09:帰郷を終えて
中央後方にカイザーウルフ、右前と左前にフォレストウルフ。
仕掛けてきたのはフォレストウルフ、二体同時だった。
カイザーウルフが静観の構えだったことが幸運ではある。しかし二体同時でありがたいわけがない。
俺は少しずつ離れるように動きつつ、狼の攻撃を避け、カウンター気味に攻撃を入れ続けた。
スキルは使わない。一撃で仕留めるならいいが、放ったあとは多少の隙が生まれる。片方に入れたところでもう片方の狼に襲われて終わりだろう。
だからスキルは最後の一撃に絞るべき。今はカスダメージでも通常攻撃で凌ぐべきだ。
フォレストウルフ二体の攻撃はカイザーウルフの統率が影響しているのか、異常なほどに連携されていると感じた。
単発攻撃はないし、場所取りが厭らしい。こんなことなら街で拾ったレザーシールドを無理矢理装備しておけば良かったと少し後悔したが、今さらインベントリから出して装備するわけにもいかない。
とはいえフォレストウルフはゲームで何回も戦った相手だ。基本的な攻撃パターンは現実世界になっても変わらないらしい。それが本当にありがたかった。
それと暗月の短剣が優秀だと改めて実感した。
サブクエスト【仇敵の森】は王都まで行かずとも受けられるが【幽霊屋敷を調査せよ】は王都に行かないと受けられないサブクエスト。時期的にはカイザーウルフと戦うタイミングのほうが早いということだ。普通に進めていれば、の話だが。
本来、カイザーウルフと戦う時には装備していないであろう暗月の短剣は過剰戦力だと言えるだろう。
時間をかけてゆっくり安全に削っていこう、そう考えてちまちま攻撃を入れていたのだが、思いの外、フォレストウルフが斃れるのは早かった。毒の蓄積ダメージもあったに違いない。
一体目が斃れ、すぐに二体目。カイザーウルフが参入する前に連続して斃せたのも運が良かったと言えるだろう。
そうしてこの戦場に残るのは俺とカイザーウルフだけとなった。
ここまでずっと後方で睨みをきかせていただけだ。指揮に徹していたのか、攻撃を仕掛けてきたのはフォレストウルフのみだった。
ゲームではありえないことだった。
カイザーウルフが攻撃の本線、フォレストウルフがフォローするように動く、というのが【仇敵の森】のボス戦だ。
だからこそ俺はずっと警戒していたのだが……どういうわけだが仕掛けて来なかった。これもまた幸運だった。
なぜカイザーウルフが大人しかったのか。それは対峙してみて初めて気付いた。
後ろ足を引きずっているのだ。
明らかな怪我、ゲームでは見なかった挙動、その原因は何かと考えれば――
(――――父親がやったのか……!)
一月前、父親はカイザーウルフに殺された。その時、間違いなく戦闘が起こったはずだ。
魔物のくせに一月経っても完治していないのかという疑問もあるが、そう考えるのが一番、納得性がある。
ゲームの時はこんな序盤に戦うなどありえなかった。そもそも村長のサブクエストが発生していない。
だからこそカイザーウルフが完治した状態での戦闘だったのだろう。都合の良い解釈かもしれないが……。
しかし、そうであればやることは一つだ。
「悪く思うなよ。お前は父親の仇なんだ。この機を逃すわけにはいかない」
俺は暗月の短剣を前に向け、カイザーウルフに駆けたのだ。
◆
巨躯の狼が横たわり、その姿が光に消えていく。魔物特有の現象だ。
それと同時に入る経験値は多く、『狩りの勲章』『修練の証』の効果もあってレベルアップもはたした。
インベントリにはドロップアイテムが並んでいる。毛皮、爪、牙などさすがに多い。
本当なら【フォーラス村】に持ち帰って村長にでも渡したほうが村も安心すると思うのだが、さすがにやめておくか。
村を出たばかりの俺が父親の仇である強大な魔物を斃すなんて不自然だし、サブクエストを受けたわけじゃないしな。
将来的に村を救ったという自己満足だけでいいだろう。
カイザーウルフの素材は装備に加工することもできるが……これもまた悩ましい。
高ランクの魔物の素材を武具屋に持ち込むのも気が引ける。なにせ俺はFランク冒険者だからな。
これもまた父親の形見とか誤魔化して持ち込むのも可能なのだが……まぁ緊急で必要というわけでもない。今の装備でも十分だしな。
