10:エンカウントは突然に
【ベレッサの街】に帰って来た俺は数日前に泊まった宿屋にまたもお邪魔することにした。
まだ街の探索をちゃんとしたわけじゃない。知っている宿に安心感を求めてしまったのだ。
翌日、俺は朝から冒険者ギルドへと向かう。
街の住民からサブクエストを受ける前に冒険者ギルドの依頼を確認しておこうと思ったのだ。
……それが間違いだった。時間をずらせば良かったとすぐに後悔するはめになった。
「ああっ! やっと見つけたです! お兄さんですね!」
朝一の混みあっている冒険者ギルド。その入口でいきなりそんな声をかけられた。
駆け寄って来たのは獣人の女性二人。
背の高いグラマラスな狼獣人と少女のような狐獣人。声を出していたのは狐獣人のほうだ。
一目見てすぐに「やっばい」と思った。見たことのある二人だったのだから。
【夜霧の梟】アジトで一番手前の牢屋に入っていたヤツらに違いない。チラリとしか見ていないが、そこに鍵束を入れたから少しは覚えている。
なんでバレた!? 俺は身元が分からないように顔を隠していたし、喋らず、鍵だけ渡してすぐに帰った。
アジトの中のものはあらかたインベントリに回収したし、俺に繋がるようなものなんてどこにも残っていないはずだ。
それなのにこの反応ってことは――(ここまで0.5秒)
「おお、確かにあの時の青年だ。よくやった、カリン」
「良かったです! ずっと探してたのにいなかったから、もう他の街に行っちゃったんじゃないかと思ってたです!」
どうやら二人して俺が「助け出したヤツ」だと分かっているらしい。
しかし俺が助けたと言いふらされるのは困るのだ。名前や顔を広めたくはないし、名声値も上げたくない。下手したらメインストーリーが進んでしまう。
どうにかして誤魔化せないか、と言うかなぜ俺だと確信しているのか、そんなことを頭の中で考えていた時――別の女性がギルドの中から出てきて、二人の獣人に話しかけたのだ。
「あら? 貴女たち、探していた人が見つかったの? 良かったじゃない」
「あっ、レヴィアさん! そうです! やっと見つかったのですよ!」
「レヴィアにも心配をかけた。ありがとう」
そんな会話をしている横で、俺は衝撃に震えていた。思考が停止してしまったのだ。
なぜならその女性に心当たりがありすぎたから。
緋色の髪は長く、少女らしい活発さと貴族のような落ち着いた佇まい。可愛くてキレイといういかにもな顔付きながら装備は若年冒険者相当という、チグハグさが逆にまとまって見えるような存在。
レヴィア・メナード――冒険者ルートにおけるメインヒロインの一人だ。
メインストーリーにがっつり絡む人物であり、俺が【ベレッサの街】で最も会いたくなかった一人である。
本当はこんなところで出会うキャラではない。
Fランクの依頼を三つこなすと発生する集団講習のようなサブイベントで出会うはずのキャラである。
最初は一人で依頼をこなす。それが冒険者のチュートリアルみたいなものだ。
それからメインヒロインを加入させて即戦力を増やしつつ、パーティーを徐々に固めていく、というのが冒険者ルート最初の流れなのだ。
俺は集団講習を受けるつもりはなかった。そうすればレヴィアと出会うことはないと高を括っていた。
しかしここへ来て『現実世界』が邪魔してきた。まさかのメインヒロイン登場である。
急速に回転しだす脳内。俺は咄嗟に繕うことにした。
「あのー、どなたかと勘違いしているのでは? 俺は貴女がたに会ったこともない――」
「勘違いなんかじゃないです! 匂いで分かりますし、その翡翠のような目だって!」
「それにその装備はあの連中が着ていた――」
「あーっと! そうだ、思い出した! 俺もお二人を探していたんですよ! あっちの店に行きましょう!」
「えっ!? あ、あの!」
俺は獣人二人の手を掴むと、そのままギルドから離れるように歩き出した。ノープランである。
レヴィアはポカンとしていたが放っておく。とりあえずこの二人に話を付けるのが先だ。
五分ほど歩いて適当な食事処に入り、端のほうの席を確保。「おごりますんで」と強引に注文させた。
そうか匂いか。獣人ってそこまで鼻がいいのか。全く知らなかった。
自分の瞳が翡翠色ってのも知らなかった。なにせ鏡がないからな。水面くらいでしか自分の顔を見たことがない。
確かに街行く人を見ても翡翠のような瞳というのは珍しいかもしれない。これはジェイルくんのキャラクリが悪い。
あとは装備か……これは俺のミスだな。安全性を重視してしまった結果だ。
