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「じゃあな〜、厳〜」
友人からの挨拶。
それに笑顔を返した厳は一人、校門を出た。
いつもなら放課後は部活だ。
が、今日は顧問が体調不良で休み。
そのうえ格技場も急な不具合だとかで業者点検が入り使えない。
それで剣道部員は帰宅となった。
厳は知っている。
こんなふうに突発的な非日常が重なるのは、アレが出る予兆だと……
(……やっぱり……)
眉根を顰める。
道の真ん中に頭を丸ごと食いちぎられた鳩。
そこから血痕が続いている。
それは次の辻を左に曲がっていた。
真っ昼間から鳩の死骸が放置されていれば誰か気づくはずだ。
なのに、何故か通りには誰もいない。
厳が血の跡を辿り辻を曲がると、
(いた)
大人の腰ほどの高さの黒い何かがモゾモゾと蠢いている。
厳は竹刀袋から木刀を抜き取った。
素早く、音もなく近寄る。
それに気付いた何かも、
グッパアッ!
厳を包みこもうと形を変え飛びかかってきた。
既のところで厳は右に避けながら胴切りの要領で木刀を振り下ろす。
物理的な手応えはないが、何かを切った感触が確実に伝わってくる。
鼓膜を介さぬ悲鳴が厳の脳内で響いた。
だが、
(!)
何かは消えない。
いつもならコイツラはこの感触の後、霧のように散り消えるのに……。
個体差があるのかもしれない。
何かはグジュグジュともとの塊に戻り、厳を睨みつけているように見える。
顔も目もない塊だが、厳には睨まれていると感じられた。
今度はこちらから切りかかろうと、厳がぐっと下腹に力を落としたその時。
不意に、
「あとは任せて」
背後から声をかけられ、目の前に集中していた厳は飛び上がらんばかりに驚いた。
何かを視界に留めたまま、声の主も見えるよう左足を素早く下げた厳は更に驚く。
塀の上に女の子。
厳と同じくらいの歳に見える。
不利を感じたのか、何かは姿勢を低くし、この場を離れようとするが、
「逃げられないよ」
フッ
少女が掌に吹きかけた息に押し出されるように光る鳥が一直線に飛び、
バズッ!
突き刺さると、今度こそ何かは霧散して消えた。
女の子は厳へと、
「弱らせてくれたから楽に調伏できたよ」
そう微笑みかけひらりと塀から飛び降りた。
厳は何が起きたのか飲み込めず、構えを解けないでいる。
そんな厳の様子を訝しんで小首をかしげる少女の、
「どうしたの?」
との問いに、ハッと我に返った厳が絞り出した一言目は、
「君には……アレが見えるの?」
「え?」
「君は誰? アレが何だか知ってるの?」
一度口を開くと、疑問が止まらない。
「……そっか。何も知らないんだった」
少女は思い出したように、
「とにかく後始末しちゃうね」
取り出した紙切れに息を、
フッ
吹きかけ放つと、それは犬のような形をとり鳩の亡骸の方へと辻を曲がっていった。
それを呆然と目で追っていた厳がここで気付く。
人通りが戻っている。
だが辻の向こうから悲鳴などは聞こえてこない。
(? どういうこと?)
厳は曲がり角の向こうを確かめよう駆け出した。
(!)
不思議なことに鳩の死骸どころか血痕もキレイになくなっている。
説明してもらおうと厳が元の道に戻ると、あの少女も……消えていた。