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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第四章

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02 広場の櫓

 理術は時に危険なもの。

 先日のサレント自治領で、彼女はヴァンディルガ皇国の青年ルカにそうしたことを語った。

 だが感情も、時に危険なものだ。

 危険な理術に、危険な感情が加われば。


(その気になれば、理術士はひとりで天秤を打ち壊せる)


 もちろんと言おうか、都市基盤を支える式盤などは、たとえひとりの理術士が造反しても破壊することは不可能であるように作られている。

 しかし、もっと単純に、要人の暗殺や無差別の破壊行為のようなものは防ぎづらい。理術士の倫理に頼ることになる。


(魔術師たちもそれは同じだが、彼らには「魔術師協会」という抑止力がある)


 協会は世界中にあるし、各地に強力な魔術師たちも多い。彼らの品位を著しく落とすような魔術師がいれば、捕らえて厳しく処罰することができる。


(しかし理術士は、カーセスタにわずか数十名がいるだけ。ひとりの理術士がもし凶行に走れば、容易に止められるものじゃない)


 だからこそ彼らには強い倫理観が求められる。強い縛りと言ってもいい。必要なものなのだ。


(「気持ち」は否定しない)

(しかしそれでも、天秤より大切になることはないと、私は思う)


「――ミアンナさん?」


 黙り込んだミアンナを気遣うように、リーネがそっと声をかけた。


「……ああ、花火について考えていた。ジェズル殿、ここで花火に位相構文を加えるのはどうだろうか」

「それは、成程、なかなか派手な光景になりそうですね」


 感心したようにジェズルはうなずいた。


「ほんと、ミアンナさんの花火、楽しみにしてます!」


 その情景を想像するかのように、リーネは窓の外を見る。釣られてミアンナとジェズルもそちらを向いた。


「うわ……きれいですね……」


 呟いたリーネの目には、何も花火の幻影が映っていた訳ではない。

 秋の夕焼けが、北西の空と窓を美しく染め上げていた。


―*―


 支部員たちは優秀であるし、収穫祭の準備は計画通りに順調に進んだのであったが、それでも直前の問題というのは発生するものである。


「あの、運営会から、広場の(やぐら)の完成が間に合わないと……理術で手伝ってほしいという要請が……」

「開会の頭に予定されてた後援者の演説ですけど、腹を下して出られなくなったそうっす。で、代わりにゾランさんに依頼がきてますけど、どうしましょう」

「装飾用の光源がひとつ、駄目になったと連絡が。私がさっと行って直してしまうのが早いと思いますが、よろしいですか。ひとつだけならそのまま舞台の方も対応できるかと」


 ミアンナは額に手を当てた。


「セフィーヌ技術官。広場の件は半刻以内に私が行くと伝えて。ジェズル殿。光源は頼む。ほかの光源にも同じような問題がないか確認を。イスト広報官。ゾラン殿は警備の指揮を執っているので難しい。――レオニス理報官。代行可能だろうか」

「承知いたしました」

「お任せを」

「え、俺でいいの?」


 セフィーヌとジェズルは素早く向かい、呼ばれたレオニスは目をしばたたいた。


「理報官の業務に近いだろう。祭りの雰囲気を知らないリーネが行うのは無理がある」

「光栄だねえ。了解、ちょっと文章練るわ」


 言うとレオニスも素早く執務室に向かった。書きながら考えるのだろう。


「と、当日の朝にこんなバタバタするなんて……」


 リーネが途方に暮れたように呟いた。


「毎年、こんなだよ」


 大きな箱を抱えながらマグリタが言った。


「それにしても、主理術士様はやるもんだね。正直、ゾラン殿に頼りに行くかと思ったけれど」

「へへ……」


 頼もしく指示を出すミアンナが褒められたためだろう、リーネは我がことのように笑みを浮かべる。


「リーネ、私はここを終えたら広場を見てくる。待機を頼めるか」

「うっ……はい……!」


 ミアンナと離れたくはないがミアンナの信頼は嬉しい、複雑な理報補官であった。



 噴水のある広場にたどり着いたミアンナは、先日は閑散としていた周囲がごった返しているのを見た。

 ここまでは長い階段や坂を登ってくる必要があるため、主会場は下側に設置されている。ただ開閉会の挨拶や、いくつかの伝統儀式的なものはここで行うことになっており、仕上がっていなくては格好がつかないようだ。

