03 理術士なんて
「おや、理術士さん、ごきげんよう」
「おはよう、調律さん。珍しいね、そんなに連れだって」
「ずいぶん若い子と一緒にいるじゃないか」
「見かけない顔だ」
「え? 統理官?」
「調律さん」を見つけて声をかけてきた住民たちの反応は、最初の町びとと似たり寄ったりだった。
即ち、「こんな子供が、あの軍人さんより上の立場だって?」「はは、冗談だろう」「本当だって? 大丈夫なのか?」「理術士ってのは子供でも取れる資格ってことか」「調律院はこの町を軽んじているのでは?」というような内容だ。
さすがにそこまではっきり口にした住民はいなかったが、近いことをしかめ面で言い、知った顔で首を横に振った。イストとジェズルがそれらを上手にとりなす背後でリーネは不満そうに口を尖らせていたが、反射的な反論は何とかこらえているようだった。
「想定はしていた」
どうにも気まずい空気になってきた頃、やはり淡々とミアンナが口火を切った。
「王都でも、初対面の人物はまず驚く。書類上で知らされていても、誤記の可能性を疑うものらしい」
「あー、まあ、それは正直」
「……ラズト支部でもありました」
罪を告白するかのように、イストとジェズルがそっと言った。リーネは少々過敏になっているのか、ふたりをじろっと睨んだ。
「何も不思議じゃない」
ミアンナはリーネを制しながら言った。理報補官は「あうう」と妙な音を出して頭を垂れた。
「あのときはマグリタ殿が、調律院が理術士個人の情報を誤記するはずは絶対にないと言い切られて」
「あれは結構、意外でしたね。マギーさんはむしろ、十五歳なんて有り得ないとか言い出しそうなのに」
「マギーさん……庶務官のかたですね」
少し落ち着きを取り戻したリーネは、思い出すようにしながら言った。
「歓迎会ではあまりお話しできませんでしたけど、いい人なんだ!」
マギーことマグリタは四十代後半から五十代ほどの女性で、新人ふたりにあまり興味がなさそうな様子だった。最低限の挨拶だけしたあとは、ミアンナの視界にすら入ってこなかったくらいだ。
「あんまり喋らないけど頼れるおばちゃんっすよ。ただし時々怖い」
「こ、怖い?」
「支部の勘定のほとんどを担っておいでだからな。記載間違いには厳しいさ」
「あ、それで本部からの情報に誤記があるはずないって」
「調律院への信頼。応えていくべき」
静かにミアンナはうなずいた。
庶務官マグリタや広報官イストは、調律院の所属ではない。理術士や理報官たちはカーセスタ王国の機関である調律院の公務官だが、事務官の多くは調律院に雇われている。
マグリタは何も、調律院の権威を闇雲に信じて「本部が間違うはずがない」などと思っている訳ではないだろう。それこそ実績と長い時間が、マグリタに調律院を信用させているのだ。
「あの、このあとご紹介するのは爺さん連中……まあ、長老勢ですね、たぶんもっと直接的なことを言いそうなんで、先に謝罪しておきます」
「イスト広報官が謝る理由はない」
「謝らせていただけませんか」
少し困った顔で、ジェズルが言葉を挟む。
「ある程度は推測していました。実は、四人で連れ歩くことにしたのはそれもあるんですよ。声をかけられづらいだろう、という」
「――ああ」
伴逢に思われる云々の軽口も全くの嘘ではないのだろうが、口実だったということだ。
「ですが、気後れより好奇心のほうが強かった。我々の見込みが甘かったようです」
「ジェズル殿。私は本当に気にしていない」
彼女はまず、そう言った。
「だがその上で、あなた方が気に病むと言うのであれば、謝罪は受ける」
「有難うございます」
すっとジェズルは会釈し、イストも慌てて倣った。
「……『謝罪は受ける』かあ、かっこいいっすよね」
「こら」
「てかジェズルさん、ミアンナ女史の調子に慣れるの早くないっすか?」
「何だって?」
「だって、ほら」
「ああ」
苦笑いをしてジェズルは首を振った。
「調律院所属の専理術士はたいていその『調子』なんでね」
「そうなんすか? でも……」
言いかけてイストは口を手で塞いだ。
「あっぶね、理律違背みたいなことを言いそうになった」
それを聞いたジェズルは苦笑いし、気づいてやめられたのならいいだろう、というようなことを言った。ミアンナにもそのやり取りは聞こえていたが、これも咎める対象とは異なる。
イストが飲み込んだ言葉は容易に推測できた。「熟練ならともかく、十代の少女にしては堅すぎる」という類だ。この広報官は、町の者たちがミアンナを若いと見て軽んじることを嫌がったが、そんな彼でも「つい思ってしまう」ことはとめられない。
もっとも、仕方がないと言おうか、それが一般的だ。
実力主義を謳う組織は間々あれど、たいていはどうしても年齢や経験年数を見られる。業務内容によっては性別も。
本当に年齢も性別も問わないという場所は実に稀で、もしかしたら調律院と魔術師協会くらいかもしれなかった。
「……魔術師」
そのとき、少し離れた物陰で、小さな呟きが洩れた。
「理術士なんて、結局は邪悪な魔術師と同じじゃないか」
―*―
リーネは空を見上げた。
「少し風が出てきましたね」
秋の雲は薄くたなびき、季節の移ろいをひっそりと主張し続ける。
「これから伺う寄合所というのは……」
新来者たる理報補官は行先を確認すべく、地元を知るふたりの男たちを振り返った。
「あれ?」
「ん?」
「あ、すみません。誰かそこを走り抜けたので、何かあったのかと」
のんびりした土地とは言え、急ぎの用事で走るくらいはあるだろう。だが、どこか不自然に見えたのだとリーネは説明した。
「一応見てきます」
イストが先ほど通り過ぎた四つ角にさっと駆け戻り、左右を見渡してからまた戻ってくる。
「特に何か騒ぎがあったって様子じゃないですね」
「気のせいかな……すみません」
「いえ、全然。何でもないことっす」
恐縮するリーネに、イストは笑った。
「えっと、寄合所でしたね。もうちょい先です。ここから五分くらいかな」
「その前に広場に寄ってよろしいでしょうか」
ジェズルが軽く片手を上げて言った。
「名物の噴水をお目にかけたい」




