06 例の畑
長老たち、と言うのはたとえでも何でもない。本当に町の最年長者たちがラズトの町を回していた。
中央を離れるにつれて、町の自治は議会の形を取らなくなっていく。何らかの合議制であることは多いが、代表者が住民たちに選ばれるのでもなく、一定数の老人たちがあれこれ決定し、少し下の世代が計画、企画を進め、更にその下の世代が肉体労働、というような形になるのは珍しい話ではなかった。
寄合所でミアンナが紹介されると、案の定、老人たちは目を剥いた。イストが警告したようにかなり直接的な発言をする老人もいた。広場での出来事がなかったら、ついにリーネが我慢しきれなくなったかもしれない。
幸い、あのときの「受け入れられた」という感覚は強かった。イストやジェズルも空気を気にすることなく、当然ミアンナは何も気にすることなく、彼らは古老たちの古びた言葉をはいはいと受け流して、つつがなく「ご挨拶」は終わった。
「まあ、でも、全体的にはいつも通り好意的でした」
「支部は設立当初からずっと印象がいいそうだからな」
「あー、庁舎時代の役人に田舎田舎と馬鹿にされたって話、よく聞かされますもんね」
ジェズルの言葉にイストは苦笑した。
調律院は地元の人間も雇うし、そもそも理術士や理報官には王都出身を鼻にかけるようなタイプがほとんどいない。ただ普通に接しているだけなのだが、嘲られた当時を記憶している老人たちからすれば「役人と違って調律さんたちは感じがいい」ということになるらしかった。
「もうちょっと時間食うかと思いましたけど、わりとあっさり解放されたので……」
言いながらイストはきょろきょろと辺りを見回した。
「ジェズルさん、例の畑ってどっちでしたっけ」
「ああ、いや、だが……」
副理術士は案内しかけ、それから言い淀んだ。
「今日でなくてもいいだろう」
「実りの悪い畑の話か。見ておきたい」
「統理官がそう仰るなら」
おそらくジェズルは、ミアンナが疲れているのではないかと気遣ったようだった。ミアンナがうなずくのを見て、案内することに決めたらしい。
「ばちーっと解決してもらうんすから」
気楽な調子でイストは言った。これは信頼だの過信だのというより、軽口だ。
「実りが悪いって言うと、普通は日当たりとか水はけとか、あとは土壌とかですけど……」
リーネが指を折りながら言えば、ジェズルはうなずいた。
「その通り。誰もがそれを疑った。だが奇妙なのは、畑の中心部分だけ極端に実らないということなんだ」
「ええ……?」
「つまり日当たりは関係ないし、すぐ隣では青々と実ってる以上、水も土も考えがたい。念のためにいくらか手入れはしたらしいんだが、全く変わらないそうで」
「しかも実らない部分がきれいな円の形をしてるんすよね。だから理術や魔術の干渉が疑われたんすけど、ジェズルさんによるとその気配はない」
イストが付け加え、ジェズルもうなずいた。
「魔力の気配はなく、式盤もない。理術で確認しても、実る土地と実らない土地の差異もない。いろいろ構文を試してはいるんですが、はかばかしくないという状況です」
「興味深い」
ミアンナは口元に手を当てて呟いた。
「実らない土地は両腕で抱えられる程度の大きさなんで、収穫量自体にでかい影響はないんですけど、『呪いの畑』なんて言われることもあって。そうなると、卸値に響いちまうんですよ」
「うわあ、それじゃ畑の持ち主さんも困っちゃいますね」
判りやすくも重大な問題にリーネは顔をしかめた。
「いまは一農家だけでも、もし噂が広まればラズトの作物全体が影響を受ける可能性もある」
そっとミアンナは懸念を口にした。
悪い噂というのは広まるのも早い。
「例の畑」として既に近隣の住民は知っている。いまは他人事だろうが、噂が広まってこの一帯自体が呪われているなどという話になったら、笑ってはいられまい。
「そうなんすよ!」
イストは両の拳を握りしめた。
「だから一日も早く解決を……すんません、連れ回しちゃって」
「問題ない」
簡単に言ってから、ミアンナは先に立った。
「行こう」
「あの、これはだいぶ乗り気です。かなりの興味を感じます」