 ミアンナが調律院の制服姿で乗り込むと、「おお、調律院だ」「きてくださった」というようなさざめきが上がった。

 こんな小娘が?――という声は聞こえない。ミアンナのことがそれなりに浸透してきたか、それとも単に誰も余裕がないのか。


「どこが問題?」


 ミアンナは聞きながら式盤を示すことで自身の身分を伝えた。挨拶などは後回しでいいし、何ならなくてもいい。


「あの装飾をあの場所につけなきゃいけないんですが」


 おそらく棟梁のような立場と見える男が、ミアンナに会釈をしてから説明をはじめた。装飾品は大人が両手を広げたより大きく、金属製でそれなりに重量がありそうだ。取り付けるはずだった場所は、(やぐら)のいちばん上。二階以上の高さがありそうだ。


「先につけてから上げる必要があったんですや。それをせっかちが勝手に組んじまいやがって」

「てめえの指示が遅えからだろうが!」

「んだとこの野郎!」

「喧嘩はしないで。非生産的」


 ぴしゃりと少女がやれば男たちは気まずそうに黙った。


「理術で指定の場所まで上げることはできる。誰かしらが上に登って取り付けられるもの? 危険な行為ならそう言って」


 ミアンナが確認すると、四、五十代ほどの別の男が進み出た。装飾職人のようだ。


「まあ、普通は地上でやりますがね。この場合は危ねえこともなくできますよ。上は露台みたいになってて、立てるようになってますから」

「おい、おめえ魔術師嫌いだとか言ってたよな、理術士様に失礼すんじゃねえぞ!」

「はあ!? 馬鹿野郎、理術士様とクソ魔術師の区別くらいつくわ!」

「非生産的」


 理術士は魔術師の一種だが、いま説明をする必要はない。作業には関係がないし、そもそも自他共に認める魔術師嫌いと協力する必要があるときにそんなことを言い立てるのはまさに非生産的と言うものだ。


 櫓の上部には二、三名ほど立つことができると聞いたミアンナは、職人のあとから同様に登ることにした。地上から見上げて右だ左だとやるよりも、上に登って職人の言う通りに引き上げた方が効率的だからだ。

 あらかじめ大まかに位置を聞いてから理術士が式盤を手にして理紋を浮かび上がらせると、職人は一瞬ぎょっとした顔を見せる。


(初めて見れば、魔術師嫌いではなくても驚くのは当然)


 気にせずミアンナは質量構文を使って問題の飾りを浮き上がらせた。おおお、というどよめきが聞こえる。ほかの作業はだいたい済んで、多くの者が見物に回ったようだ。


「は……」

「緊張しなくていい。この術であなたに悪いことは何も起こらない」

「へ、ああ、すんません。いや、以前に魔術道具で大変な目に遭いましてね」


 職人は紺色の目に愛想笑いのようなものを浮かべ、少し身を引くようにしながら式盤を眺めた。


「魔術道具で?」

「へえ、何でも古いもんだったとかで。酷い話でしょう」


 答えながら職人は作業に入った。細かい位置調整を依頼し、理術士は応じる。


「経年劣化で意図しない作動をしたのであれば、それは魔術師のせいとは言い難い」


 彼女が指示通りの場所にピタリとつけると、職人は釘を打ちつけ出した。地上で見た限りでは小柄な体格に見えたが、こうして手を動かすと非常に力強く感じる。


「へえ。じゃあ誰のせいなんです?」

「それは、事情による」

「はは、そりゃそうだ」


 職人は笑った。


「しかしたとえばですが……古いもんを使い続けて事故が起きりゃ、道具の持ち主のせいじゃないっすかね」

「『古い』にもいろいろだ。どこまでが安全で、どこからが危険かという明確な境界線はない。古いと判っていながら全く整備をしていなかったなら問題と言えるが、証明は難しいだろう」

「はあ、理術士様のお話はどうも難しいですや。おれには、持ち主が悪いとしか思えねえな」


 ははは、と職人はまた笑った。


「さて、これで完了」


 そんな話を続ける内、職人はそう言うと額の汗を拭った。


「動かないか見てもらえますかね。お嬢ちゃんの腕力なら、思いっきり掴んで揺すってもらって大丈夫ですんで」

「こうか」


 ここで理律違背を指摘しても仕方ない。ミアンナは要望に従い、飾りがびくともしないことを確認した。


「よっしゃ、これでいい。降りましょうや。気をつけてくださいよ」

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