07 距離感
理術士ふたりがああでもないこうでもないと話している間、畑の所有者が彼らに気づいて姿を見せており、そちらではイストとリーネが改めて話を聞いているようだった。
「調査用に土を少し持ち出しても?」
この場でさっと思いつくようなことはほぼジェズルが調査済みのようだ。ミアンナは調律院で調べることを考えた。
「ええ、問題ないでしょう。ちょうど畑の持ち主もきているので一応伝えておきま、あの、ミアンナ殿? ちょっとお待ちを」
とジェズルが慌てたのは、何も「許可を取る前にやるな」という意味ではなかった。所有者は解決してもらいたがっているし、ずっと協力的だ。土を少し持ち出すくらい、文句を言うはずがない。だからジェズルが焦ったのは別の理由があった。
「まさかその新品の手布で土を持ち帰ろうと?」
「容器がない」
彼女は透かし編みの入った真っ白な手布を広げたまま答えた。ミアンナとしては手元でできる手段として選んだだけだったので、止められたのは少々意外だった。
「何か用立てますよ、少しだけお待ちを」
さっとジェズルはその場を離れると、農家の親父のところへ行って声をかけた。それから土の件を伝え、不要な空き瓶をもらって戻ってくる。
「どうぞ」
「助かる」
ミアンナが礼を言ったのは、ジェズルが話を通してきたことや瓶のことだけではない。歩いてくるわずかな間に彼が自身の式盤に触れていたのを見ていたからだ。
入れる瓶に無関係の土が付いていては、原因を誤特定してしまうかもしれない。それを見越した副理術士は、流動構文と熱量構文を使って素早く瓶を浄化していた。
「いえ、差し出がましいかとも思ったのですが」
ミアンナならそれくらい気づいたはずだし、彼女自身で行っても一瞬のはずだ。副理術士はそうしたことを言った。だが主理術士は首を振った。
「『嫌味』だの『能力を見せつけている』だのと取る者もいる」
「は?……ああ、成程」
この場合、もしジェズルがただ瓶を渡して、ミアンナが無言でそれを浄化したなら。ジェズル自身は思わないが、「こっちが不手際だったと言わんばかりだ」だとか「ちょっとできるからって自慢してるんだ」だとか言い出す輩はいるだろう。
だから「やってくれて助かった」なのだ、とジェズルは理解した。
「……私は、言葉が足りないとよく言われるが」
そこでぽつりとミアンナが呟く。
「殊に、理術士が相手だと、ますます足りなくなるようだ。すまない」
「いえ、一向に」
青年理術士は苦笑のようなものを浮かべた。
「判りますよ、その感覚は。理術士同士は、通じるのをいいことに、何かと省略して喋りますからね。ほかの者が聞くと暗号のように聞こえることもあるとか」
「よくあることか」
「ええ」
「……何、あの雰囲気は」
畑の外から見ていたリーネは、ぼそりと呟いた。
「ジェズルさん、ちょっと距離が近いんじゃありません? あっ、て、手を!? 理律違背では!?」
リーネはいきり立った。ジェズルがミアンナの手を取ったからだ。それはただ、しゃがみ込んで土を採取したミアンナが立つのを手伝っただけなのだが。
「はいはい、あの辺は足下が悪いんすよ」
イストが取りなす。
「ミアンナ女史にスッ転んでほしくないっしょ?」
「ぐぬ……それは、そう……」
「何となく判ってきたなあ、リーネさんのこと」
―*―
それから彼女らは別の道を通って、ラズトの町をゆるく一周した。
早くも広場での噂を聞いた住民から賞賛を受け、「少ないけど持ってってよ」とどっさり作物をもらい、「軍人さんに、たまには顔出してって言っといてちょうだい」と伝言を受け、「わーい、ちょうりつさんだー」「りじゅつしさまだー」と無邪気な歓声を送られ、調律院に戻れば紫の刻――正午の刻を回ったところだった。
「なんか……すごいですね。その、距離感が、なんか」
理報補官はあまりにも語彙に乏しい台詞を口にした。
