにゆっくりと見上げた。 その先には、涙をためるセツナが震えながら立ち尽くしていた。

「何故……何故そんな風になってしまわれたのですか? シーノ王は……いいえ、私の知っているシーノは、そんな人ではなかった……」

 じりじりと後ずさりをし、遂に踵を返すと走り去ってしまった。

「セツナさんっ!」

 カイルは思わず彼女の後を追った。

 シリウとサクはその後ろ姿を見送ると、再びシーノ王を見下ろした。

「とりあえず、その昔の話をしてもらいませんか? 忘れられた過去が、助けてくれるかも知れません」

 シリウが言い聞かすように言った。

 シーノ王は、石段に座ったまま再び中庭に視線を移しながら遠い目をした。 それははるか過去に遡るかのようだった。

「忘れられた過去か……この頃の私には、過去を振り返る余裕など無いに等しかった。 頭脳の全てをこの国に費やして、どうしたら繁栄するのか、どうしたら豊かになるのかだけを考える毎日だった……」

 

 一方、広間を出ていったセツナに追い付いたカイルは、小さな執事部屋で涙を落とすセツナをただ見守ることしかできなかった。

 しばらくして、セツナは立ち尽くしているカイルに振り向き、涙を拭いて微笑んだ。 赤くさらさらのストレート髪がはらはらと顔をなぞる。 セツナは端正な顔立ちの、美しい女性だ。 カイル自身女でありながらも、目を見張るものがあった。

「こんな堕ち切った国の為に、あなた方は命を懸けて旅をしてきた……何と感謝をしたら良いのか……」

 セツナは椅子に座り直し、カイルを向かいの椅子に促した。 カイルはおとなしく座り、セツナを見つめた。

「俺たちは、ファンネル校長に言い渡された目的を果たすだけに来たつもりでしたが、途中でアクシデントがあって、一緒に旅をしてきた仲間が今病気で苦しんでいます。 彼女を治す為にも、どうしても泉を蘇らさなくてはならないんです。 その仲間が、気になる夢を見たと言っていました」

「夢を?」

 カイルは頷いた。

「小さな男の子のような声で『僕を忘れないで』と」

 その途端、セツナはハッとした顔で口を押さえた。 カイルは刺激を与えないように、静かに尋ねた。

「何か、知っているんですね?」

 セツナは少しうつむいて、ひとつ小さく頷いた。

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