03 似通っているが、同一でもない
「イゼリアさんからいただいた一覧を参考に、ハイムさんと交流がありそうな方をこちらに書き入れました」
リーネが帳面を渡してくる。
「外交使節所に長くお勤めの方と、あとは逆に、ハイムさんがいらした頃に新任だった方。支部のみなさんの話からすると、まだなじめていない新人さんに積極的に声をかけていそうな感じがするんですよね、ハイムさんって」
それで交流が生まれるかはともかく、ハイムはそういうことに気がつきそうだ、という印象はミアンナにもある。文書管理課で能力を生かし切れていなかったウィントンをハイムが見つけてラズト支部へ連れた、という話を聞いたためもあるだろう。
伝聞でしか知らない相手であるのに印象が共有できている。不思議なものだ。
(支部員たちにも、ラズトの住民たちにも、おそらくはこの使節所でも好かれていた人物。本当に、あんなことをするだろうか)
(――予断は禁物)
「しているに違いない」とまではまだ思っていないが、「そんなことをするはずがない」も危険な決めつけだ。過剰な「気持ち」は時に判断を歪ませる。
「あとは理報官さんですけど、連絡つきますかね」
ハイムより先に引退した理報官セロは律儀者で、当時まだ王都にいたイゼリアのところへ挨拶にやってきたと言う。理術局を離れ、理報官の経験を活かして町おこしをするのだと話していたらしい。
「まあ、町おこしと言うより開拓と言う方が近そうですけど……」
元理報官の行き先は、比較的ラズトから近いが山間部の谷間で、村とも言えない、集落よりも小さい、ほんの数軒が暮らしているような場所であるらしい。
「町おこし」が「町を盛り上げる」ではなく文字通り「町を興す」の意味で使われたようだ。
「活きるんでしょうか、理報官の経験」
思わずという様子でリーネが呟く。
「国との交渉には役立つかもしれない」
「交渉って、町として登録してほしいとか?」
「そうしたこともありそう。いちばんの利点は、理術士を呼びやすいことではないかと思う」
「ああー、そうか!」
たとえば道を作りたい、橋を作りたいとなって理術士の派遣を依頼したいとき、理術局を知っていれば申請の方法や通りやすいコツなども判る。調律院は平等を心がけていて、知人だからと言って贔屓はしないが、それでも人間だ。知った顔から頼まれれば、快く応じるということも充分有り得る。
「イゼリアにまで挨拶にきたような人柄なら、理術局と揉めることもなく去っただろう」
「はああ、なるほどー……」
リーネは感心しきりだ。
「なお、専理術士付の理報官にも引退後の監視はあるが、本人より緩いし、期間も短い。安心していい」
ミアンナが付け加える。リーネは首をひねった。
「安心?……ああー、いえ! わたしは監視されて困るようなことないですし、あと、引退なんてずっと先ですし、それに……あっ! がんばります、正理報官試験!」
現状、リーネはまだ理報「補」官だ。あくまでも王都の理報官ティアの代行という形なのである。支部ではほぼ理報官として動いているし、ティアもリーネに引き継いだつもりでいて、実質理報官ではある。正式な資格だけがまだだ。
「う、嬉しいです! 認めてもらえてて」
それから、気づいてつけ加える。
リーネ自身が「専理術士の理報官として引退する」という状況は、つまり、ずっとミアンナ付であるということだ。仮にミアンナ以外の理術士につくとなっても――リーネは拒否しそうだが――ずっと専理術士に付く能力があると認められているということ。
「当たり前」
ミアンナは淡々としたものだ。
「リーネは自分の評価を低く見積りすぎ」
「う、嬉しいですう……」
高く買ってもらえている、それもミアンナに、というのはリーネにとってたいそうな喜びだ。
「それで、元理報官のことだけれど」
「はいっ」
「調べたり訪れたりするのは本来、『ハイム殿の容疑が確定、または限りなく濃くなってから』であるべき。ただ、簡単に連絡のつかない場所にいると想定される以上、先に居場所の特定だけでも済ませておくやり方もあると思う」