確かにこの装備を着ていた構成員が牢屋に行くこともあっただろう。完全に失念していた。
そんな反省をしつつ、俺は二人と改めて向き合う。
「改めて感謝を。貴方が助けてくれなければ私たちは闇奴隷として売られていただろう。貴方は恩人だ」
「もう人生終わったって思ってましたです! お兄さんがいなければ私もフゥガもどんな目に会っていたことか! 考えるだけで恐ろしいです!」
狼獣人がフゥガ、狐獣人がカリンというらしい。
俺も自己紹介はしておいた。
詳しく聞けば、シュトローゼル王国の南方にあるボイルーツ共和国出身の冒険者だそうだ。
二人ともランクはDで十七歳。年上かよ。カリンのほうは年下に見えるのだが。
旅の途中、護衛依頼で【ベレッサの街】まで来たはいいが、少し滞在しようとした矢先、【夜霧の梟】に拉致されたらしい。
そこを俺に助けられ、「おそらく名のある強者なのだろう」と冒険者ギルドに尋ねてみたが、瞳の色や背丈で該当する人はおらず、とりあえず路銀稼ぎも兼ねて冒険者活動をしていたら、のこのこ俺がやってきたと。
レヴィアは冒険者ギルドで俺を探している時に、相談に乗ってくれたらしい。親身になって一緒に探そうとしてくれたのだとか。
とりあえず仲間とか友達とかじゃないそうなので安心した。
しかしレヴィアに俺という存在が認知されてしまったのは問題だ。
入口での様子から「俺=助け出した人」ということもバレているかもしれない。そこは誤魔化さないとな。
「とりあえず事情は分かったが……悪いけど助けたのが俺だってのは内緒にして欲しいんだ」
「なぜだ? 助けられた者はたくさんいるし、領主から褒美をもらってもおかしくはないんだぞ?」
「ですです。きっと名のある闇組織だったでしょうし……」
「このカードを見ての通り、俺はFランク冒険者なんだ。それなのに闇組織を潰すなんておかしいだろ? 今は訳あって目立ちたくないんだ。大っぴらにして名を広めるような真似はしたくない」
「だからお顔を隠していたですか……」
「なんともったいない。せっかくそれだけの力を持っているというのに」
まぁ理解はされないだろうな。冒険者なんて名を広めてナンボだろうし、獣人なんて「力こそ正義」みたいな思想の持主が多いって設定だった。
力を持っていてそれを隠すというのは理解できないだろう。
とは言え納得してもらうしかないんだけどな。
レヴィアにもし会ったら「ジェイルという冒険者の知り合いで、本人はすでに街を離れた」という風に誤魔化してくれと言っておいた。助けた俺の頼みだからと了承してくれたよ。
「それでジェイルは力を隠したまま冒険者を続けるのか?」
「そうだな。少しだけランクを上げたら【ベレッサ】を離れて他の街に行くつもりだが」
「それなら私たちに仕えさせてくれないか?」
「…………ん? 仕える?」
「ですです! 私たちはジェイルさんの下で働きたいです!」
「は?」
これまた意味が分からなかったので詳しく聞いたのだが、どうやら彼女たちは「助けてくれた相手が見つかったらその人に仕えよう」というつもりでいたらしい。
闇組織のアジトを一人で潰すような強者。しかも命の恩人で正義の行いを成した者だ。
彼女たちは二人で冒険者活動をすることに限界を感じていたようで、ならばそういった「強き者」と共に戦い、自らも強くなりたいという気持ちでいたらしい。
そこまで聞いて、俺は「なるほど」と思った。これは【AG】の獣人設定だなと。
獣人のキャラは「主人公以下のレベルの者でなければ仲間にならない」というシステムがあった。
強者の下に付くのが獣人としての特性であり、自分より弱い相手の下に付くことはない、というものだ。
仲間になったあとで主人公のレベルを超えるというのは可能なのだが、加入させる時にはそのような制約になる。
これはユニークキャラでもモブでも変わらない。獣人に共通した設定であった。
つまりフゥガもカリンも俺よりレベルが下ということなのだろう。これは加入イベントなのだ。
ゲ-ムではありえない形での発生条件なのだがそう捉えるしかない。
となると、また悩ましいことになる。
パーティーメンバーを作ることのメリットとデメリットを天秤にかけなければいけない。
フゥガもカリンもゲームには登場しなかったキャラだ。扱いとしてはモブだろう。
ストーリーに関わるキャラではないから、レヴィアへの対処だけに気を付けてもらえば心配はいらない。
となると、メリットは『俺の知らない世界の情報を得られる』ということ。
デメリットは『秘密を厳守するのが大変』ということと『大して強くならないモブをパーティーに入れていいものか』ということ。