「都からきた人はたいてい驚くんすよね。あれでも今日は遠巻きのほうでしたよ。ジェズルさんとか奥様がたの人気者なんで、いつも囲まれちゃって」
「出鱈目を言うな」
顔をしかめて、ジェズル。
「だいたい、人気があるのはレオニスのほうだよ」
「ええ……?」
リーネは胡乱そうな声を出した。彼女にしてみると、「可愛い」だの「ミアンナちゃん」だのと口走ったレオニスは要注意人物だ。
「まーあの人は口が巧い、じゃない、愛想がいいですから。『褒めてくる男』は人気出るんすよ……一般的には」
ちらりとミアンナやリーネを見て、イストはつけ加えた。
「レオニス理報官が『顔がいい』と言われる類なのは判る」
「え゛っ」
淡々と述べたミアンナに、傍らの少女は濁った声を出した。
「ままままさかミアンナさん、ああいうのが……!?」
「一般的な話。私は警戒対象だと言った通り」
「で、ですよねー、よかったー」
「あ、ちょっとだけレオニスに同情した俺がいます」
「お、何の話? 俺の噂?」
そこへにこやかに登場したのが当のレオニスだ。
「いいねー、女の子に噂されるの最高! あ、いいのよ、悪口でも。俺のこと考えてくれてるってことだからね」
「うわ……」
「理律違背」
「前言撤回するっす」
「いい加減にしろ、レオニス。それより話がある。こっちにきてくれ」
「ほいほい」
彼女らは食堂で昼飯を取りながら話していた。つまりレオニスも昼休憩にやってきたところだ。
「昼飯にしちゃ豪華な取り合わせだな。町で何かもらってきた?」
「当たりだ」
ジェズルが笑う。
つい先ほど持ち帰った新鮮な食材類をパトフ料理人に預けると、それがすぐさま絶品の定食になって提供されたのである。
「新鮮さを活かして塩だけの味付け。それも薄めにすることで、強く風味を感じさせる設計になっている。食材と食べる側への信頼」
「おお……」
「『設計』ってのが理術士っぽくていいっすね」
「これは『調べた』とかじゃない……」
「てか、ミアンナ嬢、『飯なんて栄養があればいい』みたいな顔してるのに意外。その落差がまたたまんないねえ」
「レオニス理報官。違っていたらすまないのだが」
ミアンナが匙を置いてレオニスを見た。
「ん、なにかなー?」
「もしや責述書を書きたいのだろうか」
「んな訳ないでしょ!」
即座に理報官は答えて、それから笑う。
「え、俺また怒られてるの? あれ、『嬢』も駄目? 寝ないで考えたのになあ」
「『寝ないで考えた』は過剰な物言い」
「そこよりもっと問題点があったろ……」
ジェズルが額を押さえる。
「『落差がたまんない』? 親愛を示すのも許されない?」
「そこもだが、他人を外見で判断し、印象を決めつけて語ることに問題があるんだよ」
「ええ……俺、何も言えなくならん?」
「ほかにも話すことはあるだろ、いくらでも」
そう言ってジェズルはコホンと咳払いをした。
「とにかく。話したいのは、例の畑のことなんだが」
「ミアンナ嬢がささっと解決してお前の立つ瀬がなくなったって?」
「俺のことなんかどうでもいいんだよ。もっとも、立つ瀬がなくなる出来事はあったが」
そんなふうに言ってジェズルは広場での出来事をざっと理報官に共有した。
「言っておくが、ジェズル副理術士」
そこでミアンナが声を出した。
「あれはあなたがいたから可能だったこと。私が失敗しても、あなたの理術があれば被害は最小限で済むと。私だけならば確実性を取り、子供は無事でも怪我をしたはず」
「は……」
ジェズルが驚いたのは、ミアンナがかなり丁寧に説明したことが判ったためだった。主理術士は、この場にいる全員に向けて、彼が必要であることを知らせている。
「精進いたします」
青年は軽く会釈した。
レオニスの言葉はただの軽口であるし、イストも彼らのやり取りには慣れている。だから実質、いまの発言はリーネだけに対する説明になったのだが、こういった配慮は大事なものだ。殊に、立場が上の人間がそうした言動をし、ちゃんと見ていることを示すのは、信頼につながっていく。