「確かに、話を聞きたくなっても居場所探しからだと時間がかかりますね」
「イゼリアと、できればゾラン殿にも相談したいが……」
ミアンナ個人としては、動いておくべきだと考える。「ハイムであったとき」に動いていなければ調査の遅延が致命的になるかもしれないが、「ハイムではなかったとき」に動いていた場合、的外れな調査をしていただけなら影響は少ない。
ただ、人を動かすには費用がかかる。ミアンナ自身が動いたところでそれは同じだ。
彼女にはもちろん支部員を動かす権限があるが、ラズトの外に派遣するようなことはまだ経験がない。
そもそもこの場合。人員を出すのは外交使節所かラズト支部か、予算はどれほどかけられるか、そうしたことを確認して決める必要もある。ことほどさように、「現場」とは簡単にいかないのだ。
「私自身がさっと行ってこられれば楽なのだけれど」
決めごととしても、心情としても。
「ミアンナさんと連絡のつかない間に理術関連の事件が起きたら大変です。だいたい、ラズト支部の統理官にして主理術士を安く見積もってもらっちゃ困ります!」
やり返した訳でもないだろうが、今度はリーネがそんなことを言った。
「有難う」
まずミアンナは礼を言った。リーネはもごもごと「本当のことですから」などと呟く。
「少し先走りすぎた。いまは王都からの返事を待ちつつ、話を聞けそうな所員を見つけよう」
―*―
ハイムと話をしたことがある、という者はそこそこいたが、親しい――たとえば私事について語り合うとか、業務を終えたあと食事に行くだとか、そうした人物はいなかったようだった。
その上で、耳にしたハイム・トラルガの印象はこれまでと変わらなかった。無茶を言うことはあるが半ば軽口で、本当に無理を押すことはない。少し行き過ぎだと感じられる行動もあったが、大きな問題にならない線を見極めている。まとめるとだいたいそうしたところだった。
「『シャッハ』像と似通っているが、同一でもない」
同じ時期に神殿で祈っていた男に声をかけ、親しい者を亡くした同士だと相手の心に入り込む。その話術の印象は似ている。
ただ、ハイムはそうした嘘はつきそうにない。軽口は多いが出鱈目ではないと多くの者が話した。そもそも距離を縮めるためについた嘘は、それが知られたとき大きな溝を生む、危険な賭けだ。そうしたことが判らないとも思えない。
一方で、外見の話はほぼ一致する。基本的に制服を着ていたが、私服のときも黒か紺など濃い色のきちっとしたものを着ていて公務官らしかったという点。白髪の一部を明るい茶にしており、赤い襟巻きを好んでいたという話。
「待ってください、お使いを頼まれた子は『清潔な様子、茶色いところのある白髪、黒い服と赤い襟巻き』しか言ってないです」
リーネが指摘した。
「公務官らしいとか、きちっとしているっていうのは、タマラさんのお母さんのお話ですよね。元理術士のお義母さんが亡くなる数日前に『約束』を果たしにきた男のこと」
「そう」
ミアンナはうなずく。
「その時期がハイム殿の訪領時期と一致する、これが疑惑の発端。その訪問者とシャッハをつなげるのは、構文が同一人物の手によるものではないかという推測に過ぎない上、『約束』が構文のことであったかも確実ではない」
明確な証拠はない。ただ、つながっていると感じる。
(確定しないまま動くことへの抵抗はある。同時に、確定してからでは遅い、とも)
先ほどと同じ葛藤が生じる。ミアンナは額に手を当てた。
「お茶もらってきます! ひと息入れて」
ミアンナを休憩させたくてリーネが立ち上がった、そのときだ。ミアンナがぱっと式盤を取り出した。
「え」
「位相構文。イゼリアのもとに王都から通信が入った」
言うなり立ち上がり、足早に小会議室を出る。
「あう、休ませられない……」
理報補官はがっくり肩を落とし、それから顔を上げて専理術士のあとに続いた。