というか、武具屋に頼むのであればカイザーウルフ製の装備より、【夜霧のベルゲッツィ】の装備を手直ししてもらってそれを装備したほうが絶対に強い。【スカウト】に適した装備だしな。
いずれ装備を更新するのならそっちが優先だ。となるとカイザーウルフの素材はしばらく死蔵だろうな。
そこから俺は森を出るために歩き始めた。
推奨Lv40の【ヴォンヘーデンの森】で夜を越すなんてしたくない。低レベルでのカイザーウルフ戦よりよほど危険に感じる。
現実世界が故の恐怖。夜の森の恐ろしさ。そういったものが未だに俺を不安にさせていた。
とは言え、【ヴォンヘーデンの森】じゃなきゃどうにかなるか、という気持ちも持ち始めている。
村に立ち寄って一泊することは考えていないが(気まずさもあるし)、村周辺の森で寝るのは許容範囲かと考えている。
つまり夜になるまでは【ヴォンヘーデンの森】を探索できるわけで、せっかくここまで来たのだし、多少の採取ポイントくらいは巡っておきたいとも思うわけだ。
奥のほうまで探索するつもりはない。カイザーウルフの寝床から森の出口までで、行けそうなところがあれば行くという感じだ。
ついでに魔物との戦闘も熟しておく。
来る時はできるだけ戦闘を回避してカイザーウルフの寝床を目指したわけだが、それを斃した今となっては「できるだけ稼いでおこう」というわけだ。
消費を気にする必要もないし、レベルが上がったから危険性は減っている。ならば狩るべきだろうと。
RPGでは「『はじまりの街』の周辺は弱い魔物ばかり」というのが共通項となっており、時々「このエリアにいちゃいけない強い魔物が出現する」という場合がある。
最終盤で『はじまりの街』に戻ってくるタイプのゲームか、とあるエリア限定で強い魔物が出るようになっているとか、まぁゲームによって異なるが、「弱い魔物しか出ない」というのは古いゲームにありがちな設定だなとも思うのだ。
現実世界に置き換えればそっちのほうが不自然にも感じるが、最序盤で強い魔物ばかり並べられてもクソゲーすぎるからな。仕方ない部分でもある。
【ベレッサの街】周辺も類に漏れず弱い魔物ばかりで、少し離れたエリアになるとまぁまぁ強い魔物が出るという設定だ。
そこへ行くと【ヴォンヘーデンの森】は「『はじまりの街』に近いけど強すぎるエリア」に該当するのだろう。
序盤で無理して攻めるなら死に戻り必須だ。
ところが今の俺は最序盤にして【ヴォンヘーデンの森】を普通に探索できている。
こんなに嬉しいことはない。はしゃぎながら探索に精を出していた。
「初日から無理したかいがあるな。【幽霊屋敷】とか【夜霧の梟】とか、今にして思えば無茶すぎる」
まぁ金銭的に切羽詰まっていたから仕方なくやったことではあるのだが、もう一回やれと言われても正直気乗りしない。
おまけに【仇敵の森】まで熟したからな。無茶にもほどがある。
勝算があってのことではあるのだが、やっぱり【フォーラス村】で滞在したのがいけなかった。
やはり主人公として心の奥に使命感のようなものがあるのかもしれない。居心地が良すぎると感じたのも主人公ならではだと思うが、どうしても「村を救いたい」と思ってしまった。
結果だけ見れば大成功なのだが、冷静に考えれば「自ら死にに行ってるのも同じだな」とも思う。
最初に定めた指針とは何だったのか。もう少し自分に甘く、安全に生きていきたいものだ。と自分で律した。
何にしても当初の目的だった『狩りの勲章』『修練の証』『初心者用クラフトセット』は入手できた。
これで、現時点で優先すべきものはなくなった。
メインストーリー関係のことはスルーすると決めているので、あと【ベレッサの街】で行うべきは、街の住人から魔物討伐系・街外採取系のサブクエストを熟すのと、冒険者ギルドの依頼を熟すことだ。
多少、冒険者ランクが上がれば早々に次の街を目指してもいいかもしれない。まぁその目的地も悩ましいところなのだが。
いずれにせよ、延々と【ベレッサの街】に留まるのは危険だと思う。
【ベレッサ】のサブクエストだけでメインストーリーが進むとは思わないが、『メインストーリーに関わるキャラ』はいるわけで、そうしたキャラと絡むことになったらマズイ。