しばらく悩んだ末に俺は結論を出した。
「なら二つ条件がある。一つは力を隠していることもそうだが、俺の秘密を吹聴しないこと」
「それはもちろんだ。恩義に反するような真似はしない」
「もう一つは二人を強くするために俺独自のやり方で鍛えることになる。それを了承してもらえるか?」
「鍛えてもらえるならありがたいです! 私たちは強くなりたいのですから!」
秘密の厳守に関しては「獣人は忠義心が強い」という特性を利用することにした。
強い主人に従うのが獣人として「当たり前」の考え方であり、主人が強いということは誉れにもなる。ならば俺が強くある限り、裏切るような真似はしないだろうということだ。
強くするのはモブである以上、限界はあるのだが、おそらく俺のやり方(レベル上げ・熟練度上げ)はこの世界の一般人とは異質なものだし、平均以上に強くなる可能性は高い。
ただそのやり方は『この世界における普通』ではないと思うから、これもまた秘密厳守が必要となる。
そこさえ了承してくれるのであれば俺に否はない。
早めにパーティーメンバーを埋めればメインストーリーに関わるキャラの加入イベントなども発生しなくなるだろうしな。
そういう意味では二人と言わず、さっさとあと三人入れてしまったほうが良い気もしてきた。まぁ当てもないんだがな。
「じゃあ三人パーティーで冒険者ギルドに登録しに行こうか」
「やったです! よろしくお願いするです!」
「ああ、よろしく頼む」
「と、その前に自己紹介がてらステータスの確認だけしておくか。育成プランも考えないといけないし」
「ステータス? 聖教会にでも行くのか?」
「ん? 聖教会? なんで聖教会?」
「<ディテクト>の宝玉は聖教会だろう? まさか領主に頼むわけにもいくまい」
何のことを言っているのかと質問し合う形になってしまったが、よくよく聞けば、普通の人は自分のステータスを見られないものらしい。驚きである。
つまり俺が自分のステータスを見られるのは、インベントリと同じく『主人公特権』ということだ。
まさか現実世界の【AG】がそんな仕様になっているとは知らなかった。
で、「相手のステータスを見る」というのは<ディテクト>というスキルになるのだが、これは貴族ルートの職業になると覚えることができるスキルである。ゲームでも魔物のステータスを看破するのに使っていた。
だからフゥガは「領主に頼むのか」と言ったのだ。もちろんそんな意図はないのだが。
それと、各地の聖教会には<ディテクト>の宝玉というものが置いてあり、お布施を払えば自分のステータスを確認することができるらしい。これはゲームになかった要素である。
スキルを封じた宝玉というのは確かにあったが、プレイヤーが使うことなどない。だったら「〇〇の書」でスキルを覚えてしまったほうがいいからだ。あくまでテキスト上にフレーバー的に存在していたというくらいだな。
しかも聖教会の<ディテクト>の宝玉を使うにはなかなかの値段がかかるらしい。それが故に一般人は一年に一回くらいしか頼まないのだとか。
それを聞いて俺は愕然とした。
頻繁にステータスを確認しないということは、転職に際し無駄な経験値や熟練度が発生しているはずだし、下手したら「どれくらいでスキルレベルが上がるのか」を把握していない可能性が高い。
俺は効率厨というわけではないが……それにしてもこれは酷いと思う。そんなんじゃ強くなれないだろう。
もしかしたらこの現実世界は俺が想像しているよりも全体的に弱いのか?
だとしたらラストバトルはどうなる? 俺抜きでラスボスに勝てるのか?
そんな不安も出てきた。知れば知るほど頭の痛くなる思いである。
しまいにはこんなことも言うのだ。
「転職なんてする人いるんですかね? 少なくとも私の周りでは見たことないです」
「貴族の強者などは行っていると聞くがな。平民でやるのはそれこそ高ランク冒険者とか一部に限られるのではないか?」
どうやら普通は転職しないものらしい。最初に決めた職業をずっと続けるものだと。
スキルレベルがMAXになったらどうするのだろうか、と思ったが、おそらくそこまでスキルを擦らないのだろうな。なにせ日常的にスキルレベルを確認していないから。
むしろ転職したら職業レベルは1になるわけで、わざわざ弱くなるような真似はしないものらしい。
こりゃ骨が折れるぞ。
二人の育成もそうだが、俺自身の生活プランも見直す必要があるかもしれん。
はぁ……とりあえず二人を連れて冒険者ギルドに行ってみようか。




