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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第二章

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02 調律院の人

「まあ見ててよ、おやっさん。この人が例の畑の問題をばちーっと解決するからさ!」

「おい、イスト」

「はは、楽しみにしてるよ」


 町びとは笑って手を振る。


「そういや調律さん、うちのガキを見なかったか?」

「うん? フィンなら見てないな」

「そうか、手伝いにこいと言ったのに。さぼってやがるな」


 ぶつぶつと男は呟き、もう一度イストに挨拶をして、自身の作業に戻った。


「……まだ統理官が現地を見てもいないのに、解決を約束するのは軽率だ」


 そっとジェズルはもっともなことを言った。


「すんません、つい」


 素直にイストは謝った。


「何故?」


 ミアンナは尋ねる。


「私は二日前にやってきたばかりで、まだあなた方の信頼を得るような行動を何も取っていない。なのに何故、言い返すような真似を?」

「そりゃ、だって、見てなくたって知ってますよ。調律院直属の理術士がどんだけすごいかってことは」

「だが、私が実際に何かした訳ではない」


 評判だけで信じることこそ軽率ではないのか、とは言わなかったが、彼女の内にはそうした疑問が生じた。


「ミアンナ殿が仰ることは判ります」


 イストが首をかしげる横でジェズルが言った。


「ですが我々は同じ『調律院』というものに属し、同じ天秤を保とうとしていますから」

「……そうか」


 理術士ふたりが話す傍らで、イストがリーネに小声で囁く。


「え、いまの、判りました?」

「あの、たぶんですけど。『まだ実績もないし過ごした時間も短いのに身内みたいにかばわれるのは奇妙だ』との発言に対して、『調律院と天秤を通して以前から関わり合っているも同然なのだから顔を合わせてからの時間は関係ない』という返答……じゃないかと」

「はー、さすが理報官は解読が巧いっすね……」

「補官、です」


 恥ずかしそうに少女は訂正した。


「ところで、さっきの『調律さん』って何ですか? イストさんのあだ名?」

「俺のって言うか、『調律院の人』みたいな意味ですね。ジェズルさんなんかは理術士って知られてますけど、だいたいの人の認識は『軍人さん』『理術士さん』、あとはまとめて『調律さん』」

「ゾラン殿や私もそう呼ばれることはある」


 ジェズルが言えば、リーネは目をしばたたいた。


「じゃあミアンナさんやわたしも」

「そう、調律さん」


 にやっとしてイストは返した。


(成程、「調律院を通して身内」とは、こういうこと)


 やはり口には出さなかったが、ミアンナも腑に落ちるものを覚えた。

 不思議な感覚だ。王都では調律院本部内でのやり取りが多く、王国軍や官僚と話すことも時折あったが、たとえ名を知られていなくても常に彼女は「調律院の専理術士」だった。

 それがここでは、「調律さん」。「よく知らないが調律院というところの人らしい」くらいのゆるい括り。これは彼女にも想定外で、なかなか新鮮な気持ちだった。


「えーと、この先が町でたった二軒の食事処のひとつ。支部にはパトフのおやっさんがいるからあんまり行くことはないと思いますけど、煮込みが絶品です」

「鶏肉と赤芋を使った緋色煮込み」

「へっ」


 イストが目をぱちくりとさせたのも無理はない。言ったのがミアンナだったからだ。


「この辺りの煮込み料理と言えばそれ」

「ミアンナさん、よく知ってますね……?」


 リーネが昨夜に続いて驚く。


「調べたから」

「んじゃまさか、これも知ってます? 白雪茸の」

「香包蒸し」

「うわ、怖」

「調べただけ」


 口を開けたイストに、ミアンナは何でもなさそうに返す。


「えっと、煮込みは何となく判りますけど香包蒸しって言うのは? 香草を使ってるとかですか?」


 興味をそそられたか、リーネはミアンナに尋ねた。


「白雪茸は独特の臭気があって、あまり好まれない。けれど乳酪で炒めることによって癖がなくなり、芳醇な香りになると言う。それを米粉の皮で小さく包み、蒸したもの。白い仕上がりから慶事に用いられることもあり、ひとつの包みにだけ豆を入れて、それに当たると運がよいという遊戯も行われる」

