第四章 ブーケ①
開催を危ぶまれた今年の清明祭は、無事に開かれることが決まった。
清明祭の生みの親——
かつてこの地域一帯を支配した柘植財閥のご令嬢が、先月亡くなったのだ。
百歳の大往生だった。
実行委員会がご遺族に自粛を申し入れたが『故人のたっての希望』と言うことで開催の運びとなった。
「いやぁ、菫子お嬢様」
適当に手を合わせる谷口くんを「不謹慎だぞ」とたしなめた。
私は菫子お嬢様とお会いしたことがある。
勤務先のタウン誌の取材だ。
柘植家の特集を組むと売上が上がる。
やはり財閥の華麗な暮らしに読者の興味は尽きないのだろう。
あれは今時期——
清明祭をひと月後に控えた、ある日だった。
既に卒寿を過ぎていたが、矍鑠としていた。
「咲く花のように凛としていらっしゃいますね」
そう言った私に「花は散るその瞬間も花——私にそう教えて下さった方が居るの」と、菫子さんは愛おしそうな表情で胸に手を当てた。
花が薫るような感覚を覚えた。
そして「しおれてはいられないわ」と笑った。
その表情——
いや、眩しさは帯壁小町と呼ばれたという逸話を私に思い出させた。
ご本人は「記憶に無いわね、ボケたのかしら」と冗談めかして煙に巻いていた。
それでも実際はどうであれ、生き方そのものの美しさは人に宿るのだと思い知るに十分な取材だった。
同行したカメラマンは「この街の女性は花のような女性が多い」と帰路で呟いていた。
最初はカメラも私がやる予定だったが、編集長にドヤされて同行を依頼した。
「菫子さんに素人がカメラを向けるな!」
今思えば編集長もかつて、菫子さんに圧倒されたのだろう。
それにしても、誰がその言葉を遺したのだろうか?
親会社の地元新聞社を依願退職して、この子会社に再就職した。
息子の入学金と学費の為——
夜討ち朝駆けの充実した日々を手放したことに後悔はない。
だが、久しぶりにあの頃の気持ちが胸に奥で首をもたげた。
「上田さん、ちょっと付き合ってもらっていいですか?」
先月中途入社したカメラマンに声を掛けた。
もう一軒、柘植家の特集なら外せない場所に行くことにした。
郷土史資料館。
かつての柘植紡績跡地に建つこの資料館には、度々お世話になっていた。
「こんにちは、湯浅さん」
上田さんが、そう挨拶したことに「知り合いでしたか?」と少し驚いた。
「私の同級生のご主人なんです。遠藤さんも"藤さん"のご主人って言ったら、分かりますよね」
湯浅さんはそう言って「ねぇ」と上田さんに笑いかけ「秀美は元気にしてる?」と世間話を始めた。
私は置いてきぼりになりそうなところで「スナックの藤さんの旦那さん!」と声を上げた。
つくづく嗅覚が鈍ったと自嘲した。
——上田真一。
この名前に気付かず過ごした1ヶ月。
世界中の史跡や建造物を撮影して出版された彼の写真集は、大きな賞を獲って話題になった。
「上田さん。撮影NGの屋敷、撮ります?」
湯浅さんはそう言うと、私達を柘植財閥の本館に招き入れてくれた。