何の拍子でメインストーリーが進むかも分からないからな。俺の意図しないところで進んでしまう恐れがある。
まぁ出来るだけ対策はするつもりだけどな。
そいつが登場するサブクエストを受けないだとか、住んでいる場所に近づかないだとか、領主館に行かないだとか、商業ギルドに入らないだとか。
現実世界となった今、規定の場所にいない可能性もあるのだが、そうなるともうお手上げなので出来るかぎりのことはしようと、そういうわけだ。
「とは言え、いつまでもソロってわけにもいかないしなぁ」
悩ましいところだ。
インベントリやゲーム知識など、他人に言えない秘密があるのでなるべくソロで生きるべきという考えもある。
その一方、パーティーを組んだほうが安全だし、生き延びることを指針にしているのだから仲間を作るべきとも思う。
何より現実世界となった【AG】の世界に疎い部分があるからな。ゲーム知識だけでは限界がある。
それを補完する意味でも現地人を味方につけておく、というのはアリだ。
主人公の仲間になるキャラというのは大きく四つに分類される。
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①ユニークキャラ
専用立ち絵、専用ボイスあり。何なら専用のサブクエストまで用意されているキャラだ。
ストーリーにも大きく関わってくるのがほとんど。能力的には優秀なのだが俺としては避けたいところだ。
②準ユニークキャラ
立ち絵・ボイスはあるが、そこまでストーリーに関わらないキャラ。例えば【フォーラス村】の村長など。
村長が仲間になることはないのだが、そういった「名のあるキャラ」が準ユニークとなる。
③モブ
冒険者ギルドなどで仲間を募集できるのだが、そうした場合、紹介されるのがモブキャラだ。
立ち絵は使いまわし。ボイスもサブクエもなし。能力は弱いのばかり。たまに「あたり」がある程度。
④クリエイトキャラ
自分でキャラクリしたモブを冒険者ギルドなどに登録することができる。
能力的には限界があるが、好きなビジュアル、好きな能力にできるというメリットは大きい。
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普通にプレイするのなら基本はユニークキャラかクリエイトキャラになる。
サブクエストを熟すために一時的に準ユニークキャラが加わるということもあるが、基本的には序盤がクリエイトキャラ。ストーリーを進むごとにユニークが増え、最終的にはユニークキャラのみの構成となる。というのが普通だ。
ただ俺の場合、メインストーリーを進ませたくないという事情がある。つまりユニークキャラには会いたくもないわけだ。
おまけに現実世界となった今、クリエイトキャラなんて作れるわけがない。
従って仲間にするなら『ストーリーに全く関わらない準ユニーク』か『モブ』となるだろう。
「うーん……」と悩ましく思ってしまうわけだ。
パーティーを作るという魅力が一気に失われた気分。
それこそ『この世界の情報を補完する意味での仲間』というのが一番のメリットになりそうだ。
俺のゲーム知識で強く育てられるかも分からないしな。モブは基本的に弱いし。
そんなことを考えながら四日かけて【ベレッサの街】に帰って来た。
収穫は上々。【ヴォンヘーデンの森】だけでなく、村周辺の森や大街道の付近の森もついでに探索してきた。奥までちゃんと探索したわけではないが。
金も素材も溜まったし、『初心者用クラフトセット』もあるからしばらくはポーション類も買い足さなくていいほどだ。
【ベレッサ】周辺の魔物のドロップ品もあるから、冒険者ギルドである程度依頼を熟せるかもしれない。
依頼票だけとってそのまま受付でドロップ品を提出という感じだな。
それができれば、Eランクに上がるのもすぐだろう。
そんな感じで俺は浮かれていたわけだが、【ベレッサの街】へと着いた翌日、俺は早くも慌てふためく事態になる。
これも主人公補正というのだろうか。平和な冒険者生活を夢見ていた俺は甘かったということだろう。
【AG】は簡単にクリアさせてくれない。
俺はそこから溜息の多くなる日々を送ることになるのだ。