「……本気で怖くなってきたんすけど」

「詳しすぎる……」

「調べた」


 半ば本気かイストは怯えるような顔をし、リーネですら呆然とするなか、ミアンナは平然としたものだ。ジェズルだけがかすかに笑っていた。


「ほらイスト、町の紹介を続けてくれ」

「あっはいはい。ええと、向こうが日用品の商店です。本部から支給されない類のちょっとした備品なんかはそこで買います。まあ、個人で買うものはほとんどないですね。たいていは経費だし、衣食住は支給されるし」


 制服以外の衣はさすがに最低限の私服だけですけど、と間に挟みながらイストは続けた。


「俺はたまにちょっと酒やら菓子やらを買うくらいかな。祝いの席なんかだったらそれも経費になるし、ゾランさんが出してくれたりとかもあるんで、ますます金を使う当てがない」

「書物などは王都から取り寄せることになりますし、個人ではなかなかラズトに還元できないのが少々悩ましいですね」


 ジェズルがつけ加え、ミアンナは首をかしげた。


「食材や備品は支部で購入しているんだろう。パトフ料理人やイスト広報官もここの出身であるなら、雇用も作れている」

「それは『調律院』がやっていることですから」

「つまり、好意や親愛から、個人的に支払いをしたいと思うのか」

「そんなに珍しいことでもないのでは?」


 ミアンナが不思議そうに言うのを見て、ジェズルも不思議そうに尋ねた。


「ほら、ミアンナさんも王都でお気に入りの店とかあったじゃないですか」

「お、統理官ご贔屓の店ってどんなのです?」


 リーネが言えばイストも乗ってくる。


「……特に覚えがない」

「ええ!? ネネティノさんから教わったお店だって言ってましたよ?」

「ああ、〈液彩屋〉のこと。あれを気に入っているのはネネティノで、私は行きやすいから行っていただけ」

「そうなんですか!?……てっきりミアンナさんのお気に入りだと思って、わたしも通ってたんですけど……」

「何故?」

「いや、それはええと」


 リーネは「何となく」などと答えにならないことをもごもご呟いた。


「名前からすると墨屋かな。こっちじゃ黒いのしか手に入らないですけど」


 少し申し訳なさそうにイストが言った。ミアンナは首を振る。


「問題ない。書ければ何でもかまわない」

「ほんと、別にお気に入りじゃなかったんだ……」


 ずいぶん落胆した様子でリーネは繰り返した。


「それから、もうちょっと先にもう一軒の酒場。まず行きませんがね」

「みなさん、お酒あまり飲まれないんですか? 昨夜はちょくちょく召し上がってたようですけど」

「嗜む程度ですね」


 ジェズルが応じた。


「ただ、町の酒場に私たちがいると、人々が寛げないんですよ。酔って羽目を外しているところを見られたら罰を受けると思っている。もちろん我々にそんな権限はありませんが」

「ま、それで男連中はたまに隣町へ繰り出したりしますが、節度を守ってますんで……へへ、その辺はお目こぼしいただけると」

「おい、誤解を招きそうな言い方をするな。ときどき余所で飲むというだけだろう」

「時間外に何をしようと、関知しない。犯罪でなければ」


 当然のようにミアンナが言えば、イストは更に意味深な笑いを浮かべた。


「レオニスなんかはしれっと二刻逢に出たりするけど、あの手の店では合意の上のはずで」

「こら」

「へへ、すんません」


 ジェズルの渋面をイストはにやにや笑いで受けた。


「二刻逢って何ですか?」


 しかしそこでリーネがひょこっと首をかしげて尋ねる。男ふたりは明らかに「しまった」という顔をした。


「ああ、ええと、リーネ女史! 見てください!」

「え?」

「いい天気ですねぇー」

「そうですね……?」


 リーネが首を逆方向に傾ける間、ジェズルがちらりとミアンナを見た。ミアンナは軽く肩をすくめる。そこで副理術士は丁寧に謝罪の仕草をしたが、主理術士は不要だとばかりに手を振った。


―*―


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