そっとリーネが説明した。
「だからおふたりとも、お気になさらず」
ジェズルとイストは顔を見合わせ、少し笑った。
―*―
問題の畑は、小さな住宅地を抜けて少し行った先にあった。
「収穫は終わってるんで、いつでも自由に入って見てほしいと言われてます」
イストが話した。
「まあそれでも、さび草は生え放題なんで。育成具合は判りますよ」
「さび草って、寂しがりだからどこにでも生えてくるって言いますよね」
「お、リーネ女史、文学的」
「そんなんじゃないです」
少女は恥ずかしそうに手を振った。
「実際にはどんなに痩せた土地や狭い場所にも生えてくる、強い植物だが」
ジェズルが加わる。
「誰かに見られたくて生えてくる、なんて言うとまるでいじらしく思えそうだ」
「農家には悩みの種っすけどねー」
「寂しいと、生えるのか?」
ミアンナが首を傾げた。
「あ、いや、ミアンナ女史。ガチの生態の話じゃなくて……」
「詩歌文学の話なのは理解できる」
「あ、すんません」
「だが、寂しいと生える、とは?」
その問いかけに三人はしばし沈黙した。文学的感性に理屈をつけるのは難しい。
「あの、寂しいと一緒にいたくなっちゃうからだと思います」
また恥ずかしそうにリーネが答えた。
「そうか」
ミアンナはうなずいたが、腑に落ちたとは言い難かった。
(寂しいと一緒にいたくなる?)
彼女には掴めない感覚だった。
「ここで作ってたのは火豆……火炎豆っすね。初心者にもやりやすいってんで。あ、畑の持ち主は熟練なんすけど、二年前に息子さんが帰郷して。それで、爺さんが亡くなって以来休ませてた畑を息子さん向けに使い始めたそうです」
「だから最初の年は、不慣れな新人か何かやらかしたんだろうと思ったらしく、本人たちも特に問題にしませんでした。しかし今年も、お父上も確認しながら進めたにも関わらず」
「中心部分だけ実らなかった」
「ええ」
ジェズルがうなずくのを見て、ミアンナはすっと進み出た。こういうときはリーネもおとなしく、ジェズルがミアンナに続くのを見守った。
収穫後、抜かれなくなったさび草が辺り一面に生えていたが、話の通りに畑の中央付近だけ明らかに育成が悪く、ほぼ土だけの部分が円を描いていた。
「確かに理術の痕のように見えるが、構文が稼働している気配はない。魔力も、地脈由来の微弱なものだけ」
呟くように言う主理術士に、副理術士はうなずいた。
「神術を裏返した呪いは専門外だが、土地が枯れるような強い呪いに地脈が揺らがないとは考えづらい」
「そもそもこんな小さな一画を呪うことも考えにくいです」
もし強い恨みでも買ったのであれば、呪いは畑全体、いや、当人や家族に向きそうなものだ。
「何か埋めたような気配は?」
「畑自体を掘り返していたので、痕跡の有無は判らなかったでしょう。少なくとも耕作中に式盤や呪物のようなものが出てきたことはなかったそうです」
その辺りは確認済みだったジェズルが答える。
「原因が判らないままでは理術の施しようもない」
日当たりにせよ何にせよ、原因がはっきりしてこその対策だ。少なくとも輪郭くらいは把握してからでなくては。
「休耕地だったと言うが、以前にも火炎豆を?」
「そのようです。一時期、王都で辛い食べ物が流行した際、需要が大きかったのだとか」
一時的な流行りですぐに廃れてしまったが、所有者の父は時機を掴んでまあまあ儲けたらしい。
「さび草が同様の現象を見せている以上、火炎豆だから何か起きたということもなさそうだ」
「やはり魔術や理術が疑われますが、我々が感じ取れないのはおかしな話です」
これは何もジェズルの驕りではない。魔力を持つ者たちは魔力を明確に感じ取るのだ。見えると言う者もいれば香ると言う者もおり、熱を感じるとか肌がピリッとするとか、その感じ方は千差万別だが、隣で魔術を使われれば反対側を向いていても判る。
微細なものまで常に感じ取る訳ではないが、魔力を使う仕事をしている者がふたり揃って精査しているのに気配もない、となれば、ないと言い切ったっていいだろう。しかも片方は調律院直属の専理術士なのである。




