第四章 ブーケ②
重厚な扉に真鍮の鍵が差し込まれた。
ガゴン——
鍵と言うにはあまりに大きく、鈍い音が響いた。
両開きの扉が開くと同時に、少し滞留した空気が溢れるように流れ出てきた。
ただ、普段から清掃や換気はされているのだろう。
こういった館特有の、カビやホコリの臭いはしなかった。
「懐かしいですね」
「上田さんは入ったことがあるのですか」
ニュアンスにノスタルジーからではないと感じて尋ねた。
「はい。当時は撮影NGと言われました」と頭をを掻いてみせた。
「今もNGなのは変わらないのですけどね。上田さんは特別ですね」
湯浅さんはそう言うと「触れなければ、あとはご自由にご覧下さい」と言って後ろに下がった。
赤い絨毯のエントランスホール。
正面に大きな階段が配置された形様は、英国のマナーハウスだろうか。
天井から堂々と吊り下がるシャンデリア。
かつての時代には来賓を出迎える、この舘主の権勢の象徴だったのだろう。
猫脚のテーブルに革張りのソファー。
当時はタンだったのだろう。
時間の積み重ねは、このソファーに琥珀の色を新たに授けていた。
「上田さん、これは——」
かつて訪れた時に撮影が出来なかった彼の気持ちは、想像にかたくなかった。
「ええ、遠藤さん。ここだけでも圧巻ですよね」
そう言う上田さんは、もう既に視線を巡らせて構図を探っているようだった。
「上田さん。私から指示することは無いので、好きに撮影してください」
彼に対して私に指示出来るようなことは無いと思った。
私は私で湯浅さんへの取材と、内装や調度品をよく観察するという基本を行うだけだ。
——きっと、良い記事が書けそうだ。
「それじゃぁ湯浅館長も、菫子さんとお話したことがあるのですか」
お話を伺う中で共通点を見つけた。
郷土資料館へは何度も訪れ、館長への取材もしてきたが知らなかった。
知れたのは今回の取材テーマが、菫子さんそのものだったせいだろう。
花は散る瞬間も花——
この話題が出た時にひとりの名前が語られた。
『日下香織』
菫子さんのお孫さんで、彼女が清明祭の決行を強く希望したそうだ。
そしてかつて、お婆さんの柘植菫子時代を調べていたと湯浅館長が話していた。
「元々、私たちの出会いがそれだったんですよ」
館長がこの郷土資料館で、受付の臨時職員だった頃の話だった。
「閉館の一時間くらい前だったと思うんですよ、確か。香織さんが見学にいらして『祖母の実家なんです』って言うものですから驚きましたよ」
館長は当時そのままのような表情を見せて語ってくれた。
「確かその後は、ここの展示物の寄贈元のワイオーレ財団についても調べてましたね」
「ワイオーレ財団?」
長く記者をやっていたが、耳に馴染みの無い名前だった。
「あとは......」
当時の記憶を探るように左上に視線を這わせながら首を傾げた。
「近所にボストンってお店があって、一緒にケーキセットを食べましたわ」
そう言ってパンと両手を合わせて館長は笑った。
「ああ、美味しいですよね。遠藤さん、このあと行きますか?」
上田さんが撮影を終えたようだ。
「おじさん二人でケーキセットって、なんか絵的に嫌ですね」
私は苦笑いを浮かべた。
「じゃぁ、呼びましょうか?香織」
「えっ!?連絡先をご存知なのですか」
思わず驚いて聞き返してしまった。
「ええ。私と香織はこれが縁で友人になったんですよ。そして、上田秀美も」
「えっ!?」
今度は上田さんが驚いて館長を見ていた。
「ふふ、偶然居合わせたんです。十一年前、三人がこの場所で」
まるで少女のような笑顔を浮かべた館長は、ポケットからスマホを取り出して青白く光る画面をタップした。




